
特別企画「ブラームス 4つの交響曲」の第3回は、交響曲第3番。まずは作品解説から。
※旧『レコード芸術』2019年3月号からの再掲です
Text=中村 孝義(音楽学・音楽評論)
★作品データ
交響曲第3 番 ヘ長調 Op.90
作曲:1883 年夏、ヴィースバーデンにて
初演:ハンス・リヒター指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団により1883 年
12 月2 日ウィーン楽友協会大ホールにて
出版:1884 年5 月、ジムロック社(2 台ピアノ版は1884 年3/4 月、ジムロック社)
編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット1、
ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ1、弦5 部
演奏時間:約35 分
「自由に、しかし楽しく」──甘美な感傷と晴朗な気分を漂わせる円熟の筆致
最もブラームスらしい交響曲
ブラームスがお好きな方でも、4曲ある彼の交響曲の中で聴かれる頻度が最も少ないのが交響曲第3番かも知れない。ましてやかならずしもブラームスに大きな関心を持たない人なら、その存在自体をさほど認識しておられないのではないだろうか。しかしじつは私がブラームスの交響曲全集を手に入れたとき、最初に聴いてみるのがこの交響曲第3番なのである。それはこの曲が、いかにもブラームスならではの独特の魅力に満ちているからにほかならない。ただこの作品に関心を抱くようになったのは、4つの交響曲の中ではやはり最後であった。すでに第1番、第2番、第4番と3曲を聴き終えて、最後に残ったのが第3番。今から50年以上も前の金欠の高校生の身で、とにかくレコードを手に入れたい一心で、たまたま廉価で買えたという理由だけで購入したのが、ワルターがコロンビア交響楽団を振ったステレオ録音だった。しかしこれは私にとってすばらしい出会いとなった。いかにもブラームスらしい美しく抒情的な旋律美にあふれ、激しく高揚する壮大で劇的な性格にも事欠かないけれど、すべての楽章、とりわけ第1楽章と第4楽章が、勝利を謳歌するように華々しく終わるのではなく、むしろ静かに消え入るように終わるのがいかにも印象的だったのだ。ワルターの解釈もこの作品の質に寄り添った滋味豊かなもので、私はこの曲こそブラームスの、最もブラームスらしい交響曲だと考えるようになった。
この曲は、ブラームスが交響曲を作曲せねばならないという重い軛から解き放たれ、やっと自分本来の持ち味を自在に発揮できるようになった1883年(50歳)に、わずか4か月ほどというブラームスにしては異例なほどの短期間で作曲された。それ故か曲の流れはいかにも自然で、いわゆる無理をして作曲したようなところがほとんどない。まさにその筆致は円熟を極め、ブラームスの最も興に乗った完成度の高い音楽の一つと言っても過言ではない。楽器用法の点でも彼の頂点を示すものと評価も高い。


第1楽章
まず第1楽章だが、アレグロ・コン・ブリオの発想記号を持つ、お決まりのソナタ形式で書かれているが、ここで重要なのは、この楽章、というよりも曲全体をまとめる上で重要なヘ︲変イ︲ヘの3つの音からなる基本動機が冒頭に登場することだ。しかもこの動機がなんと第1楽章だけで60回も現われるほか、各楽章でも使用されて曲全体をまとめる上で大きな役割を果たしている。じつはこれまであまり指摘されたことはないが、こうした曲の作り方について何か気が付かれたことはないだろうか。そう、ベートーヴェンの交響曲第5番が、やはり冒頭に示されるいわゆる「運命の動機」が、第1楽章で徹頭徹尾繰り返し用いられるとともに、変化しながら全楽章を通じて用いられることによって、きわめて見事に全曲をまとめていたという事実をである。
もちろんベートーヴェンではその動機が前面に押し出される一方で、ブラームスの場合はやや目立ちにくく控えめに扱われるなどあり方がまったく異なることは言うまでもないが、それはベートーヴェンとブラームスという作曲家の個性のあり方がまったく異なるからである。
ベートーヴェンの音楽作法を強く意識していたブラームスが、ベートーヴェンの作法を徹底的に研究した結果、意識的であれ無意識的であれ、その音楽構築法に自ずと近づいていたことは十分に考え得る。しかもこの3音(F︲As︲F)からなる動機に、ブラームス自身がモットーとした「frei aber froh」(自由にしかし楽しく)という意味が込められているとしたら、ベートーヴェンが「運命はかく扉をたたく」(と言ったかどうかは確実ではないが)という言葉に準えられるようなイデーを「運命」交響曲の冒頭動機に込めたのとあまりに通じるものがある。この楽章における再現部からコーダにかけてのヒロイックな高揚を聴けば、ブラームスはこの交響曲第3番を、ベートーヴェンに対するオマージュとして作曲したのかも知れない。ただあくまでブラームス風(最後は勝利の凱歌で終わるのではなく慎ましく閉じるところなど)にではあるが。また冒頭3小節における旋律的な進行にはヘ長調とヘ短調が同居するように音が配されているが、このように音楽自体が長調と短調の間を揺れ動いていることも、この曲に独自の複雑な性格を与えることに繋がっている。
第2、第3楽章
第2楽章は、アンダンテ3部形式による型どおりの緩徐楽章だが、ここでも基本動機を挟んでいくのはベートーヴェンの場合と同じ。そして第3楽章は、普通はスケルツォであるところを、ブラームスにしても珍しいくらいに自らの感情を吐露するような憂愁味あふれる甘美な主題を用いてロマンティックにメランコリックにしたところがいかにもブラームス。ここにこそブラームスのロマン主義者としての真骨頂が現われている。
第4楽章
そしてアレグロ・ヘ短調で始まり、ソナタ形式で書かれた第4楽章は、この曲の中では最も力強くシンフォニックな楽章で、まさに全曲のクライマックスをなす。ややものものしい雰囲気を持った第1主題に対して第2主題はト長調の明るく悠然としたものだが、曲の展開は、提示部、展開部を通じて、第1主題と、第2楽章の第2主題から派生した動機によって激しく劇的に繰り広げられる。しかし最後は調も明るいヘ長調へと転じ静かに消え入るように曲を結ぶところが、やはりこの曲以外には見られない独特の印象を残す。
特別な交響曲
以上のような作りを持つこの作品については、じつはその成立過程について検証できる記録は残念ながらほとんど残されていない。分かっているのは完成された時と場所だけなのだが、これがこの作品の性格に大きな影響を及ぼしていたといえるかもしれない。1883年の夏、ブラームスはこれまでのようにペルチャッハやバート・イシュルといった保養地ではなくヴィースバーデンで過ごすが、それは彼がこの年の初めに行なった演奏旅行の際に知り合ったシュピースという女性がそこに住んでいたからだと思われる。じつは彼は彼女とは親子ほども年齢が離れていたのだが、どうもブラームスは彼女に強い恋愛感情を抱いたようで、その親しげな交際ぶりから、友人たちは結婚するのではと噂したほどであっ
たという。この作品にブラームスならではの憂愁感や甘美な感傷が随所にうかがわれるのは言うまでもないが、彼の他の交響曲には見られないどこか晴朗な気分が漂っているのは、おそらく叶わぬまでも、若く美しい女性と親密な心の交流があったことが反映しているのは間違いないだろう。つまるところこの作品は、冒頭に示された「自由に、しかし楽しく」というモットーが知らず知らずのうちに体現されている作品であって、それこそがこの交響曲を、ブラームスの交響曲の中でも特別なものにしているのである。
