インタビュー

CDは私たちにとってとても重要なアイテムです
オワイン・パーク(ジェズアルド・シックス)
『レコード芸術ONLINE』独占インタビュー

インタビュー・文=那須田務(音楽評論)
通訳=久野理恵子
取材協力=東京エムプラス、アレグロミュージック

イギリスの声楽アンサンブル、ジェズアルド・シックス(THE GESUALDO SIX)を知ったのは、ジョスカン・デ・プレ没後500年の2021年にリリースされた彼らの「ジョスカンの遺産」というアルバムだった。ジョスカンのみならず、フェラーラ時代のジョスカンに焦点をあてて同時代のフランドルの音楽家たちの作品とともに構成したプログラミングもさることながら、6人の男性歌手の柔らかなサウンドと精妙なアンサンブルがすばらしく、その年の『レコード芸術』誌のレコード・アカデミー賞の音楽史部門にノミネートした(その年の筆者は器楽、室内楽、音楽史を担当)。惜しくも部門賞は逃したものの(ヘレヴェッヘの「ジェズアルドのマドリガーレ集」となった)、ルネサンス声楽曲の新たな時代の到来を感じさせた。
この11月に、そんな気鋭のア・カペラ・ヴォーカル・アンサンブルが初来日を果たした。聞けば、東京文化会館など3か所で行なわれるコンサートはいずれもチケット完売という人気ぶりである。武蔵野市民文化会館の公演当日の朝、都内のホテルの喫茶室でリーダーのオワイン・パークに話を訊いた。

ジェズアルドで成功したので、そのままグループ名にしました

パークは1993年ブリストル生まれの31歳、バス歌手であると同時に作曲家でもある。ジェズアルド・シックスは2014年にケンブリッジで結成されている。まずはその頃のことをお聞かせくださいと言うと、柔らかなバスのキングズ・イングリッシュで話してくれた。
パーク(以下) 2014年3月にケンブリッジでジェズアルドの聖金曜日のための《テネブレ・レスポンソリウム》を歌う機会があり、友人を集めて歌ったところ大変好評だったものですからこのまま続けようと。それまでケンブリッジにはカレッジ所属などの合唱団がたくさんありましたが、僕らのような小さいグループはありませんでした。歌手一人ひとりに相当な実力が求められますからね。その後ケンブリッジからロンドン、そしてアメリカやアジアに進出し、日本に来ることができました。とても嬉しいです。

ジェズアルド・シックス。左からガイ・ジェームス、アラステア・オースティン[以上CT]、ジョセフ・ウィックス、ジョシュ・クーター[以上T] 、マイケル・クラドック[Br]、オワイン・パーク[Bs](写真提供:兵庫県立芸術文化センター)

――それにしてもジェズアルド(1561頃~1613)をアンサンブルの名前にされるとは! イタリアの貴族のジェズアルドは、すばらしい作品を遺していますが、不倫をした妻を愛人もろとも刺殺したことで知られ、ちょっと暗いイメージがあります。
 確かにそうですね。ただ、先のコンサートの際に6人でジェズアルドを歌ったので「ジェズアルド・シックス」にしただけの単純な理由なんです。音楽の盛んなケンブリッジには街中にコンサートの広告が溢れています。自分たちをアピールするには何かインパクトがほしいですが、思い切りシンプルにした方が印象に残りやすい。複雑な人間性を持つ人物だったことはよく知っていますが、彼の音楽に反映され、独特な味わいを与えていることも確かです。そのコンサートが成功を収めたのでこのまま行こうと。
――ジェズアルドの《レスポンソリウム》は、ソプラノ2、アルト、テノール2、バス。あなた方はカウンターテナー2、テノール2、バリトン、バスですね。
 そうです。当時はおもに男性が高声をファルセットで歌っていましたし、当時のイタリアの声楽曲は5声から6声ですから、ほとんどの作品が歌えます。時々変則的に7人で歌うこともありますが、基本は6人。レパートリーがたくさんありますし、自分でも作曲します。
――ソプラノがいなくて、カウンターテナーも目立つことなく、全体の響きにしっくり融合している。それがあなた方独自のサウンドをもたらしていると思います。
 そうなんですよ。何しろ6人だけですから、一人ひとりの声が全体のサウンドに大きくかかわってくる。メンバーが一人変入れ替わっただけでも変わります。ここ5年ほど一定のメンバーで歌っているので、少し聴いただけで僕らの演奏だとわかってもらえるようになりました。

[最新ディスク・来日記念盤]
心の女王(23曲収録)
〈録音:2023年6月〉
[Hyperion(D)JCDA68453]

――パークさんは音楽監督で指揮者ということになっていますが、実際には一緒に歌われていますね。
 始めの頃は私が指揮をして6人で歌っていましたが、ときどき私も歌うことがあり、そうこうしているうちに6人の中の一人になっていたという感じですね。リハーサルでテンポや息遣いを合わせるのですが、一緒に息を吸うことでアンサンブルが合ってくる。
――みなさんはア・カペラですが、楽器が入る曲は歌わない?
 実は室内オルガンやヴァイオリンとやったこともありました。次のアルバム「Dadiant Daun」(暁の女神)ではタリスの曲で、ソプラノのパートをトランペットで補っています。他にロバート・ホワイトやラインベルガーらの曲も入れ、すでに編集を終わっています。

イングランドのモテット集(16曲収録)
〈録音:2017年3月〉
[Hyperion(D)CDA68256(海外盤)]

クリスマス(21曲収録)
〈録音:2019年1月〉
[Hyperion(D)JCDA68299]

フェイディング~終課集(18曲収録)
〈録音:2019年2月〉
[Hyperion(D)CDA68285(海外盤)]

ジョスカンの遺産(12曲収録)
〈録音:2020年11月〉
[Hyperion(D)PCDA68379]

CD全体が円環を描くプログラムを目指しています

――みなさんのCDやコンサートはコンセプトが面白いですね。ルネサンス音楽のコアなファンは別として、一般にあまり馴染みのない曲も入っていますが、タイトルがついていて分かりやすいですし、CDジャケットも含めてとてもシンプル。それに何らかの物語を感じさせる。
 そうなんですよ。僕たちは物語を語るというような、ストーリーテリング的なことを大事にしています。ナレーションこそありませんが、物語を語っていくような雰囲気にしたい。その上でCDを最後まで聴いたら、もう一度最初から聴きたくなるような、全体が円環を描くようなプログラミングを目指しています。
なぜなら私たちの歌はせいぜい5分から10分程度。そういう短い曲で一つのプログラムを紡いでいくには工夫が必要なんです。ときどき現代曲を入れるなどして。「フェイディング~終課集」と「クリスマス」のアルバムでは時代が移り変わるような物語を試みました。古楽だからといってあまりにもアカデミックで衒学的に過ぎると、それだけで敬遠されてしまう。やはり分かりやすく親しみやすい側面は大事なんです。
最新アルバム「心の女王」ではイギリスのアン・ブーリンやメアリー・テューダー、フランス王妃でもあったアンヌ・ド・ブルターニュら地上の女王たちと、天上の女王である聖母マリアについて光を当てました。両者の間にある緊張感や共通点ですね。おなじ作曲家でも、教会作品と世俗の宮廷のための作品では表現そのものが変わってくる。最も異なるのは歌詞ですが、両者の違いが音楽でどう表現されているか。今回は現代の作曲家クラットウェル=リードにも新作を委嘱しましたが、それを聴いて呼応する曲がもう一つほしいと思ったので自分で作曲しました。もちろん2曲とも歌詞はルネサンス時代のもの(いずれもフランス語)を使います。それによってアルバム全体に統一感が生まれ、物語のような流れができる。
――あなたの《マリアのための祈り》では歌詞が非常にデリケートな響きで扱われていて印象深い。後期ルネサンスの第2作法(歌詞の情念を音楽で伝える作曲技法・美学)通じるところがあるように思います。
 それは嬉しい。このアルバムの時代は主に15世紀ですが、この頃から歌詞と音楽の関係が非常に密接になってきました。とくに世俗音楽の歌詞は、教会音楽と違ってより自由に書かれています。こうした流れがその後のモンテヴェルディの第2作法へと繋がっていく。ですから歌う際にも歌詞の音楽的な表現は大切です。一人ひとりが歌詞を言語的に理解するだけでなく、言葉の向こうにある意味をどう伝えるかを考える必要があります。

ジェズアルド:テネブレ・レスポンソリア
〈録音:2020年8月〉
[Hyperion(D)PCDA68348]

永遠の光
(15曲収録)
〈録音:2021年5月〉
[Hyperion(D)PCDA68388]

バード: 5声のミサ曲
〈録音:2022年6月&9月〉
[Hyperion(D)PCDA68416]

明けの明星(21曲収録)
〈録音:2022年9月〉
[Hyperion(D)JCDA68404]

すべてが残らないにせよ、時代の新しい声は生き残る

――パークさんご自身のことをうかがいます。パークさんはイギリスのブリストルご出身。ピアノを学んで教会の聖歌隊で歌うと同時にオルガンとトランペットを学ばれ、ケンブリッジのトリニティ・カレッジで音楽と作曲を修められた。小さい頃はどんな音楽を聴いていらした?
 子供の頃はCDはあまり持っていなくて、限られたディスクを繰り返し聴いていました。聖歌隊で歌うようになって合唱曲を、トランペットを始めてからジャズを、オルガンを弾くようになってバッハとその周辺をというようにいろんな音楽を聴きました。学生時代にはフランス音楽も勉強しました。作曲を学んだのは、ライヒやペルトなど現代音楽に関心があったからですが、とくにストラヴィンスキーのオーケストレーションの持つ楽器の多彩な音色には惹かれるものがあります。
――パークさんの合唱曲はノヴェッロから出版され、さまざまな合唱団が歌っていますし、録音もたくさんある。合唱曲以外の曲も書きますか?
 他のジャンルの作品もありますが、合唱曲はジェズアルド・シックスが歌ってくれますが(笑)、オーケストラともなれば準備や段取りなど色々大変です。器楽曲もいつか録音してもらえたら嬉しい。
――主に古楽を歌われる歌手であるあなたが、現代作品を作曲をすることの意味は?
 ルネサンスの音楽が生き残っているのは、作曲家が書いた曲を演奏家が演奏し、それを楽譜に記譜して受け継いでいったから。こうした活動を現代でやめてしまってはいけないという思いがあるからです。私もまた、新曲を作って演奏して録音して楽譜に記す。そのすべてが残らないかもしれないけれども、その時代の新しい声は必ず生き残っていくものだと思う。
それに、コンサートやCDのプログラムを作るうえでも過去の音楽だけではだめです。私たちの新しい音楽が必要なんです。私たちと同じ時代の耳を持った人たちが、このグループのサウンドはいいよねと信頼してくれるようなプログラムを作り、演奏しなければならないと思っています。私たちはあらゆる時代の曲を演奏できる声を持っているのですから。
――そのために作曲コンクールをなさっている?
 ええ、そうです。でもここ5年ほど開催できずにいました。たくさん応募作品が来て優勝曲が決まっても私たちが演奏できないのも不誠実だと思うので(2016年から。18歳以下と19歳以上の部門からなり、歌詞はシェイクスピアやジェズアルドの歌曲の歌詞など。入賞作は賞金の他、ジェズアルド・シックスによりコンサートで初演される)。新しいビジョンをもつさまざまな作品が世界から集まってきます。前回は日本からの応募もあり、来年あたり再開したいと思っています。

パークは、柔らかな物腰で話ぶりは落ち着いていて明快。未来への夢と強い意思をそなえた好青年だった。次の録音や来日公演についてうかがうと、先述の「曙の女神」の次に、今回の東京文化会館の公演プログラムをアレンジしたアルバムを予定しているという。また、来年(2025年)はオルランド・ギボンス(1583頃~1625)の没後400年。たくさんコンサートで歌うので録音につながるかもしれない。
彼らは2023年から24年にかけて、宗教改革の頃のイングランドでカトリック教徒が行なっていた秘密のミサの様子を再現したコンサート・シアター・ワーク「シークレット・バード」(彼らのHPで予告編映像を見ることができる)を行なったのでそのCDも考えている。パークいわく、「CDは私たちにとってとても重要なアイテムなので、これからも新しいプロジェクトをどんどん展開していく」。
今回の日本公演は3か所ともチケットが売り切れたので、間を空けずにまた来たいとのこと。ますます目が離せない、まさに今が旬のヴォーカル・アンサンブルだ。

11月26日(火)東京文化会館小ホール公演後にはサイン会が開催され、多くの聴衆が並んだ。1日も早い再来日が待ち望まれる






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