
クロッシング・ザ・バー
〔J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 BWV.1004~シャコンヌ ニ短調,ジョン・ゾーン:ブレスターン 第1部(2025),ドビュッシー:夢想,挾間美帆:マリンバ協奏曲第1番(2021)〕
ミカ・ストルツマン(マリンバ)リチャード・ストルツマン(cl)エディ・ゴメス(ジャズ・ベース)スティーヴ・ガッド(ドラムス)スティーヴン・リプシット,挾間美帆(指揮)ボストン交響楽団&ボストン・モダン・オーケストラ・プロジェクトのメンバー,他
〈制作:2026年〉
[Avie(D)RAV2807]
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文=東端哲也 (ライター)
「シャコンヌ」からはじまる越境の世界
昨年、米国Big Round Recordsからアルバム『メモリーズ・オブ・トゥモロー』の日本盤をリリースしたばかりの人気マリンビスト、ミカ・ストルツマンが2026年1月に早くも、今度は英国のAvieから最新作『クロッシング・ザ・バー』を日本で発売。前作がキース・ジャレットの名曲をタイトルに据え、盟友でもある“ドラムの神様”スティーヴ・ガッドやビル・エヴァンス・トリオで知られるベーシスト、エディ・ゴメスら名手たちと共演したコンテンポラリーなジャズ・アルバムだったのに対し、本盤は“bar(小節)を越えて”の名のもとに、クラシックを起点にそのボーダレスな創造性をより大胆に拡げた圧巻の一枚。
オープナーはこれまでにも彼女が何度となく取り上げてきた超定番の有名曲「シャコンヌ」だが、ここではロマン派の時代に大バッハを敬愛するメンデルスゾーンがピアノ伴奏を付けて編曲したものが元ネタ。そのピアノ部分を弦楽アンサンブルに移し替えるようスティーヴン・リプシットにアレンジを依頼し、ボストン交響楽団&ボストン・モダン・オーケストラ・プロジェクトのメンバーと一緒に演奏したニュー・ヴァージョンである。アフリカにルーツを持つマリンバのパーカッシヴな響きがバロックの調べと相まって、まるで300年前の時代に生きる演奏家たちがサバンナの草原地帯で優雅に演奏しているようなイメージに包みこまれる。
リプシットの指揮する同メンバーは [03] のドビュッシー《夢想》(布施威の編曲によるマリンバ&弦楽版)でも活躍。作曲者自らが“駄作”と評したのにも関わらず今日でも広く親しまれているこのピアノ曲を、更にメランコリックでドリーミーな雰囲気に生まれ変わらせた。実はSpotifyの配信サイトでもこのトラックが断トツで再生回数が多く、幅広いリスナーの心を掴んでいるのがわかる。
もちろんミカの夫であり、世界的なクラリネット奏者であるリチャード・ストルツマンも [02] ジョン・ゾーン《ブレスターン 第1部》から参加。“前衛音楽家”ゾーンは夫妻のためにいくつも作品を提供しているが、今回の書き下ろし作はナチスによるホロコーストの生存者である20世紀詩人パウル・ツェランの詩集のタイトルを冠したミステリアスな楽曲。クラリネットとチェロの奏でるどこかユダヤ風で不安げな旋律にのせて、静かにマリンバがたゆたう美しい作品だ。
挟間美帆作品の世界初録音も!
そして本盤での最大の目玉が、ニューヨークを拠点に作曲家・指揮者として世界を席巻する現代ジャズ・シーンのトップ・ランナー、挟間美帆に委嘱した [04]-[06] マリンバ協奏曲第1番であることは言うまでもない。コロナ禍の前に依頼し、2024年9月に浜離宮朝日ホールで開催された「ミカ・ストルツマン デビュー25周年記念リサイタル」でも披露された同曲の、これが世界初録音。マリンバと共にクラリネットもサブ・ソリストとしてフィーチャーされ、ドラムとベースも活躍するこの曲には、夫リチャードを始めガッドやゴメスも大集合。先ず作曲者立ち会いのもとでリズムセクションを録音し、ボストン組を挟間自らが指揮してレコーディングしたことで、それぞれのプレイヤーの魅力を最大限に引き出すことに成功している。第1楽章の冒頭を飾るファンファーレのような華やかな序奏に引き込まれ、ゆったりとした「緩徐楽章」を挟んで、フィナーレに相応しいアップテンポな第3楽章へと至る伝統的な形式で書かれているが、気持ちが途切れることなく一気にひとつの流れに身を委ねることができて心地よく、途中に柔らかな“歌”を聴かせる部分やクラリネットとマリンバの絶妙な掛け合いなどが散りばめられているのも素敵だ。
今年からしばらく夫婦の活動拠点をボストン → 京都に移して、新たな船出を迎えたばかりのミカ・ストルツマンのこれからの音楽の旅に、引き続き注目したい。
協力:東京エムプラス

