
ライヴ・イン・グラーツ 1999 〔メンデルスゾーン:《美しいメルジーネの物語》序曲,ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》第1幕への前奏曲,イゾルデの愛の死,歌劇《タンホイザー》~序曲とバッカナール,シューマン:ミニョンのためのレクイエム〕(付・アーノンクールによる楽曲解説)
ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内o,ヴィオレータ・ウルマーナ,エリーザベト・クルマン(S)
〈録音:1999年6月(L)〉
[ソニー・クラシカル(D)SICC30939(2枚組)]
※2026年2月25日発売予定
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文=堀内 修 (音楽評論)
「敵側」に寝返った(?)反逆者アーノンクール
アーノンクールは、かつて生涯の最大の「敵」と対峙していた。もちろん相手はワーグナーだ。この記録が魅力的なのは、ただアーノンクールが振った唯一のワーグナーにとどまらないところにある。
ロマン派の影響を断ち切った反逆者アーノンクールがドイツ・ロマン派の深い根を探ろうとしている。それは騎士物語の世界で、理性に対する感性、昼に対する夜の世界だ。当然、実に理路整然としたプログラムが組まれている。メンデルスゾーンの美しい海の精メルジーネの物語に続くのがワーグナー《タンホイザー》の序曲とバッカナールで、ヴェーヌスベルクの水辺へと導かれる。そして一気に《トリスタンとイゾルデ》へと突入する。
それならさぞ理路整然として退屈な演奏なのかと思いきや、まるで違う。時に理知の退屈を露呈していたアーノンクールは、ここでためらわずにドイツ・ロマン派の懐に入り込んでいる。驚くべきはやはり《トリスタン》の「前奏曲と愛の死」で、確かにこれはロマン派の魔王とでもいうべきワーグナーが挑んだモラルとの総力戦だ。生涯を通じてモラルの側に身を置いてきたようなアーノンクールが、この時は、というよりこの時だけは、敵側に寝返ったかのようだ。
演奏しているのはヨーロッパ室内管弦楽団で、組み合せとしてはワーグナーに不向きと思われる。実際演奏は明晰で、伝統的なワーグナー指揮者のそれとは大きく隔たっている。だが溺れない指揮にもかかわらず、水のうねりは大きく、濃厚だ。ためらわずに録音してくれればよかったのに、と残念な気持ちにさせる、豊饒なワーグナーが聴ける。そして驚嘆すべきことに、狙い通りこれはドイツ・ロマン主義の根源に向かう扉を開け、その危険が今なお無効になってはいないのを明らかにする試みの成果だ。
協力:ソニーミュージック

