「20-Twenty-」
〔プロローグ=シューマン(C.シューマン編):献呈,20–Twenty=R.シュトラウス:さびしい泉のほとり,シューベルト:楽興の時 第3番 ヘ短調,バルトーク:スケルツォ,ベートーヴェン:エリーゼのために,R=コルサコフ(ラフマニノフ編):熊蜂は飛ぶ,スカルラッティ:ソナタ ロ短調 K.27,プロコフィエフ:前奏曲 ハ長調《ハープ》,ブーランジェ:新たな人生に向かって,矢代秋雄(岡田博美編):夢の舟、ブラームス:間奏曲 ハ長調 op.119-3,リスト:愛の夢,ショパン:即興曲 第3番 変ト長調,ラフマニノフ:エレジー,J.S.バッハ(ペトリ編):羊は安らかに草を食み,プーランク:バッハの名による即興的ワルツ ホ短調,フォーレ:即興曲 op.84-5,メシアン:夢の触れられない音…,武満徹:雨の樹素描Ⅱ,コネッソン:F.K.ダンス,ドビュッシー:夢想,エピローグ=坂本龍一:20220302サラバンド〕
河村尚子(p)
〈録音:2024年6月〉
[RCA(D)SICC19080]SACDハイブリッド
3,630円
現代のピアノ音楽が持つ
可能性の地平を示す
河村尚子の日本デビュー20周年記念盤。20周年なのでメインは20曲、さらに「プロローグ」「エピローグ」と称して2曲を加えている。
全曲が河村にとって初録音で、作曲家のダブりはない。つまり22曲で22人の作曲家が登場する。誰もが知る名曲と知られざる佳曲とのバランスが良く、バッハから坂本龍一まで多様な音楽様式を辿れる選曲、アルバムとしての起伏を形成した上で前後の曲の性格を際立たせる曲順、楽譜を深く読み込んだ緻密で流麗な解釈、と3拍子揃った優れた1枚。
ブックレットには「人生を彩った20+2の場面」と題した河村自身のノートがある。クララ・ハスキル国際コンクールに参加した際、準備していた曲と事務局へ提出した曲が一致しておらずパニックになった(スカルラッティ《ソナタ》)、フォルクヴァング芸術大学非常勤講師のオーディションに向かう途上でクライネフ先生の死去を知った(バッハ《羊は安らかに草を食み》)など曲にまつわる思い出が活写されており必読。さらに、曲の基本情報を押さえた「曲目についてのノート」(長井進之介)も付されており、フィジカルなパッケージの存在価値を示すに十分な作りだ。
冒頭の《献呈》は華やかなリスト編曲ではなく、夫ロベルトの様式に寄り添ったクララ編曲で清澄に幕を開ける。超有名曲《エリーゼのために》は、一貫して弱音で弾かれ、とても寂しい音楽になっているのに驚愕。河村が指摘している通り、楽譜に書かれているダイナミクスは確かにppだけなのだ。
《熊蜂は飛ぶ》(イ短調)、スカルラッティ《ソナタ》(ロ短調)、プロコフィエフ《ハープ》(ハ長調)と調性が上昇してきて、ここしかない、という場面でブーランジェ《新たな人生へ向かって》(夭折した妹リリへの慟哭と浄化)が来る。このあたりの配置は本当に巧み。ブラームス《間奏曲》で再度ハ長調に戻り、ここが折り返し点。リスト《愛の夢》は《献呈》と同じ変イ長調で、後半がスタートする。
色彩が疾走するメシアン、空間に光と影が明滅する武満徹、テクノ風のノリが爆発するコネッソンと、現代音楽の諸相を3曲に凝縮。ドビュッシー《夢想》で雰囲気を和らげ、ジャンルも時空も超えた坂本龍一《20220302サラバンド》が音楽の未来へ聴き手を誘う。
あるピアニストが編んだ小品集という存在を超えて、傑出した感性をもつアーティストが見た20世紀末~21世紀初頭の音楽文化史であり、現代の(プリペイドなど細工をしない)ピアノで何ができるか、ピアノ音楽にどんな可能性があるか、その地平を示した秀逸なアルバムだ。
友部衆樹 (音楽ライター)
協力:ソニー・ミュージックエンタテインメント