NHK交響楽団創立100年特別企画

N響に登場した巨匠指揮者列伝
第2回 オットマール・スウィトナー

N響に登場した巨匠指揮者列伝特別企画
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創立100年を迎えたNHK交響楽団の歴史は、巨匠指揮者たちとの出会いの歴史でもあります。本連載では、N響の舞台を彩った名匠たちを各回一人ずつ取り上げ、その人物像、芸術の真価、そしてN響との代表的録音までを総覧。演奏会の記憶とディスクを結び付けながら、日本のクラシック音楽史の豊かな系譜を読み解いていきます。

[関連リンク]
スウィトナーのNHK交響楽団演奏記録(NHK交響楽団「演奏記録アーカイブ」より)
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Text=満津岡 信育(音楽評論)

オットマール・スウィトナー(1922~2010)

写真提供:NHK交響楽団

1971年12月、18年にわたるパートナーシップが始動

オットマール・スウィトナーが、初めてN響の公演を指揮したのは、1971年12月6日のこと。その第568回定期公演Aプログラムでは、シェーンベルクの《管弦楽のための5つの小品》Op.16、モーツァルトの交響曲第35番《ハフナー》、ブルックナーの同第4番《ロマンティック》を指揮して、聴衆や音楽関係者、そして、楽団員からも好評を博した。ここから1989年11月23日の第1096回定期公演Bプログラムに至るまで、18年にわたる関係が続いたのであった。

長谷恭男『斜めから見たマエストロたち』[同成社、1990年刊]や佐野之彦『N響80年全記録』[文藝春秋、2007年刊]などによれば、スウィトナーは見栄をはらない素朴な人で、初来日時に羽田空港へ出迎えに行った有馬大五郎(当時はN響副理事長)が、その不器用そうな風采と挙動に大丈夫かなと心配したというエピソードが記載されている。後者には、「スウィトナーは一見、田舎のおっさんでしたが、ひとたび棒を振ると人間がまったく変わる。ひと回りもふた回りも大きく見えてきて、 “こりゃいかん” と緊張させられるのです」という楽団員の証言が掲載されている。スウィトナーは、あっという間に、音楽性と人間性の双方で楽団員の心をつかみ、しかも、聴衆からも親しまれた。

現在では、オーケストラが引っ込んだ後も拍手喝采が続いて、指揮者が呼び出される光景は、日本ではおなじみのものとなったが、その最初の事例は、スウィトナーだと伝えられている。より詳細に記せば、1971年12月25日に東京厚生年金会館で行なわれた慈善演奏会の際に、本編後のアンコールでJ.シュトラウスⅡ世の《アンネン・ポルカ》を指揮したが、誰も帰ろうとせずに拍手が続いたので、再度、《アンネン・ポルカ》を演奏したが、拍手はさらに勢いを増し、楽団員が退場後、スウィトナーは、一人でさらに4回もステージに現れ、お辞儀を繰り返したということだ。

この最初の共演以降、スウィトナーは、1973年1月に再来日してN響の指揮台にのぼり、同年1月9日にN響から名誉指揮者の称号を贈られている。その後も、1974年(3月と12月)、1976年、1978年12月から79年1月にかけて、1980年、1982年、1984年、1986年(2月と12月)、1988年、1989年にN響を指揮している。

写真提供:NHK交響楽団

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