最新盤レビュー

ピアノ界の新星、マロフェーエフが放つ
4人の亡命作曲家に共鳴するデビュー作

ディスク情報

忘れられた調べ~ロシア・ピアノ作品集
〔ミハイル・グリンカ:別れのワルツ,ニコライ・メトネル:《忘れられた調べ》第1集(全曲),セルゲイ・ラフマニノフ:幻想的小品集~第2曲 前奏曲〈鐘〉,ピアノ・ソナタ第2番(1931年改訂版),グラズノフ:3つの小品~第3曲〈ワルツ〉,他〕

アレクサンダー・マロフェーエフ(p)
〈制作:2026年〉
[ソニー・クラシカル(D)SICC30937(2枚組)]
※2026年2月25日発売予定

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文=山本明尚 (音楽学)

ベルリンからノスタルジアを込めて

マロフェーエフのデビュー作は、「亡命し故郷から離れて生涯を終えた4人のロシア作曲家」というコンセプトで企画された2枚組。グリンカ、メトネル、ラフマニノフ、グラズノフは、いずれも生涯のあるタイミングでロシアを永遠に離れる旅路へと出発した。メトネルのソナタ〈回想〉とラフマニノフのピアノソナタ第2番を除けば小品中心だが、一聴すればわかるように、故郷に抱く複雑な感情という一貫したテーマがアルバム全体を貫いており、散漫な印象は全くない。

ディスク1冒頭を飾るのはグリンカの小品群。ロシア音楽の源流的な扱いを受けることの多いグリンカだが、マロフェーエフは、西欧漫遊時代のサロン風の小品に潜む二重性——西欧への憧憬とロシアへの愛、軽やかさの中の陰り——を繊細に描き出す。そしてディスク1の中心を占めるのが、近年再評価著しいメトネルの《忘れられた調べ》第1集全曲。1921年、亡命と同年に書き上げられたこの連作は、ソナタ〈回想〉が単曲で演奏されることが多いが、マロフェーエフは全8曲を通して奏でることで作品の本質に迫る。ソナタから様々な舞曲形式を経て〈回想ふうに(コーダ)〉で円環を閉じる構成を通して聴くことで初めてわき上がる、失われゆく絢爛な世界への行き場のない情感を、繊細なタッチで浮き彫りにする。

メトネル《忘れられた調べ》第1集より第6曲〈夕べの歌〉演奏風景(アレクサンダー・マロフェーエフ公式YouTube)

ディスク2はラフマニノフとグラズノフ。ラフマニノフの選曲はいずれも海外生活と深く関わる——聴衆が弾けと求め続けた前奏曲〈鐘〉、レパートリーの重要な一部だった《音の絵》、愛し手ずから編曲した〈ライラック(リラの花)〉、そして作曲家自身が亡命後に手を加えたソナタ第2番1931年改訂版。グラズノフの小品群を締めくくるワルツの解釈は白眉だ。洒脱なサロン曲として弾くこともできようが、マロフェーエフの演奏には愁いがにじみ、メトネルと同じく「失われた」世界への名状しがたい感情を聴かせる。

モスクワ音楽院の名伯楽ドレンスキーとその弟子ネルセシアンの薫陶を受けたマロフェーエフ。その演奏の特質は、難曲をいとも簡単に弾きこなす技術の確かさと同時に、ひけらかすことのない音楽性にある。表面を上滑りする技巧ではなく、その奥の内容まで見通すことを許してくれる透明さが、作曲家が彫り込んだ情感を際立たせる。内声部の旋律の扱いも秀逸で、「こんなつながりもあったのか」と気づかせる瞬間が随所にある。彼の呼吸やペダルワークまで聞こえてくる解像度の高い録音も特筆に値する。

「ノスタルジア」それ自体、喜怒哀楽が入り交じった繊細な表現力を要するモチーフである。現在祖国を離れベルリンで活動するマロフェーエフ自身もまた複雑な立場にある。20代前半の彼がどのような思考のもとこの企画に至ったのか、考えるとやるせない。おそらく作曲家たちの境遇に心を寄せながら奏でるそのノスタルジアは、単なる懐古ではなく、現在進行形のステートメントとして響いている。

□東京・春・音楽祭2026 マリア・ドゥエニャス&アレクサンダー・マロフェーエフ

・日時・会場
 2026年4月2日(木) 19:00開演(18:30開場)
 東京文化会館 小ホール
・出演
 ヴァイオリン:マリア・ドゥエニャス
 ピアノ:アレクサンダー・マロフェーエフ
・曲目
 シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574,他

 詳細はこちら(東京・春・音楽祭2026のページ)

□東京・春・音楽祭 アレクサンダー・マロフェーエフ

・日時・会場
 2026年4月3日(金)19:00開演(18:30開場)
 東京文化会館 小ホール
・出演
 ピアノ:アレクサンダー・マロフェーエフ
・曲目
 ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番(1931年改訂版)他

 詳細はこちら(東京・春・音楽祭2026のページ)

協力:ソニーミュージック

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