小林沙羅、デビュー20周年に届ける「あなたへ」――初の自主レーベルから生まれた『献呈』

インタビュー
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©Hidekazu Maiyama

インタビュー・文=河野 典子(音楽評論)

『献呈 ~あなたに捧げるうた~』
〔シューマン:献呈,シューベルト:音楽に寄せて,山田耕筰:鐘が鳴ります,coba:あなたへ,アーン:クロリスに,フォーレ:夢のあとに,米津玄師:地球儀(編曲:加羽沢美濃),ドビュッシー:美しき夕暮れ,ジョルダーニ:愛しい人よ,S.ドナウディ:ああ、愛する人の,S.ドナウディ:そよ風よ吹いて,成田為三:浜辺の歌,山田耕筰:からたちの花(編曲:三枝成彰),見岳章:川の流れのように(編曲:加羽沢美濃),クイルター:今、深紅の花びらが,クイルター:愛の哲学,R.シュトラウス:献呈〕

小林沙羅(S)河野紘子(p)
〈録音:2026年4月〉
[SS SOUNDS(D)SSSCD001]

ソプラノ歌手・小林沙羅が、デビュー20周年の節目に新たな一歩を踏み出す。10月21日に発売される第4作『献呈 ~あなたに捧げるうた~』は、小林沙羅が自ら立ち上げたレーベル「SS SOUNDS」から送り出す初めてのアルバムだ。シューマン《献呈》、シューベルト《音楽に寄せて》、フォーレ《夢のあとに》といった歌曲から、米津玄師《地球儀》まで、多彩な17曲を収録。その核となるのが、cobaに作曲を依頼し、小林自身が詞を書いた新曲《あなたへ》である。
 選曲や歌唱だけでなく、曲順やジャケットのビジュアルに至るまで自ら深く関わった今回のアルバム。「私から『あなたへ』と、一対一で届ける気持ちでレコーディングした」と語る小林に、制作の舞台裏と楽曲に込めた思い、そして配信が主流となった時代に、あえてCDという「手に取れる形」で音楽を届ける意味を聞いた。

私から『あなたへ』――自らのレーベルで作る初めての一枚

小林 今回のアルバムは、プライベートレーベルを立ち上げて制作した第1作です。エンジニア、ディレクター、写真家は、これまでのアルバムでも信頼を寄せてきた方々に引き続きお願いしました。従来は曲を選び、歌うことに集中していればよかったのですが、今回は曲の並べ方からCDジャケットのデザインに至るまで、自分自身で関わることになりました。1枚のCDを作りあげるまでに、これほど多くの細かな作業があるのだと初めて実感しました。
 このアルバムには、私の歌が何かの形で「あなた」の幸せに繋がりますように、という願いを込めました。私から「あなたへ」と、皆さんに向けてではなく、一対一で届ける気持ちでレコーディングしました。この思いが届きましたら嬉しいです。

小林沙羅 Sara KOBAYASHI
ソプラノ。東京藝術大学および同大学院修了。2010~2015年、ウィーンとローマで研鑽を積む。2012年、ブルガリア国立歌劇場《ジャンニ・スキッキ》で欧州デビュー。以後、野田秀樹演出《フィガロの結婚》、藤原歌劇団《カルメン》、全国共同制作オペラ《ドン・ジョヴァンニ》《夕鶴》《千姫》など、多くの舞台に出演し、新作オペラの初演にも取り組む。2019年にはロンドンのウィグモア・ホールでソロ・リサイタルを開催。マーラーの交響曲第4番・第8番、フォーレおよびモーツァルトの《レクイエム》、ベートーヴェンの交響曲第9番、ヴォーン・ウィリアムズ《田園交響曲》《海の交響曲》など、オーケストラ作品のソリストとしても活動する。第27回出光音楽賞、第20回ホテルオークラ音楽賞受賞。日本声楽アカデミー会員、藤原歌劇団団員。大阪芸術大学准教授。
小林沙羅オフィシャルサイト

cobaのメロディが引き出した「もっと伝えたい言葉」

小林 このアルバムの軸になる曲をどなたに書いていただくかは、ずっと考えていました。あるとき、現代音楽の新作を演奏するアンサンブル・ノマドのコンサートで、cobaさんの委嘱作品を聴いたのです。それがまさにノマドにぴったりの作品で、「なんと多才な方なんだろう。この方なら、きっと面白いものを作ってくださる」と思ってお願いしました。
 歌詞については、私自身に「こういうアルバムを作りたい」という明確なコンセプトがある以上、自分の言葉で書くべきだと思い、書かせていただきました。それがこのアルバムの核となる《あなたへ》という曲です。cobaさんには1番、2番までの歌詞を作ってお送りしたのですが、出来上がってきた曲にはサビの部分も3番もありました。「これは大変、続きを作らなくちゃ!」となったのですが、今から思うと、cobaさんの送ってくださったそのメロディが「本当はもっと伝えたい言葉があるんじゃない?」と問いかけてくれたようでした。そのおかげで、私がこのアルバムで伝えたかったメッセージを、そこにぜんぶ込められたように感じています。
 この曲は、これまでコンサートで歌ってきた加羽沢美濃さん作曲の《月夜の祈り》のアンサーソングでもあります。さらに11月のリサイタルでは、このアルバムに収めた曲を、藤間流ご宗家の藤間勘十郎さんの振付による新作のモノオペラ《鷺娘》とともに舞台にかけます。《鷺娘》も、長唄の現代語訳の歌詞を私自身が書き、信長貴富さんに作曲していただきました。30分近くになる大作です。

©Hidekazu Maiyama

シューマンから米津玄師まで――ジャンルを越えて「歌」をつなぐ

――ご自身で曲順を決める作業は大変だったでしょう。

小林 それは本当に悩みました。最初に置いたのは、シューマンの《献呈》です。私にとってとても大切で、大好きな曲であり、このアルバムの扉を開くにふさわしい作品だと感じています。続くシューベルトの《音楽に寄す》もまた、音楽そのものへの感謝や敬意を歌った大好きな曲です。調性のつながりに違和感があるのではないかとずいぶん悩みましたが、やはりどうしてもこの2曲は続けて置きたかったのです。
 米津玄師さんの《地球儀》は独特な世界観を持つ曲で、一つ間違えるとアルバムの流れから飛び出してしまう。そこで悩んだ末に、フォーレの《夢のあとに》とドビュッシーの《美しき夕暮れ》との間に、ここしかない、と思って置きました。
 このアルバムで歌っている曲のジャンルは、ドイツ、フランス、イタリア、イギリスの歌曲から、日本の歌、さらにポップスまで多岐にわたっています。クラシックの歌手だからクラシックしか歌えない、ということではなく、ポップスの中にも私の発声で歌うことで美しく響くものがあるはずです。これからもジャンルにとらわれず、いろいろな曲を歌っていきたいと思っています。

配信時代だからこそ、「手に取れる形」で音楽を届けたい

――配信だけではなくCDアルバムを届けるということにこだわられた、とのことですが。

小林 今は配信で音楽を聴くことが多い時代ですが、私は音だけでなく、ジャケットやライナーノーツの色味、文字の配置、写真などのビジュアルも含めて目に見え、手に触れられる形で、聴いてくださる方のお手元に届けたいのです。そこには、アルバム全体を一つの作品として受け取っていただきたいという願いもあります。
 自分のレーベルを立ち上げたことで、1枚のアルバムが出来上がるまでに関わる、たくさんの作業の一つひとつに、さまざまな人の工夫や情熱が注がれていることも感じるようになりました。先日も、コンサートにいらしてくださった方がCDを手に「うちにはCDプレイヤーがないから聴けないんですけれど、でもこれを持っておきたいんです」とおっしゃったんです。そこにサインと日付を書いてお渡しすると「思い出として大事に持っておきます」と言ってくださいました。これからはCDが、そのような存在になっていくことも増えていくのかもしれません。
 音楽を手元に残すという意味では、最近見直されているレコードにも惹かれています。私が育った家には、父の趣味だったレコードプレーヤーと大きなスピーカーがあり、いつもレコードから音楽が流れていました。日曜日の朝、父がヴェルディの《レクイエム》を大音量で聴いていて、「どうして朝からレクイエム……?」と思いながら目を覚ましたこともあります。そんな記憶もあって、私にとってレコードはとても身近な存在です。次は自分のアルバムをレコードという形でも作ってみたいと思っています。

――ありがとうございました。

©Hidekazu Maiyama

取材協力=ファインアーツミュージック

デビュー20周年 小林沙羅 ソプラノ・リサイタル

日時:2026年11月29日(日)13:00開演/17:30開演(2公演)
会場:サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
出演:小林沙羅(ソプラノ)、河野紘子(ピアノ)
料金:全席指定 7,000円
予定曲目:シューマン:献呈/山田耕筰(編曲:三枝成彰):からたちの花/フォーレ:夢の後に/ドナウディ:ああ、愛する人の/クイルター:愛の哲学/coba:あなたへ[新作世界初演]/信長貴富:モノオペラ『鷺娘』[新作] ほか

問い合わせ:ジャパン・アーツぴあ 0570-00-1212

小林沙羅オフィシャルサイト(公演情報)

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