
特別企画「ブラームス 4つの交響曲」の第4回は、交響曲第4番。まずは作品解説から。
♪「【必聴名盤20】ブラームス:交響曲第4番」はこちら(有料コンテンツです)
※旧『レコード芸術』2019年3月号からの再掲です
Text= 佐伯 茂樹(音楽評論)
★作品データ
交響曲第4 番 ホ短調 作品98
作曲:1884 年夏(第1、2 楽章)、1885 年夏(第3、4 楽章)、シュタイアーマルク
地方のミュルツツーシュラークにて
初演:作曲者自身指揮のマイニンゲン宮廷管弦楽団により1885 年10 月25 日マイニ
ンゲンにて
出版:1886 年10 月、ジムロック社(2 台ピアノ版は1886 年5 月、4 手版は
1887 年1 月、ジムロック社)
編成:ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファ
ゴット1、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ1、トライアングル1、
弦5 部
演奏時間:約40 分
古い様式を用いながら斬新なアイディアを盛り込んだ最後の交響曲
初演は成功を収めるも評価は二分される
ブラームス最後の交響曲である第4番はブラームス52歳のときに作曲された。第3番を完成させた1年後の1884年に第1楽章と第2楽章を作曲し、翌年の1885年に第4楽章を、最後に第3楽章を書き上げている。
初演は同年10月25日、ブラームス自身が指揮するマイニンゲン宮廷管弦楽団によって行なわれた。演奏後の聴衆の反応は良く、第3楽章が終わるとアンコールでもう一度演奏され、全曲終了後には臨席したザクセン=マイニンゲン公の求めで第1楽章と第3楽章がアンコールで演奏されたという。
しかし同業者や評論家たちの評判はかならずしも良かったわけでない。ウィーンでの初演を聴いたワーグナー派のフーゴー・ヴォルフは「ホ短調の交響曲は無内容さと空虚さと偽善が支配している」とこき下ろしている。マーラーも「空っぽな音の桟敷」と評したとか。
ちなみに、マイニンゲン宮廷管弦楽団の音楽監督ハンス・フォン・ビューローの補助指揮者をつとめていたリヒャルト・シュトラウスは、初演前のリハーサルでこの曲に触れて、「疑いなく巨人のような作品。尋常でない楽想、創造力、形式、構造は本当に天才の成せる技」と賞賛している(シュトラウスは初演当日トライアングルで演奏に参加した)。
斬新なアイディア
シュトラウスがこのように評価するように、ブラームスの第4交響曲には、それまでの交響曲にはなかった斬新なアイディアが盛り込まれている。その1つは、バロック音楽の様式や教会旋法など古い音楽の要素が盛り込まれていること。
ブラームスは若いころからバッハやそれ以前の音楽の研究に勤しんでおり、その成果は、さまざまな旋律を主題にした「変奏曲」などの形で結実している。この交響曲第4番では、古典派音楽の様式を追求してきた「交響曲」というジャンルに、「フリギア旋法」や「シャコンヌ」などバロックやそれ以前の音楽の様式を取り込んだのだ。これによって、古風で厳かな雰囲気を演出すると同時に、形骸化した交響曲という形式に新しい可能性を見出そうとしたのだろう。
もう1つ、この曲の新しい試みは、ベートーヴェンが確立した「短調→長調」にすることで「苦悩を突き抜けて歓喜に至る」という手法をやめて、「短調で始めて最後も短調で終わる」というフォーム
を採用したこと。
「短調で始めて長調で終わる」という構図を採用した楽曲は、ベートーヴェンの交響曲第5番や第9番が典型的なものであるが、ブラームスも、交響曲第1番でその図式を踏襲しており、第4番でそれを打ち破ったのである。
5弦コントラバスを想定
ブラームスの交響曲第4番は、地味ではあるが楽器用法の面でも新しい試みがなされている。それは、従来の4弦コントラバスに低音の弦を1本追加した「5弦コントラバス」を想定して書かれていること。
ベートーヴェンの時代のウィーンでは5弦コントラバスが使われていたのだが、それ以降は姿を消してしまい4弦コントラバスしか存在しなかったので、ベートーヴェンの交響曲を譜面どおり弾くことができないという問題があった。そこで、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコントラバス奏者カール・オットーが1880年に新しい5弦コントラバスを開発したのである。
1882年に同団がビューローの指揮でベートーヴェン・ツィクルスを行なった際にこの楽器を使用しているので、おそらくビューローがそれをマイニンゲン宮廷管弦楽団に持ち込んで、ブラームスが採用したのだろう。
第1楽章
第1楽章の聴きどころと言えば、やはり冒頭のむせび泣くようなヴァイオリンの主題であろう。3度で下がる「溜め息のフィグール」と、希望を表わす「ロマン6度」が休符を挟んで交互に現われることで揺れ動く気持ちを表現している。主題を1拍遅れで残像のように吹く木管楽器もこの箇所の儚さを演出する。
ここでもっとも重要なのはいちばん最初のHの音。いきなり伴奏なしで裏拍のアウフタクトで開始するので、この1音に込められた情念の濃度が問われる。伴奏が伴う次の拍の音と同じかそれ以上の存在感がなければこの曲の魅力は半減してしまう。この、儚い開始の危うさを友人のヨアヒムが指摘して、ブラームスは初演後に4小節の導入の和音を書き加えたが、のちに消されてしまった。
冒頭がバランス良く滑り出せば、あとはソナタ形式のドラマティックな展開に身を任せればいい。最後は祈るような「アーメン終止」で終わるが、この和音のバランスは演奏者の趣味の良さを問われる箇所である。
第2楽章
第2楽章も冒頭に注目していただきたい。8分の6拍子で書かれていて、E音から上下に動く「フリギア旋法」のパッセージが、ホルンから次第に重なってゆく形で開始する。ここでポイントになるのは、C管ホルンの音がすべて自然倍音で構成されていること。このパッセージをヴァルヴを使わずに吹くと、2番目のFの音が高くなって調子はずれに聴こえるのだが、そうすると聴き手に遠い過去を思い起こさせるような効果があるのだ。このFの倍音は、交響曲第1番第4楽章のホルン独奏でもFis の表記で出てくるけれど、筆者はどちらもまだ倍音のまま吹いた演奏を耳にしたことがない。


第3楽章
第3楽章は、これまでのブラームスの交響曲とは違い、アレグロのエネルギッシュな音楽が置かれている。ハ長調で、ピッコロ、C管クラリネット、コントラファゴット、トライアングルといった軍楽隊楽器が加わる点はベートーヴェンの第5番や第9番の第4楽章と同じだ。
C管クラリネットはオスマントルコのズルナに音と外観が似ていることから、モーツァルトの時代からトルコや軍楽隊を表わす場面で使われてきた。ブラームスもその概念で指定したのだろう。
ただし、295小節目にC管では出すことができない低い音が出てくるので、現在は違う調の楽器で代奏されることが多い。自筆譜を見ると、ブラームスはここのパッセージをクラリネットには与えておらず、おそらく初演から出版までの段階で付け加えられたのだろう。初演をしたマイニンゲン宮廷管弦楽団首席クラリネット奏者のリヒャルト・ミュールフェルトはC管に持ち替えることを嫌っていたので、彼が関わったのかもしれない。
第4楽章
第4楽章は、冒頭で管楽器によって提示される8小節の主題をベースにして変奏を繰り返してゆく「シャコンヌ」の形で書かれている。この主題は、バッハのカンタータ第150番《主よ、われ汝を仰ぎ望む》の主題に基づくもの(ヘンデルの「パッサカリア」も意識したのだろう)。主題の提示のあと30回の変奏を繰り返し最後はコーダで終わる。第14変奏と第15変奏で、トロンボーンを中心とした管楽器が「サラバンド」のリズムを奏するところにも注目していただきたい。
バロック音楽の形式の枠の中に、ロマンティックで情熱的な音楽がはめ込まれているところがまさにこの楽章の魅力である。抒情的な歌が枠をはみ出しそうになりながらもシャコンヌとしてのフォームを構築するところに指揮者の手腕が問われる難曲である。
