NHK交響楽団創立100年特別企画

N響に登場した巨匠指揮者列伝
第3回 ウォルフガング・サヴァリッシュ

N響に登場した巨匠指揮者列伝特別企画
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創立100年を迎えたNHK交響楽団の歴史は、巨匠指揮者たちとの出会いの歴史でもあります。本連載では、N響の舞台を彩った名匠たちを各回一人ずつ取り上げ、その人物像、芸術の真価、そしてN響との代表的録音までを総覧。演奏会の記憶とディスクを結び付けながら、日本のクラシック音楽史の豊かな系譜を読み解いていきます。

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サヴァリッシュのNHK交響楽団演奏記録(NHK交響楽団「演奏記録アーカイブ」より)
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Text=広瀬 大介(音楽学)

ウォルフガング・サヴァリッシュ(1923~2013)

写真提供:NHK交響楽団

約40年の事実上の “常任客演” を経て桂冠名誉指揮者に

現在50歳代の筆者がクラシック音楽を聴くようになった高校生〜大学生のころ、もっともチケットが安かったオーケストラは学生席が1,000円だったNHK交響楽団であり、そのN響の看板指揮者といえば、やはりウォルフガング・サヴァリッシュ(1923~2013)を措いて他にはいなかった。1980年代から90年代にかけて、多くは秋に、判で押したように来日してくれていたサヴァリッシュの演奏を通じて、ドイツ音楽というもののイメージを膨らませていた。しかし、その業績を振り返ってみると、なぜここまでサヴァリッシュの存在感が大きかったのか、不思議に思わぬではない。

もちろん、N響とのかかわりの長さは、その一因としてあげられよう。なにしろ、N響100年の歴史のうち40年にわたってN響にほぼ毎年通い続けたのだから、その影響力はあまりに大きかった。最初の客演は1964年、サヴァリッシュ41歳の時。ここで思い返しておきたいのは、1960年代半ば以降、N響は1996年にシャルル・デュトワを迎えるまで、いっさい常任の指揮者を置かず、客演の指揮者だけを招き続けた、という事実である。1962年のいわゆる「小澤事件」もきっかけの一つだったかもしれないが、当時副理事長を務めた有馬大五郎が確立した、ドイツ・オーストリア系の指揮者による指導体制が、突出した指揮者ひとりとの関係を指向しないものだったことが直接の要因だろう。

つまり、N響はサヴァリッシュのほかにも、すぐに思いつくだけでもオットマール・スウィトナー、ホルスト・シュタインといったカペルマイスター系の指揮者による薫陶を受けており、当時としては、サヴァリッシュは数多い客演指揮者のひとり、という扱いに過ぎなかったことになる。1967年にははやくも「名誉指揮者」の称号を受けているが、これはサヴァリッシュのほかにも、ヨーゼフ・カイルベルトとロヴロ・フォン・マタチッチにも同時に与えられており、当時のN響が向かっていこうとするその方向性を垣間見せるものであろう。

ドイツ・オーストリア系の指揮者が、高齢化にともなって来日が間遠になっていくなかで、サヴァリッシュは律儀に、最晩年に至るまでN響に通い続けたことも、その他の指揮者に比べて、際立った存在感を保った理由のひとつとなった。結局、サヴァリッシュがN響で「常任」「首席」という肩書きを得ることはついになく、1994年に「桂冠名誉指揮者」としての称号を受けるにとどまったのである。

N響副理事長の有馬大五郎とサヴァリッシュ 写真提供:NHK交響楽団
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「楷書」のベートーヴェンと、全霊の愛を注ぎ込んだシュトラウスと

ここでサヴァリッシュとN響の共演の全体像を追いかけていては、データの羅列で以下の文章が埋め尽くされてしまうだろう。本稿では、N響100年を記念して発売される、サヴァリッシュがN響と録音した演奏のSACDに絞って紹介する。

両者の共演はそのほとんどが定期演奏会のライヴとして映像・録音で遺されているが、無観客でのセッション録音となると、今回発売されるベートーヴェンの《交響曲第5番》《第8番》(収録:1982年5月、埼玉・新座市民会館)しかない、というのは、筆者にとってはかなり意外であった。そもそも、ベートーヴェンのこの2曲を採り上げた機会が、1970年の交響曲ツィクルス、1981年の《第8番》、1990年の《第5番》のみ、ということもあいまって、様々な意味で貴重な録音であることは疑いがない。

一聴して、この演奏が細部まで作り込まれたものであることが明白に伝わってくる。現代のシューボックス型、あるいはワインヤード型のクラシック専用ホールとは異なり、響きが硬く、残響もさほど期待できないゆえに、ややゆったりめのテンポで、全体をくっきりとかたどるように構築していくそのやり方が手慣れているのは、指揮者とオーケストラがともにNHKホールという容れ物での経験を持ち合わせているからでもあっただろう。サヴァリッシュの指揮は「楷書」に擬えられることが多いが、ここでの演奏はまさにそんなイメージをはっきりと聴き手に与えることだろう。丁寧に磨き上げられたセッション録音であることが、なおいっそうその印象を増幅させる。ベートーヴェンに対するイメージ、ドイツのレパートリーを得意とするN響のイメージ、そしてサヴァリッシュ自身に対するイメージがそのまま形になったような音楽が、ここに繰り広げられている。

同じアルバムに収録されているブラームス《交響曲第1番》とリヒャルト・シュトラウス《死と浄化(変容)》は、1987年4月、第1023回定期公演のライヴ録音。シュトラウスを愛してやまなかったサヴァリッシュであれば、その交響詩は名だたるオーケストラとの録音が引きも切らないほどあるだろう、と思われがちだが、《死と浄化》の正規盤商用録音はこれだけだというのだから、これも驚きである。序奏のゆったりとした音運びから一転、ドラマティックな主要部に入ったところで、音楽は突然推進力を得て、奔流のようにあふれ出す。一方で、最後のハ長調での「浄化」シーンの前では、いったんタメを入れる独自の解釈で、最高の見せ場をここぞとばかりに盛り上げる。オペラも歌曲も室内楽曲も、シュトラウスのすべてをしり尽くしたサヴァリッシュならではのシュトラウス解釈は、独自の高みに達していることが、この録音ひとつをとってもわかる。この達成感が、続くブラームス《交響曲第1番》においても保たれていることは、第1楽章、悠久の時を彷彿とさせる雄大な冒頭の演奏を聴けばすぐに察せられよう。

ディスク情報

ベートーヴェン:交響曲第5番,同第8番,ブラームス:交響曲第1番,R.シュトラウス:死と変容

ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮NHKso
〈録音:1982年5月(ベートーヴェン),1987年4月~5月(L)〉
[ソニー・レコーズ(D)SICC19096]2枚組SACDハイブリッド

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ディスク情報

メンデルスゾーン:オラトリオ《エリア》全曲

ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮NHKso,国立音楽大学(合唱),ベルント・ヴァイクル(Br)ルチア・ポップ(S)アリシア・ナフェ(A)ペーター・ザイフェルト(T)他
〈録音:1986年10月(L)〉
[ソニー・レコーズ(D)SICC19094]2枚組SACDハイブリッド

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写真提供:NHK交響楽団

定期1000回記念公演——偏愛する《エリア》を最高の布陣で

1986年10月、N響60周年、定期公演1000回を記念して演奏されたメンデルスゾーンのオラトリオ《エリア》は、翌11月には早くも2枚組CDとして発売されている。40年を経て、リマスタリングのうえで再発売されるこの演奏が、サヴァリッシュにとって特別の意味を持っていたことは、比較的よく知られたエピソードなのではなかろうか。そもそもサヴァリッシュは、この《エリア》を音楽史の最高峰に置かれるべきオラトリオ、合唱曲と位置づけるほどに偏愛し、ことあるごとにこの作品を採り上げていた。ひとりの指揮者がこの《エリア》を計4種も録音しているという例は他には見当たらず、本作に対する想いの深さがしのばれよう。

サヴァリッシュの「お声がけ」によって、バイエルン国立歌劇場で活躍を重ねていた最高の歌手たち、ベルント・ヴァイクル、ルチア・ポップ、ペーター・ザイフェルトが来日し、この演奏会が実現した。ニ短調の和音、ヴァイクルによるエリアの宣言にはじまり、どこを切り取っても感じられる緊張感と高揚感こそ、この演奏が特別なものであったことの雄弁な証拠となるだろう。N響の歩みをしるうえで、けっして欠かすことのできない演奏会である。

末筆になるが、サヴァリッシュの最晩年、筆者もその謦咳に接する機会を得ることができたので、そのエピソードで本稿を締めくくりたい。サヴァリッシュは1988年に日本リヒャルト・シュトラウス協会を立ち上げて、その会長となった。N響で招いた豪華なソリストをそのまま協会の例会に連れてきてくれることも恒例で、実に贅沢な共演をいくつも聴かせてもらった。

最後の来日かその前か記憶がさだかではないが、筆者も協会の運営をお手伝いするようになり、サヴァリッシュをサントリーホールの楽屋口からブルーローズ(当時は小ホール)の楽屋へと誘導する大役を仰せつかった。体調はあまりすぐれず、歩みはゆっくりで、しかも移動のエレベーターではなぜかふたりきり。このエレベーターは油圧式なので、移動にけっこう時間がかかる。若い筆者はなんとか間をつなぐべく、つたないドイツ語で、自分も将来シュトラウスを研究したいとおもっていることをおずおずと打ち明けると、マエストロは慈愛に満ちたあのバリトン・ボイスで「シュトラウスに愛を振り向けてくれるひとが日本にも育ってくれてうれしい」とひとこと、伝えてくれたのだった。サヴァリッシュがいなかったら、自分はシュトラウスに巡り会っていなかったかもしれない。あの励ましが、今の自分の一部をたしかに支えてくれていることを想い、マエストロにあらためて感謝を捧げたい。

その他のサヴァリッシュ指揮N響のCDより(編集部;いずれも現在入手困難)

ベートーヴェン/交響曲全集,序曲集,合唱幻想曲,ミサ・ソレムニス
丹羽勝海(T)大橋国一(Bs)他
〈録音:1970年4月~5月(L)〉
[KI(S)KKC2127]※7枚組

ブラームス/交響曲全集,悲劇的序曲
〈録音:1971年5月~1975年4月(L)〉
[KI(S)KKC2028]※3枚組

R.シュトラウス:交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》《ドン・フアン》他
〈録音:1964年11月,1980年4月,1987年4月(L)〉
[NHK-CD(S)KICC3011]

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番《皇帝》,ブラームス:ピアノ協奏曲第2番*他
エミール・ギレリス,ブルーノ・レオナルド・ゲルバー(p)
〈録音:1978年4月,1980年4月*(以上L)〉
[KI(S)KKC2022]※2枚組

写真提供:NHK交響楽団

(次回は9月下旬公開予定。ホルスト・シュタインが登場します。ご期待ください)

筆者プロフィール

広瀬 大介(ひろせ・だいすけ)
音楽学者・音楽評論家。1973年生まれ。青山学院大学教授。日本リヒャルト・シュトラウス協会常務理事・事務局長。各種音楽媒体などへの寄稿のほか、曲目解説・ライナーノーツの執筆、オペラ公演・映像の字幕対訳を多数手がける。著書に『名局と名曲のあいだ 将棋と音楽の芸術性をめぐって』[アルテスパブリッシング]『知っておきたい!近代ヨーロッパ史とクラシック音楽』[音楽之友社]、『もっときわめる! 1曲1冊シリーズ3 ワーグナー:《トリスタンとイゾルデ》』[同]など。

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