


●モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ(録音1955年11月6日)カール・ベーム指揮〔ドイツ語歌唱〕
[RCA(M)SICC2368~70(3枚組)]
●R.シュトラウス:ばらの騎士(録音1955年11月16日)ハンス・クナッパーツブッシュ指揮
[RCA(M)SICC2384~6(3枚組)]*国内初出
●J.シュトラウス:こうもり(録音1960年12月31日)ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
[RCA(M)SICC2379~81(3枚組)]*国内初出
●ワーグナー:パルジファル(録音1961年4月1日)ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
[RCA(M)SICC2371~4(4枚組)]
●プッチーニ:ボエーム(録音1963年11月9日)ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
[RCA(M)SICC2389~90(2枚組)]
●R.シュトラウス:エジプトのヘレナ(録音1970年12月5日)ヨーゼフ・クリップス指揮
[RCA(S)SICC2387~8(2枚組)]*国内初出
●R.シュトラウス:サロメ(録音1972年12月22日)カール・ベーム指揮
[RCA(S)SICC2382~3(2枚組)]*国内初出
●ヴェルディ:トロヴァトーレ(録音1978年5月1日)ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
[RCA(S)SICC2375~6(2枚組)]
●ベルク:ルル(録音1983年10月24日)ロリン・マゼール指揮(チェルハ補筆3幕版)
[RCA(S)SICC2391~2(3枚組)]
●ヴェルディ:シモン・ボッカネグラ(録音1987年3月22日)クラウディオ・アバド指揮[RCA(S)SICC2377~8(2枚組)]
■モーツァルト:フィガロの結婚(収録1991年)ジョナサン・ミラー演出,クラウディオ・アバド指揮 [SIXC116(BD)]
※すべてウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団によるライヴ録音
※出演者等の詳細情報と、販売会社&タワーレコード商品ページは後掲
絶妙にブレンドされた音色とプレーヤーの自発性
20世紀後半、ウィーン国立歌劇場で行なわれた記念碑的公演の揃い踏み。国内盤としては初出のものも加わって、壮観なラインアップとなっている。しかも国内盤最大のメリットとしては、日本語訳のライナーノーツが付されている点。単なる作品解説だけにとどまらず、収録された公演がどのような状況の中で実現されたものであるかがつぶさに分かり、演奏史という点からも読みごたえがある(残念ながら対訳はないが)。
このシリーズで何よりも耳を引くのが、ウィーン国立歌劇場管弦楽団の響き。縦の「線」を厳格に合わせるのではなく、音の重心を高めに取りながら、多様な楽器のタイミングや音色を、絶妙の「点」あるいは「面」でブレンドしてゆく独自の姿勢が、特に1950年代の録音では顕著に分かる。
ベーム指揮の《ドン・ジョヴァンニ》でもそうした傾向はよく表れているが、それを顕著に体験できるのが、国内盤初出となるクナッパーツブッシュ指揮の《ばらの騎士》。彼がほぼ同時期にバイエルン国立歌劇場で行なった上演と比較すると、ウィーンの方がより際立って、オーケストラプレーヤーの自発性(ということは必ずしも指揮者の指示通りに動くというわけではない)が艶やかな対話劇としてのこの作品の側面を描き出す。
カラヤンの時代に入ると、ここに縦の線への志向が明確化し、響きにも変化が起き始めるのが特徴だ。それでも彼が指揮した《こうもり》は、弾けるようなスピード感や祝祭感に包まれ、オペラを「聴く」悦びを否応なくもたらす。普段は同劇場の舞台で、かっこいいヒーロー、ヒロインを務めている歌手たち(たとえばこのシリーズに収録された《パルジファル》にも登場しているヴェヒターやギューデン)が “三枚目” を楽しそうに演じている点も、オペレッタが国立歌劇場で上演される特別感をより高めている。
そしてカラヤンの十八番である《ラ・ボエーム》。重厚さを前面に押し出したベルリン・フィルの響きとも、映像盤で聴かれるスカラ座のビロードのような響きとも異なる、鄙びた音色の中に泣きの入った表現が、フレーニの絶唱とも相まって、オペラというジャンルに具わった俗も聖も存分に味わえる。かと思えばカラヤンの同歌劇場久々の復帰を収録し、これまでも映像作品として出ていた《イル・トロヴァトーレ》が、音声のみによるディスクとしてあらためて登場した点も重要だ。この頃になると、ウィーン国立歌劇場管弦楽団の響きもよりリッチなものとなり、ドミンゴをはじめとする歌手陣もそうした時代を反映するかのような、豊かで輝かしい歌いぶりに変貌を遂げてゆく。




多様な演目が、新旧それぞれのスタイルで蘇る
このような中で、出色かつ異色な存在が、これも国内盤初出となるクリップス指揮の《エジプトのヘレナ》。なぜ他の作品に比べ上演回数の少ない地味なものがラインアップされたのか、と疑問を抱きつつ聴き始めたが、開始早々いきなり納得させられた。文字通り1950年代の奏法が戻ってきたかのような、遊びの余地を作っておきながら、曲の要所要所で聴かせてゆくというこの歌劇場ならではの聴かせ方の極意が、ものの見事に現れているからだ。ウィーンでも数々の活躍をしながら、それに比して録音の機会に恵まれなかったクリップスの真骨頂を聴くことができる。ベーム指揮の《サロメ》も、稀代のサロメ歌手リザネクをタイトルロールに、映像盤においては時として聴かれた弛緩とは無縁の、官能の綾なす緊張感が終始張り巡らされている。
短命に終わった(また在任中はけっして評判の良くなかった)マゼールだが、彼が指揮した《ルル》、しかもチェルハ補筆版がラインアップされている点も注目だ。それこそマゼールのよさが遺憾なく発揮された上演の記録であって、彼ならではのあざといまでの怜悧さが、ウィーン国立歌劇場管弦楽団に具わった得体のしれない艶っぽさと一体となり、禁断の響きへ聴く者を誘う。オペラ指揮者としてのマゼールのよさが、最大限発揮されたディスクではないか?
そして、そんなマゼールの不人気を払拭するかのように、同歌劇場において遅すぎるほどのデビューを飾ったアバドの指揮する《シモン・ボッカネグラ》。日常的な上演に飽きた客席も舞台も沸きに沸いているという点で、カラヤンの《イル・トロヴァトーレ》に匹敵する、いやそれ以上の熱気だろう。またそれに反応したアバドの1980年代の特徴である、直截な表現をも厭わず突き進んでゆく指揮ぶり! そして彼が音楽監督に就任した後、会場をアン・デア・ウィーン劇場に移して行なわれた映像盤の《フィガロの結婚》は、BD化ということも加わって、ミラーの洒脱な舞台があらためて新鮮に蘇る。
第二次世界大戦後、連合軍による占領統治を経たのち、1955年に悲願の再独立を果たしたオーストリア共和国。それに合わせて、戦争末期の爆撃で崩壊した建物を再建し、華々しく再開場を果たしたウィーン国立歌劇場。その際の一連の公演の記録を含みながら、この歌劇場の20世紀の姿を、放送音源を基とした本当の意味での「ライヴ録音」であらためて聴き直せる、千載一遇の機会である。




文=小宮 正安 (ヨーロッパ文化史)
ディスク詳細情報(各演目の主要出演者,商品番号,商品リンク一覧)
●ベーム《ドン・ジョヴァンニ》〈1955〉ジョージ・ロンドン(Br)リーザ・デラ・カーザ,セーナ・ユリナッチ,イルムガルト・ゼーフリート(S)ヴァルター・ベリー,ルートヴィヒ・ヴェーバー(Bs)アントン・デルモータ(T)
[RCA(M)SICC2368~70(3枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
●クナッパーツブッシュ《ばらの騎士》〈1955〉セーナ・ユリナッチ(Ms)マリア・ライニング,ヒルデ・ギューデン(S)クルト・ベーメ(Bs)アルフレート・ペル(Br)カール・テルカル(T)
[RCA(M)SICC2384~6(3枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
●カラヤン指揮《こうもり》〈1960〉ヒルデ・ギューデン,リタ・シュトライヒ(S)エバーハルト・ヴェヒター,ヴァルター・ベリー(Br)エーリヒ・クンツ(Bs)ジュゼッペ・ザンピエーリ,ゲルハルト・シュトルツェ(T)
[RCA(M)SICC2379~81(3枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
●カラヤン《パルジファル》〈1961〉フリッツ・ウール(T)ハンス・ホッター,トゥゴミール・フランク(Bs)エバーハルト・ウェヒター,ヴァルター・ベリー(Br)エリーザベト・ヘンゲン,クリスタ・ルートヴィヒ(Ms) ヒルデ・ギューデン,グンドゥラ・ヤノヴィッツ,アンネリーゼ・ローテンベルガー(S)[RCA(M)SICC2371~4(4枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
●カラヤン《ボエーム》〈1963〉ジャンニ・ライモンディ(T)ミレッラ・フレーニ,ヒルデ・ギューデン(S)ローランド・パネライ,ジュゼッペ・タッデイ(Br)イーヴォ・ヴィンコ(Bs)
[RCA(M)SICC2389~90(2枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
●クリップス《エジプトのヘレナ》〈1970〉ギネス・ジョーンズ,ミミ・ケルツェ,エディタ・グルベローヴァ(S)ジェス・トーマス,ペーター・シュライアー(T)ピーター・グロソップ(Br)マルガリータ・リロヴァ(Ms) [RCA(S)SICC2387~8(2枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
●ベーム《サロメ》〈1972〉レオニー・リザネク(S)エバーハルト・ウェヒター(Br)グレイス・ホフマン(Ms)ハンス・ホップ,ヴァルデマル・クメント(T)
[RCA(S)SICC2382~3(2枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
●カラヤン《トロヴァトーレ》〈1978〉プラシド・ドミンゴ(T)ライナ・カバイヴァンスカ(S)ピエロ・カップッチッリ(Br)フィオレンツァ・コッソット(Ms)ジョゼ・ファン・ダム(Bs)
[RCA(S)SICC2375~6(2枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
●マゼール《ルル》〈1983〉ジュリア・ミネゲス(S)ブリギッテ・ファスベンダー(Ms)テオ・アダム,ハンス・ホッター(Br)オスカー・チェルヴェンカ,クルト・リドル(Bs)ハインツ・ツェドニク,リシャルド・カルチコフスキ,ヘルムート・ヴィルトハーバー,ヴォルフガング・ミュラー=ロレンツ(T)
[RCA(S)SICC2391~2(3枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
●アバド《シモン・ボッカネグラ》〈1987〉レナート・ブルソン(Br)カティア・リッチャレッリ(S)ルッジェーロ・ライモンディ(Bs)ヴェリアーノ・ルケッティ(T)
[RCA(S)SICC2377~8(2枚組)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
■アバド《フィガロの結婚》映像〈1991〉チェリル・ステューダー,マリー・マクローリン(S)ルーチョ・ガッロ,ルッジェーロ・ライモンディ,ルドルフ・マッツォーラ,イシュトヴァン・ガーティ(Bs)ガブリエーレ・シーマ,マルガリータ・リロヴァ(Ms)ハインツ・ツェドニク(T)
[SIXC116(BD)]【メーカー提供リンク集】【タワーレコード商品ページ】
協力:ソニー・ミュージック