インタビュー・文=東端哲也(ライター)
カメラ=堀田力丸
取材協力=日本コロムビア
クラシック・シーンの第一線で活躍するチェリストとギタリスト、名手で人気者の二人による至高のアンサンブル再び! 一緒に新たな音楽をつくりだす魅惑の工房(アトリエ)へようこそ。
宮田大×大萩康司は2018年6月の八ヶ岳高原音楽堂での初顔合わせから、翌年3月の王子ホールでのデュオ・リサイタルを経てステージで共演を重ね、コロナ禍の真っ只中であった2020年7月にデュオ・アルバム第1弾の『Travelogue』(COCQ-85518)をレコーディングした。まだ人々が自由に出歩けない状況下で、サティやラヴェルといったフランスものからピアソラなどの南米音楽まで、あたかも各地を旅して回るようなコンセプトの“旅行記”を意味するこのアルバムを完成させ、同年12月にリリース。たちまち大きな反響を呼び、その後のツアーも全国に及んで成功を収めたのだった。そんな二人から、4年ぶりとなる待望の第2弾アルバム『atelier』が遂に届けられた。
atelier
〔アントニオ・カルロス・ジョビン:フェリシダージ,坂本龍一:Andata,鉄道員,スティーヴン・ゴス:Park of Idols for guitar & cello,他〕
宮田大(vc)、大萩康司(g)
〈録音:2024年4月〉
[日本コロムビア(D)COCQ-85628]
2024年12月11日発売予定
『atelier』ができるまで
昨年の9~10月で『Travelogue』関連のツアーは無事に終了したのですが、二人ならこういうこともできるかなってまだまだ夢は膨らみ、次回に向けて新しいプログラムについて考えていました。それでいろいろと試すうちに、よく知られた《蘇州夜曲》や《さくらんぼの実る頃》などを演奏していたら大くんのチェロからも新しいものが見えてきたので、これいけるんじゃない? 編曲を頼んで楽曲としてちゃんと仕上げてもらおうよ、ってことになって、それからどんどん話が進みました。
前作からの繋がりもあるけど今度はより親密に、チェロとギターという、どこか懐かしく哀愁を帯びた楽器同士のデュエットだからこそ生まれるものを録音したかった。旅から戻った私たちが音楽づくりをしている工房に遊びに来るような感覚で、ゆっくり寛いだ気分で聴いてもらえたら嬉しいです。
角田隆太と山中惇史の名アレンジ
今作で二人は、どちらの楽器もベースラインを奏でられるし旋律も歌える、この編成ならではの音楽をさらに追究し、名曲から先鋭的な現代曲までより多彩な選曲でオリジナルな世界観を描き出していく。オープナーはボサノヴァ最大の作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンのナンバーで、映画『黒いオルフェ』のサウンドトラックから《フェリシダージ》【Track 1】。『Travelogue』の看板曲として反響を呼んだ《キャラバンの到着》等を編曲し、今回は計5曲を担当している角田隆太(モノンクル)のアレンジに魅了される。
ギタリストにはお馴染みの曲ですが、想像つかなかったアレンジ。無窮動のように書かれているので一人で弾いていると殆ど修行なのですが、ずっと連続して出てくる八分音符の中に大切なポイントが含まれていて、重なり合う二人の音圧によってその部分が見事に花開くところとか、さすが。“角田節”が利いている。
オリジナルの歌詞のように、幸せ(felicidade)を願う気持ちがより強く感じられますね。
宮田大 Dai Miyata
2009年、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールにおいて、日本人として初めて優勝したほか、これまでに参加した全てのコンクールで優勝を果たしている。その圧倒的な演奏は、作曲家や共演者からの支持が厚い。録音活動も活発。ダウスゴー指揮/BBCスコッティッシュ響との『エルガー:チェロ協奏曲』(COCQ-85473)は、欧米盤が「OPUS KLASSIK 2021」で受賞。
公式サイト:https://daimiyata.com/
公式X:https://x.com/miyatadai_cello
公式Instagram:https://www.instagram.com/miyatadai_official/
続くイギリス民謡《スカボロー・フェア》【Tr. 2】も角田編曲。この旋律は後に加藤昌則の《ケルト・スピリット〜ギターとチェロのための〜》にも登場する。実は今回のアルバムでは“英国”もキーワードのひとつ。
シャンソンの名曲《さくらんぼの実る頃》【Tr. 4】は現在パリで修行中の、ピアノ・デュオ「アン・セット・シス」などアンサンブル演奏にも定評のある気鋭のピアニスト、山中惇史による編曲。
ゆったりとした雰囲気から、途中でワルツになる展開がお洒落でクスッと笑ってしまう。映画『紅の豚』で加藤登紀子さんが歌っていたような、古き良き時代の大人の切なさを表現したくて、敢えて低い弦をハイポジションで弾くことで高音を出すようにちょっと工夫してみました。
チェロとギターにも調和する坂本龍一
2023年3月に亡くなった坂本龍一の作品は2曲収録。
先ずは角田編曲から……《Andata》【Tr. 3】は2017年3月に発売された、そこかしこでバッハを連想させるモティーフが感じられるエレクトロニカなアルバム『async』の冒頭を飾った印象的なナンバー。
オリジナルを聴いたときに、海に沈んでいく教会のイメージが頭に浮かんだ。海中から聞こえる鐘の音がどんどん低くなって最後にはハーモニーの中に染み入って消えていくかんじが、哀しいけれど音楽的にとても美しくて、チェロとギターによるメランコリックな響きのハーモニーにぴったりだと思いました。
ギターで和音を弾くときにアルペジオの速度を変化させてバラし、じっくりと深みを与えてみました。
一方の《鉄道員》【Tr. 7】は山中による編曲。同名映画(1999年6月公開)の主題歌で、日本の童謡を思わせるオリジナルは坂本美雨の歌唱によるものだった。
昔から大好きな曲でよくピアノでも弾いていました。ひとつひとつの音に言葉をのせた歌ものなので、編曲版でもあまりハーモニーを弾いてないのが特徴で、大萩さんの奏でるメロディも短音。終盤のチェロのピチカートも味わい深い。個人的には今回のアルバムでいちばんのお気に入り曲です。
加藤昌則と村松崇継は、親しい間柄だからこそ
ソリストからの信頼が厚く、二人と親交も深い加藤昌則の手がけた楽曲も充実。映画『ニュー・シネマ・パラダイス』の楽曲を中心に〈ガブリエルのオーボエ〉も登場する大曲《モリコーネ・ファンタジー》【Tr. 5】も聴き応えがあるが、お馴染みの旋律やケルト音楽の特徴的なリズムが編み込まれた(先述の)《ケルト・スピリット〜ギターとチェロのための〜》【Tr. 8】にも注目。ギターを軸に、オーボエやクラリネット、ヴァイオリンなど様々な楽器との組み合わせで書かれた作品であり、ギターとチェロのヴァージョンは前回の二人のツアーでも好評を博していただけに聴き逃せない。
特性をよく見抜いておられるし、加藤さんのギターに対する愛情を感じます。
大萩康司 Yasuji Ohagi
高校卒業後にフランスに渡り、パリのエコール・ノルマル音楽院、パリ国立高等音楽院で学ぶ。ハバナ国際ギター・コンクール第2位、合わせて審査員特別賞「レオ・ブローウェル賞」を受賞。その後4年間イタリアのキジアーナ音楽院でオスカー・ギリアに師事し、4年連続最優秀ディプロマを取得。国内外で活動を展開している。デビュー以来20枚のCD、2枚のDVDをリリース。
公式ホームページ:https://yasujiohagi.com
公式X:https://x.com/yasujiohagi
公式Instagram:https://www.instagram.com/yasujiohagi_official/
ツアーで何回も弾いているうちにいっぱいアイデアが生まれて、「p」(小さく)の箇所も色んな表情を持たせることによって、公演ごとに一期一会の演奏を楽しませていただいたので、今回のレコーディングではどれを使おうか迷いました。
角田編曲のラストを飾るのは、ロンドンの下町生まれの世界的なボーイソプラノ・ユニット「Libera」のために村松崇継が作曲し、彼らにとっても代表曲となった《彼方の光》【Tr. 9】。
村松さんの数ある傑作の中のひとつ。今回の編曲では、ギターとチェロでメロディを歌い合ってお互いに一方を伴奏で支え合うスタイルが、ピースフルで希望に溢れた効果を生んでいると思います。演奏していて実に気持ちがいい。
難解だが面白い? スティーヴン・ゴスの異色作
そして本アルバムの目玉は英国ウェールズの作曲家スティーヴン・ゴス(1964~)による6楽章からなるチェロとギターのための《Park of Idols》【Tr. 10~15】。チェロ奏者レオニード・ゴロホフ(1967~)とギタリストのリチャード・ハンド(1960~2011)からの委嘱で2005年にキール大学にて初演されたこの楽曲は、それぞれの楽章に二人の演奏家から聞いた愛するアーティストへの敬意が盛り込まれ、ロックやジャズのテイストも満載のユニークな作品。
チェロとギターのための楽譜を探していたとき、カラフルな表紙の真ん中で腕を組む、人気ラーメン店の大将みたいなスティーヴン・ゴスに目がとまり、その自信ありげな姿が気に入って買ってはみたものの、中を覗いたらこれは一筋縄じゃいかないなと思って、その時は閉じてしまった(笑)。
今回そのことを思い出して、そういえばこういうのがあるんだけど…って大くんに見せたら興味持ってくれて、やりましょう! って。それで本格的に取り組んでみたら、難解だけど面白い。演奏する度にどんどん練られていくので、CDはこの時点での勢いとして楽しんでもらうとして、今後の成長にもご期待ください。
第1楽章 Jump Start【Tr. 10】はアメリカのマルチ・プレイヤー、フランク・ザッパへの風変わりなオマージュ。第2楽章 Cold Dark Matter【Tr. 11】は英国の造形作家コーネリア・パーカーの過激なアートワーク(1991年)からその名を借り、楽曲の中にはショスタコーヴィチの交響曲第14番「死者の歌」の破片が散らばり、フィルタリングされて引き伸ばされ、再構成されているとか。
第2楽章ではショスタコーヴィチを意識して冷たく荒涼としたかんじを出すために、敢えてビブラートをかけなかったんです。
第3楽章 Fractured Loop【Tr. 12】はパット・メセニーのギター・ソロの断片を、チェロのピチカートによるベースラインに重ね合わせて再構築したもの。
とにかく大忙しの曲でした。クラシック・ギターの運指とは明らかに違う、スライドさせて移動するようなジャズの要素がいっぱい。しかもエレキではないので力いっぱい頑張らないと。それをメセニーのように笑顔で軽々とやってのけるのは至難の業です。
私もピチカートでミスをしたら大萩さんがまたやり直しになると思って必死でやりました!
第4楽章 Malabar Hill【Tr. 13】はジョン・マクラフリンによるフュージョンの草分け的バンド、マハビシュヌ・オーケストラの曲の再編集。第5楽章 The Raw【Tr. 14】はソロ・ギターのためのもので、ハーモニーに関しては名手アラン・ホールズワースのイディオムが取り入れられている。ラストの第6楽章 Sharjah【Tr. 15】はプログレッシブ・ロックを代表するバンド、キング・クリムゾンへのオマージュで、チェロのパートは同バンドのギタリスト、ロバート・フリップのスタイルの模倣だとか。
特に第6楽章は面白くて盛り上がりました。二人ともちがう拍子でずっと弾いていて、これいつかどこかで会えるのか? って(笑)。
※《Park of Idols》の内容については、楽譜の出版元サイトに掲載されている、スティーヴン・ゴス本人のコメントも参照した。[編注:リンク先から「人気ラーメン店の大将みたいなスティーヴン・ゴス」の姿を確認することができます]
コンサートツアーも!
2025年の年明けからはこの『atelier』を引っ提げてのコンサートツアーもスタートする。
ホールが毎回“アトリエ”になって、会場ごとに新しい何かが生まれるはず。この絶好のチャンスをお聴き逃しなく。
2000年にデビューしたので来年は25周年。そんな記念の年に尊敬する大くんと一緒にツアーするなんてこんなに素敵なことはありません。皆さんと会場で会えるのを楽しみにしています。
【2025年「atelier」発売記念ツアー 予定】
1月25日(土) 埼玉:田園ホール・エローラ(松伏町中央公民館)
1月26日(日) 徳島:小松島サウンドハウスホール
2月1日(土) 栃木:那須野が原ハーモニーホール
2月2日(日) 埼玉:所沢市民文化センターミューズ
3月8日(土) 愛知:宗次ホール
3月9日(日) 広島:広島市東区民文化センター
6月7日(土) 岩手:キャラホール(都南文化会館)
6月13日(金) 宮城:宮城野区文化センターパトナホール
6月14日(土) 福島:けんしん郡山文化センター
6月15日(日) 青森:弘前市民会館大ホール
6月27日(金) 東京:紀尾井ホール
7月5日(土)&6日(日) 兵庫:兵庫県立芸術文化センター
7月21日(月・祝) 神奈川:神奈川県立音楽堂
他
『atelier』とあわせて聴きたいディスク
Travelogue
〔ルグラン:キャラバンの到着,ニャタリ:チェロとギターのためのソナタ,ピアソラ:オブリビオン,他〕
宮田大(vc)、大萩康司(g)
〈録音:2020年7月〉
[日本コロムビア(D)COCQ-85518]
2020年12月にリリースされた、宮田大×大萩康司の第1弾アルバム。