
インタビュー・文=道下京子(音楽評論)
カメラ=かくたみほ
取材協力=東京エムプラス
ピアニスト、コ・ヨンギョン(以下、KYK)が自身のファーストアルバムに選んだのは、彼女が専門とするアルフレート・シュニトケと、フレデリック・ショパンの楽曲だ。
その意図は、ライナーノーツなどでも語られているが、関心は尽きない。
演奏家、指導者、YouTuber……さまざまに活動を続ける彼女が、このたび来日し、レコード芸術ONLINEのインタビューに応えてくれた。それは2025年2月21日、TOWER CLASSICAL SHIBUYAで行われたストアイベント(タワーレコードのページ)の前日のことだった。

ショパンとシュニトケの前奏曲
〔シュニトケ:5つの前奏曲とフーガ(1954),ショパン:24の前奏曲〕
コ・ヨンギョン(p)
〈録音:2022年5月,6月〉
[AudioGuy(D)AGCD0179]
シュニトケ作品に感じた、不思議な魅力
───ヨンギョンさんは、いま、どこを活動の拠点としているのですか?
KYK ソウルです。昨年にソウル大学で博士課程を終えました。博士課程で勉強したのがシュニトケの音楽です。
───シュニトケを論文のテーマに取り上げた理由を教えてください。
KYK 博士課程で勉強する前、初めてシュニトケのピアノ・トリオに接しました。彼のその音楽を聴いた時、とても不思議な感じがして、そこから興味が生まれました。博士課程に入学する以前からもちろん彼の作品は知っていましたが、その多くは、多様式主義の作品でした。でも、先ほどお話ししましたピアノ・トリオは、他の作曲家が作曲したような感じがしました。
この3、4年間は、シュニトケの音楽だけに取り組んでいたような状況でした。論文もシュニトケについて書きましたし、CDもリリースしました。

コ・ヨンギョン Ko Yeon Kyoung
韓国出身・在住のピアニスト。幼少期から複数のコンクールにて優勝。ソウル芸術高校、ソウル大学校音楽大学、ミシガン州立大学に学ぶ。2024年に論文「アルフレート・シュニトケ《五つのアポリズム》の作品分析および象徴的意味の考察」で、ソウル大学校から博士号を授与される。ソロやアンサンブルの演奏活動のかたわら、韓国やアメリカで後進の指導にもあたっている。また2020年頃からYouTubeチャンネル「Music Life Balance(ミューラベル)」(@MusicLifeBalance1)に出演し、一躍人気となる。今回話題の『ショパンとシュニトケの前奏曲』は、そんな彼女のファースト・アルバムだ。
公式Instagram
───そのCDを拝聴しました。《5つの前奏曲とフーガ》は、シュニトケの最初期の頃の作品ですね。
KYK そうですね。シュニトケの創作については、初期・中期・後期に大きく分けられますが、この曲は大変若い時に作られた作品で、ショスタコーヴィチの影響が大きく出ていると思います。
───リスナーにはシュニトケのどういう部分を聴いてほしいですか?
KYK シュニトケは、とても純粋で、幼い子どものような目を持っていた人だったそうです。彼の人柄が、まさにこの前奏曲に反映されていると思っています。
彼の純粋さが、6曲それぞれにどのように反映されているか、そして各曲のなかで彼は音楽的にいろいろと試みているので、そういうところにもポイントを置いて聴いていただきたいです。
ばらばらで、連続的な《5つの前奏曲とフーガ》
KYK 6曲は内容もスタイルも違います。より具体的に申し上げますと、例えば、第1番には、スタジオジブリの映画に出てくるような、かわいらしい雰囲気が漂っています。第2番には、リストやワーグナーの音楽が持つ壮大さを感じます。また、第3番には、ショパンの前奏曲のop.28の4のようなイメージがあり、半音で降りていく部分も似ているなと思います。
───ラメントバスですね。第4番と第5番についても教えてください。
KYK 第4番は、第1番から第3番と、5番との間の中間的な、インテルメッツォのような存在です。教会の聖堂の鐘や少年少女合唱唱団の声が遠くから聞こえてくるような、とても平和な雰囲気が漂っています。それとは対照的に、第5番には、ワーグナーやリスト、ショスタコーヴィチのオーケストラ曲のようなイメージがあります。韓国で演奏した時、第5番が最も反応が良かったです。
───そして6番。フーガの書法を用いながら、いろんなスタイルが混ざり合っていますね。
KYK フーガは、もともとバロック時代の書法ですが、このシュニトケのフーガは、20世紀の新しい音楽です。シェーンベルクのような音楽的要素が、このフーガには組み込まれています。なので、聴いている人がちょっと不思議な気持ちや、神秘的なイメージを持つと思うのです。

「録音では、6曲が1つの流れになっていることを表現しました」
───聴いていると、1つの流れが形成されているように感じました。
KYK 私が最も表現したかったことです。その6曲が1つの流れになっているのです。
前奏曲は、もともとフーガなど規模の大きな作品の前に演奏されますね。前奏曲には、哲学的な要素が含まれています。彼の前奏曲には、続く規模の大きな作品の要素すべてが含まれ、ひとりの人生を表現しているかのように思われます。
想定内の「ショパン」を超えて
───シュニトケの《5つの前奏曲とフーガ》とカップリングされたのが、ショパンの《24の前奏曲》。なぜ、ショパンのその曲集を選曲したのですか。
KYK シュニトケの《5つの前奏曲とフーガ》第3番と、ショパンの《24の前奏曲》第4番が似ているとの理由もあります。でも、最大の理由は、ショパンのこの曲集はあまりにも有名で、多くのピアニストによって演奏されています。ですから、あまり知られてないシュニトケの《5つの前奏曲とフーガ》と、とてもよく知られているショパンの《24の前奏曲》を組み合わせ、バランスを取りたかったのです。
───ヨンギョンさんにとって、ショパンの前奏曲はどんな作品なのでしょう?
KYK 多くの方がすでに演奏している有名な曲です。ですから、「一度は越えなければいけない山」と考えていました。私の解釈したショパンのこの曲集を、お聞きいただきたいと思います。誰もが予想できるような、そういう雰囲気の演奏にはしたくなかったのです。
このショパンの《24の前奏曲》では、表現の多様性にとても神経を使って演奏しました。
このレコーディングは、約3年前に行なわれました。でも、その間に私の考え方は変わってきています。多分、明日のストアイベントで演奏する前奏曲は、もしかしたらレコーディングの時とは違うかもしれません。3年前のレコーディングの頃は、今の私よりも自由だったかもしれません。
YouTubeの反響も原動力に
───ところで、ヨンギョンさんは、YouTubeの活動をされているそうですね。
KYK コロナ禍では、最初の頃は多くの人は外出もできませんでした。YouTubeを始めたのは2020年。その頃、YouTuberの活動をしていました。その後、シュニトケのために……論文を400ページ書いていたので、YouTubeの活動はなかなかできません。
───YouTubeでの手応えは?
KYK 私が思っていた以上に、多くのみなさまは私のYouTubeを見てくださり、再生回数が200万を超えるものもありました。
YouTubeを見て、遠方から飛行機でコンサート会場へいらしてくださるなど、とてもありがたく思っています。そのことは、今後の私の活動における原動力になると思います。
変化の起点としてのファーストアルバム
───レコード芸術ONLINEの読者のみなさまへメッセージをお願いいたします。
KYK 私にとっての初めてのアルバムです。それだけに、いま、その時の私の様子や演奏をぜひ忘れないでいただきたいです。このCDをもとに、さらに多様な音楽活動にたずさわっていくと思いますが、私の変化の過程を一緒に楽しんで聴いていただければと思います。

「実は、日本語を少し聞くことができます。今回の来日をとても楽しみにしていて、日本語学校にも通いました。1月から日本語の勉強を始め、熱中してしまいました。私は、1つのことに集中するタイプなのです。他のこともすべて、日本語と関連づけて聞くようにしています」