“レコ芸的”クラシック音楽入門

ワルターからシュタイネッカーまで――相場ひろさんに聞く、マーラー《第9番》聴き比べの愉しみ【後編】

"レコ芸的"クラシック音楽入門特別企画
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初演者ワルターの録音が、その後の演奏のお手本になったとは限らない。バーンスタインの名盤にも、必ずしも「彼らしい」とはいえないものがある。マーラーの交響曲第9番を聴き比べると、名盤や巨匠について抱いていたイメージまで揺らぎ始める。『もっときわめる! 1曲1冊シリーズ ⑨ マーラー:交響曲第9番』の著者・相場ひろさんに、具体的な録音の違いから、いまも聴き続ける楽しみを伺った。

【前編はこちら

取材・文=編集部

『もっときわめる! 1曲1冊シリーズ⑨ マーラー:交響曲第9番』相場ひろ 著
音楽之友社/2026年7月発行/B6変型判・96頁/定価1,320円(税込)/ISBN 978-4-276-35709-9

初演者ワルターの1938年録音は、むしろ「外れ値」

――マーラーを直接知る指揮者たちの演奏には、どのような違いがあるのでしょう。まず、第9番の初演者ワルターからお願いします。

相場 最初の録音は、ワルターとウィーン・フィルによる1938年のライヴです。「直伝の演奏」として、いまもファンが多いですよね。でも、マーラーの演奏史を考えると、これはすごく特殊な演奏なんです。
 まず、とても速い。とくに終楽章は、これほど速い演奏はほかにほとんどないのではないでしょうか。ゆっくりした音楽をどう進めるかという、考え方から違う感じがします。ワルターは後年、ステレオでも録音していますが、そちらともだいぶ違う。最初の録音なのに、その後の演奏とはつながらないような、いわば「外れ値」になっているんですね。

――そこから演奏の伝統が枝分かれしていった、という単純な話ではないのですね。

相場 そういう意味では、録音とは別のところでも、演奏の歴史が積み重ねられていたのかもしれません。そう感じさせるのが、私のとても好きな指揮者、ヤッシャ・ホーレンシュタインです。
 この人の第9番を聴くと、終楽章のフレーズの捉え方などは、むしろ現代の演奏の祖先のように感じられるんです。ホーレンシュタインは学生時代に、メンゲルベルクとウィーン・フィルの演奏を聴いてマーラーに関心を持ち、自分でも研究して指揮するようになった人です。ひょっとしたら、その流れを受けているのかもしれない。ただ、そこはわからないわけです。
 同じ時代を生きたクレンペラーは、もっと後になって第9番を録音していますが、これもまた違う。マーラーの死後に演奏されるようになった曲だということもありますが、みんな好き勝手にやっているというか。ゆっくりした音楽のフレーズをどうつくるかという根本的なところから、すでに多様なんですね。
 ただ、完成された最後の交響曲として、そこに「この世への告別」を読み取ろうとする姿勢は、かなり共通している気がします。同じようなメッセージを受け止めていても、出てくる演奏はこんなに違うわけです。

ワルター指揮ウィーンpo
〈録音:1938年1月(L)〉
[Warner Classics (M)2173240890(20枚組,海外盤)]「ブルーノ・ワルター・ワーナークラシックス・リマスター全集」所収

ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮ウィーンso
〈録音:1953年頃〉
[ヴォックス(M)COCQ84704~5]

ワルター指揮コロンビアso
〈録音:1961年1月〉
[ソニークラシカル(S)SICC10368]SACDハイブリッド

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