辻 彩奈がコンチェルトで魅せる!
最新録音「ブラームス&グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲」をめぐって

インタビュー
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インタビュー・文=満津岡 信育(音楽評論)
撮影=友澤 綾乃

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲,グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲

辻彩奈(vn)パスカル・ロフェ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団(ブラームス),ケンショウ・ワタナベ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団(グラズノフ)
〈録音:2025年3月,10月(以上L)〉
[ソニー・ミュージック(D)SICC19093]SACDハイブリッド

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若手ヴァイオリニストとして、第一線で注目すべき活躍を繰り広げている辻 彩奈にインタビューする機会を得たのは、2026年8月5日のこと。今回は、7月29日にリリースされた『ブラームス&グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲』[SICC19093]のディスクをめぐる話題を、うかがうことができたので、さっそくご紹介することにしたい。

ソナタからコンチェルトへ。満を持して挑んだブラームス

――今回のブラームスとグラズノフのヴァイオリン協奏曲は、どちらもライヴ録音です。これは、当初から、演奏会を収録してディスクにすることが決まっていたのでしょうか?

 はい。ライヴ録音をすることはあらかじめ決めていました。ライヴ録音の場合、弾き直すことはできませんが、お客様もものすごい集中力で聴いていただいて、それがいい意味での緊張感にもなって、どんどん曲が進むにつれて高揚感が、いい意味で音にあらわれている、と録音を聴いて思いました。

――ブラームスの協奏曲は、大阪フィルハーモニー交響楽団(以下、大フィル)との共演ですが、定期演奏会であれば2日間演奏しますが、京都コンサートホールでの公演ということは、1回だけですよね?

 そうです。本番のライヴ一発録りなのですが、ゲネプロの音も録音していました。

――とても生き生きとした表情が伝わってきました。辻さんは、既にブラームスのヴァイオリン・ソナタの全集もリリースしていますが、ヴァイオリン協奏曲は長年手がけていたのでしょうか?

 実は、昨年(2025年)初めて演奏しました。

――ちょっと意外ですね。

辻 はい。特に避けていたというわけではないのですが、ブラームスの協奏曲は、ヴァイオリニストにとって、ひときわ偉大な作品ですし、自分にとっても大きな挑戦となる作品になるので、協奏曲を取り組む前にブラームスの室内楽曲やソナタなどを一生懸命勉強したうえで、2025年4月からOEK、東京フィル、名古屋フィル、大阪フィルで演奏させていただきました。

辻 彩奈 Ayana Tsuji ※「辻」は正式には1点しんにょう
1997年岐阜県生まれ。東京音楽大学卒業。2016年モントリオール国際音楽コンクール第1位、併せて5つの特別賞を受賞。11歳にて名古屋フィルハーモニー交響楽団と共演。これまでに、モントリオール交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、トゥールーズ・キャピトル管弦楽団、NHK交響楽団、読売日本交響楽団、東京交響楽団、東京都交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、広島交響楽団、九州交響楽団などと共演している。2017年「岐阜県芸術文化奨励」、2018年「第28回出光音楽賞」、2023年「第24回ホテルオークラ音楽賞」を受賞。ヴァイオリンを小林健次、矢口十詩子、中澤きみ子、小栗まち絵、原田幸一郎、レジス・パスキエの各氏に師事。2020年、自らが権代敦彦に委嘱した「Post Festum」を世界初演。コロナ禍にあって国内公演の代役で幅広く活躍したことは、レパートリーを広く拡充すると共に、経験を深く積むことにつながった。2024年2月、愛知室内オーケストラにて「権代敦彦:時と永遠を結ぶ絃 ~ヴァイオリンとオーケストラのための(第72回尾高賞受賞)」を世界初演している。使用楽器は、宗次コレクションより貸与の Joannes Baptista Guadagnini 1748。
辻 彩奈 KAJIMOTOオフィシャルページ

ブラームスに対して自由になった

――ソロ・パートも重音が多く、オーケストラと合わせていく面でも、独特の難しさがある曲だと思いますが、辻さんにとってはいかがでしたか?

 まず第1楽章の前奏からオーケストレーションが壮大です。第1主題は弦楽器だけで構成されているのですが、その弦の分厚さに対して一人で入っていかないといけないという大変さに始まり、とても長大な曲なので、体力的にも精神的にも、やはり壁が高いなと思いました。

――そうした壁の高さも、ブラームスのソナタや室内楽などを通して、協奏曲に照準を合わせることができた、という感じでしょうか。

 最初は、ブラームスに対して、ドイツもの、それもものすごくしっかりとした重厚な音楽というイメージがあり、苦手意識じゃないですけど、どういうふうに取り組んでいいのかというのが、すごく難しいなと思っていた部分がありました。ブラームスのいろいろな室内楽やヴァイオリン・ソナタの美しいメロディを通して、そのときに感じた自分の感情だったり、自分の境遇だったりを素直に表現している人だなと感じました。シューマンに比べたら、すごく受け入れやすいというか、理解しやすいと個人的には感じています。そこからはすごく音楽に寄り添いやすいと感じるようになり、ブラームスの作品に対して、わりと感じたままに弾いていいんだなと思い、自由に演奏できる感覚になりました。 

――いま仰ったことが、今回のディスクには発揮されていると思います。カデンツァは、ヨーゼフ・ヨアヒムの作ですが、これは、ブラームスとヨアヒムの関係を考えたときに、一番自然な感じがします。

辻 ヨアヒムのカデンツァは、ヴァイオリンの技巧が凝縮されています。音楽的にも本当に素晴らしいし、オーケストラ・パートにまた戻ってくる箇所がとても美しくて、やっぱりいいなと思っています。

――ブラームスのヴァイオリン協奏曲の場合、指揮者とオーケストラの役割もとても重要です。今回のパスカル・ロフェと大フィルについては、どのようにお感じになりましたか? 

 ロフェさんは今回が初共演です。彼はフランスものや近現代の作品をたくさんレコーディングされていて、緻密な音楽作りが特徴的で、今回のレコーディングに関しても、細かいところまで考えて音楽作りをされる方だなという印象を持ちました。大フィルは、何度もいろんな作品でご一緒していますけれども、リハーサルと本番では、がらりと雰囲気が変わるような印象があります。本番になったときに、特にライヴ録音ということもあり、オーケストラ自体が集中して、音が集まってくる印象がありました。とくに、ブラームスの第3楽章は、ハンガリー的な要素があり、きれいなだけではなく、土臭さと厚みを備えた大フィルのサウンドが、ブラームスに合っていて、すごくよかったと思いました。 

グラズノフは特別な曲

――カップリングは、グラズノフのヴァイオリン協奏曲です。ブラームスとの組み合わせとしては、ユニークな選曲だと思いました。もちろん、収録時間の問題もあるのでしょうが、私はとてもよい組み合わせだと思いました。 

辻 そうですね。自分の中では、この2曲は、対照的な性格があると思っています。ドイツものとロシアものですが、グラズノフは、いわゆる濃厚なロシアものというよりも、スラヴの独特な雰囲気が特徴的な作品だと感じています。それを意識して、自分の中でも音の出し方や音楽の作り方を変えたので、ヴァイオリンという楽器の多彩な音色や持ち味を楽しんでいただけると嬉しいですね。それから、グラズノフは、2024年秋にデュトワさんと共演した経験があり、自分の中でもすごく特別な協奏曲になったこともあり、今回、ぜひ録音できたらいいなということで、カップリング曲になりました。 

――見事なコントラストを形づくりながら、魅力的な演奏が収録されていると思います。グラズノフは、ケンショウ・ワタナベ指揮の東京フィルハーモニー交響楽団(以下、東フィル)との共演です。

辻 ケンショウさんとも初共演だったのですが、フィラデルフィア管で培われたいろんな引き出しをお持ちで、各所でとても的確に支えてくださった印象があります。彼はヴァイオリニストでもあるので、最初の打ち合わせのときから、ヴァイオリニストの目線で、こうしてみたらどうかといろいろ提案くださいました。自分の中にはなかった引き出しとかアイデアを、ケンショウさんが引き出してくれた印象があります。ソリストと一緒に音楽をやっていこうという気持ちがすごく強い指揮者です。それでいて、「どうにでも合わせますよ」というのではなく、「自分はこうします」と押し通す感じでもなく、すごく寄り添ってくださいました。私としては、今回のレコーディングをケンショウさんとご一緒できてよかったなと心から感謝しています。 

――共演する指揮者としては、理想的なタイプですね。 

 レコーディングにとても慣れていて、グラズノフの場合、オーケストラが頻繁に演奏する演目ではないため、レコーディングを意識したリハーサルをしてくださいました。後日、編集作業にも立ち会ってくださって、ブースで一緒に演奏を聴き、一緒に作りあげることができたなと感じました。

――辻さんにとって、例えばブラームスのヴァイオリン協奏曲であれば、こういう人のディスクが特によかったとか、参考にしたとか、あるいは全然自分とはタイプが違うけれども、こういうタイプの人にも惹かれますといったディスクがあれば、教えていただけますか。 

 小さい頃から憧れのヴァイオリニストがギル・シャハムなので、彼がアバド指揮ベルリン・フィルと共演したブラームスですね。大好きです。もちろんオーケストラも素晴らしいですし、ギルも素晴らしい。やっぱり、ブラームスではこれが一番お気に入りの1枚ですね。

――ギル・シャハムはグラズノフの協奏曲の録音もありますね。 

 そうですね。グラズノフも、自分が取り組むにあたってギルの録音も結構聴きました。また、ダヴィド・オイストラフが、運指などをいろいろ付けている楽譜なので、オイストラフの録音も聴きました。オイストラフは、ブラームスの協奏曲の録音も大好きです。第1楽章とか、第3楽章の第2主題とか、本当にすばらしいです。 

名器グァダニーニから学ぶ

――辻さんは、1748年に製作されたグァダニーニの名器をお弾きになっています。こうした名器の場合、最初はなかなか馴染めないケースもあるという話も耳にしますが、いかがでしたか? 

 2017年に初めて音を出したので、今年で9年経ちました。私の前には、男性のヴァイオリニストが使っていたので、当初は、男性の力で鳴るようになっていました。このグァダニーニに関しては、弾けば弾くほど応えてくれるタイプの楽器です。その分、どのくらい圧力をかけてとか、最初はすごく難しかったです。でも、自分の出したい音が出てくれるようになったなというのは、ここ数年ですね。こうした名器を使わせていただいて、楽器からも勉強させてもらっています。とくにブラームスのようなドイツものに取り組むときに、どんな音を出すかという音作りにはすごくこだわり、骨格がしっかりした音を意識したので、それが録音に乗っていたらいいなと思います。

――今回のディスクからは、芯のしっかりとした太い音を感じ取ることができました。 

 そうですね。太い音を出すという点は、すごく試行錯誤したところです。 

――その成果がしっかりと出ていると思います。また、SACDハイブリッド盤なので、録音および音質も優れていると思いました。 

 ブラームスのヴァイオリン・ソナタのときもそうでしたが、私、弦楽器なのにブレスが入るんですよ。自分で意識していないところでも、ブレスしているんだとか、息を取っているんだなとか、演奏会では、なかなかそこまでは聴こえない音も入っているのでおもしろいなと思います。 

――ブレスに関して言えば、やはり音楽に合わせて自然に出ているものなので、そんなに気になりませんし、音楽の流れに乗っているというのがうかがえる感じがしました。 

辻 2026年はプロ活動を始めて10年の節目になるのですが、このタイミングでずっと大事にしてきたヴァイオリン協奏曲2曲のディスクをリリースできたことは、すごく自分にとっても意義深いものだなと感じています。とくにブラームスのソナタからブラームスの協奏曲という流れは、音楽家としても取り組みがいがあり、その成果を披露できたのは、とても光栄に思っています。皆さんにも、ぜひ聴いていただきたいですね。

――このあとの阪田知樹さんとのデュオ・リサイタル・ツアーをはじめ、オーケストラとの演奏会も楽しみにしています。ありがとうございました。

取材協力=ソニー・ミュージックレーベルズ

ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ全集
〔ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番《雨の歌》~第3番,パラディス:シチリアーノ〕

辻彩奈(vn)阪田知樹(p)
〈録音:2023年4月〉
[ソニー・ミュージック(D)SICX10021]SACDハイブリッド

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辻彩奈&阪田知樹 デュオ・リサイタル

辻彩奈(ヴァイオリン)、阪田知樹(ピアノ)

9月12日(土)14:00 住友生命いずみホール(大阪) 公演詳細
9月13日(日)14:30 宇都宮市文化会館 小ホール 公演詳細
9月16日(水)19:00 札幌コンサートホールKitara 小ホール 公演詳細
9月19日(土)15:00 しらかわホール(名古屋) 公演詳細
9月21日(月・祝)14:00 ハイスタッフホール 小ホール(香川) 公演詳細
9月22日(火・祝)14:00 米子市公会堂 大ホール 公演詳細
9月23日(水・祝)14:00 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ 公演詳細
9月25日(金)13:30 横浜みナトみらいホール 公演詳細
9月26日(土)14:00 グランシップ 中ホール・大地(静岡) 公演詳細
9月27日(日)14:00 所沢市民文化センター ミューズ アークホール 公演詳細

曲目:ベートーヴェン《春》《クロイツェル》、フォーレ、サン=サーンスのヴァイオリン・ソナタほか(公演により異なる)。

東京都交響楽団 第1052回定期演奏会Aシリーズ

10月3日(土)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール
ジョナサン・ノット(指揮)、東京都交響楽団/ブルッフ:スコットランド幻想曲
東京都交響楽団

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