
鮮やかだがほどよく肩の力の
抜けたアンサンブルを堪能
エマニュエル・アックス、レオニダス・カヴァコス、ヨーヨー・マの3人による「ベートーヴェン・フォー・スリー」シリーズの第4弾が8月22日に全曲配信開始、9月10日に国内盤がリリースされる。3人が2021年のタングルウッド音楽祭でベートーヴェンの交響曲第2番のピアノ三重奏版を取り上げたことをきっかけに始まった本シリーズでは、各アルバムにベートーヴェンの交響曲の新編曲が収められており、作曲家が遺した傑作たちを新たな視点から味わうことができる。
第4弾で3人が取り上げるのは交響曲第1番。編曲は前作の第4番に引き続き、イスラエル出身のシャイ・ウォスネル(1976~)が担当している。ウォスネルは1999年のエリザベート王妃国際コンクールで第4位に入賞し、Onyxレーベルを中心にCDも多数リリース、シューベルト作品などの演奏で高い評価を得ているピアニストで、ジュリアード音楽院ではアックスにも学んでいる。今回の編曲も奇をてらうことなく端正に仕立てられたものであり、その整ったキャンバスのうえで3人の名手がのびやかに、親密な対話を繰り広げているところが魅力的だ。作曲家が書き記した響きの光と翳、繊細さと雄大さとをゆったりとした足取りで丁寧に描いてゆく第1楽章序奏から、熱気を帯びながらもしっかりと地に足の着いた、どこか大人な掛け合いが披露される終楽章に到るまで、終始作品への愛が伝わってくる説得力に満ちた演奏が続いてゆく。原曲では木管楽器が奏でる第4楽章第34小節以降[0:50~]のヴァイオリンのフレーズをはじめ、時折思いもよらぬ旋律が前面に出てくるところも聴いていて愉しいポイントの一つ。本録音を聴いた後に原曲を聴きなおせば、きっとまた新たな発見に出会えることだろう。
併録のピアノ三重奏曲第5番《幽霊》と同第4番《街の歌》も3人の個性がバランスよく主張し合う好演であり、凛としたカヴァコスのヴァイオリン、朗々と歌うマのチェロ、そして多彩なタッチを駆使して様々な響きの「色」をかたちづくるアックスの闊達なピアノによる、鮮やかでありながらもほどよく肩の力の抜けたアンサンブルを堪能できる。まさに、室内楽の愉しみに満ちた1枚だ。
本田 裕暉(音楽学・音楽評論)
協力:ソニーミュージック
