
時を越える対話~J.S.バッハ:ヴァイオリンと鍵盤楽器のためのソナタ集
〔第1番~第6番 BWV.1014~19〕
ハ・ユナ(vn)&ファン・ゴニョン(p)
〈録音:2025年1月〉
[AudioGuy Records(D)AGCD0188(2枚組)]
モダン楽器によるバッハ演奏に新たな地平を拓く
ハ・ユナは、エスメ弦楽四重奏団のメンバーを務めるかたわら、ソリストとしても活躍する名手。ファン・ゴニョンはソロや室内楽、オーケストラとの共演など国際的に評価されている俊英。ともにソウル出身、中学時代の同級生で、留学先のドイツで再会を果たした盟友だ。そんな2人が、再会から10年にわたって研究を続けてきたJ.S.バッハの「ヴァイオリンと鍵盤楽器のためのソナタ集」を遂に録音した。モダンのヴァイオリンと弓、モダン・ピアノによる演奏で、「作曲家が耳にした響きの再現」よりも「J.S. バッハ作品の本質と普遍性」に迫るアプローチと言える。
20世紀後半のHIP(歴史的知識に基づく演奏)の普及により、当作品の演奏はバロック・ヴァイオリンとチェンバロが中心となった。そんな中でもモダンのヴァイオリン&ピアノによる録音はいくつか行なわれており、ハイメ・ラレード&グレン・グールド盤(ソニー/1975~76年)、フランク・ペーター・ツィンマーマン&エンリーコ・パーチェ盤(ソニー/2006年)、ミシェル・マルカルスキ&キース・ジャレット盤(ECM/2010年)などが知られている。いずれもモダン楽器ならでは音色と機能を活かした演奏で、作品よりも演奏者の個性が前面に出たものとなっている。
ハ・ユナ&ファン・ゴニョン盤は、もちろんモダン楽器の機能を活かしているが、J.S.バッハ作品を演奏するための手法を踏まえ、バロック/モダンのバランスを最上の形で整えている点が特徴だ。ヴァイオリンは凛とした佇まい。ヴィブラートは控えめだが、聴かせどころでは艶やかな音色を聴かせる。装飾音は必要最小限だが効果的。特筆すべきはピアノ。繊細なタッチで軽快に弾き進める。チェンバロよりも音を保持できるため、ヴァイオリンとピアノ右手が3度や6度並行で進行する場面では光彩ある和音が立ち上がる(第1番第2楽章)。急速音形をリピートする際には、流麗なレガートと明快なマルカートを使い分け、立体的な音響を駆使して変化をつける(第1番第4楽章)。
モダン楽器によるJ.S.バッハ演奏に、新たな地平を拓いたアルバムだ。
友部衆樹(音楽ライター)
協力:東京エムプラス
【ストアイベント情報】
5月31日(土)16時30分より、タワーレコード渋谷店8階クラシック売場にて、ミニライヴとサイン会を開催予定。詳しくはこちら
