
文=寺西 肇 (音楽ジャーナリスト)
モダン楽器とバロックボウで奏でる万感の調べ
東京藝大を経てドイツ・デトモルト音大に学び、2006年にライプツィヒで開かれた第15回J.S.バッハ国際コンクールで第5位となるなど、国内外の登竜門で優勝・入賞を重ねて、小澤征爾率いるサイトウ・キネン・オーケストラに参加、現在はソリストとして国際的な活動を展開する一方、出身地である名古屋を拠点とするセントラル愛知交響楽団のコンサートマスターとしても活躍する島田真千子。そんな彼女が、“ヴァイオリニストにとっての聖典”とも位置付けられる大バッハの《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》全6曲の録音に挑んだ。
まず驚かされるのは、凛とした透明かつ温かな音色と、芯の通った音楽的な安定感。美音は重音を紡ぐ際にも、いささかも荒れることがない。矢澤孝樹氏のライナーノーツによれば、彼女は今回、モダン・セッティングの愛器(1769年製ジョヴァンニ・バッティスタ・グァダニーニ)に4弦とも銀線巻きガット、バロックボウで臨んだという。しかし、バロックボウを使うからと言っても、島田は、ことさらにピリオド奏法へ“寄せる”ことをしない。もちろん、基本的な拍節感覚など、バロック特有の“作法”は踏まえられる。しかし、むしろ強く感じ取れるのは、随所に散りばめられた彼女の創意だ。
例えば、四重音を奏する際、主音以外の音(特に内声)をたっぷりと聴かせることで、生まれる和声をより長く、響きの空間に留まらせる。あるいは、最近公開された島田の無伴奏の演奏の映像を観ると分かることだが、基本的にノン・ヴィブラートながら、アップボウでフレーズを弾き終えて弦を弓から離した直後、ヴィブラートをかけて、弦の響きを残す。各声部の語り出しを強調しがちなフーガにあっては、あえてそうせず、次の小節の1拍目に力点を置く。リピートにあっては、その前後でフレージングや奏法を絶妙に変容。“繰り返すこと”に意味を持たせる……。
実は、島田のバッハの無伴奏録音は初めてではなく、3曲の抜粋の形で2014年に発表している[アルトゥス]。今回の録音について、彼女は自身のブログで「前の全曲録音&コンサートから10年以上の月日が流れ、その間あった悲喜交々、演奏経験や人生経験を積み、今だ!と思い……」と綴っている。そんな熱い思い入れも“収録”し、モダン仕様の楽器ならではの特性を十二分に活かした快演。ゆかりの深い名古屋の宗次ホールでのセッションだったことも、良い作用をもたらしただろう。折しも、当盤のリリースに合わせて、同ホールで7月に予定されていた無伴奏リサイタルが「首と鎖骨の痛み」の療養のため、来年[2027年]へ延期に。名手の無事な復帰を、心から願っている。

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全曲)BWV.1001~1006
島田真千子(vn)
〈録音:2025年4月,11月〉
[ソニー・レコーズ(D)SICX10028~9(2枚組)]
※2026年6月24日発売予定
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協力:ソニーミュージック
