最新盤レビュー

驚異的なリアルサウンドで蘇った
カラヤンのブルックナー全集LP

ディスク情報

ブルックナー/交響曲全集
〔交響曲第1番~第9番〕
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリンpo
〈収録:1975年~1981年〉
[DG Deutsche Grammophon(S)(D)4865436(17枚組海外盤:LPボックスセット)]

8トラックアナログマスターに遡り
直接LPにカッティング

「経験と、全作品を綿密に検討した結果得られたものなのですが、ブルックナーの交響曲はひとつの続きものなのです」(『マエストロ』第一巻 マテオプーロス著 石原俊訳 アルファベータ刊)。

これはインタビューで「交響曲全篇がひとつの拍動に貫かれている」とのカラヤンのブルックナー観を表明した言葉である。カラヤンとベルリン・フィルによる1975~81年録音のブルックナー:交響曲全集は、あらゆる意味でこの言葉を実践した録音遺産である。今回、ブルックナー生誕200年の記念年に合わせて、1983年の全集初出[00MG0401~11]以来、約40年ぶりにLPレコードとして復活したが、とくにアナログ録音の第4~9番はカラヤンの直截で迫真の演奏内容と、ベルリン・フィルの繊細なピアニシモから力強いフォルテッシモまで幅広いダイナミクスと豊麗かつ風圧が迫るようなサウンドが、眼前に生々しく再現され――既に知っている録音であるにも拘わらず――圧倒されるばかりであった。

例えば、第4番の第1楽章。冒頭の弦のトレモロから、肌にヒリヒリと伝わってくるような音の実在感があり、テーマを奏でるホルンの柔らかさに陶然となってしまう。その後、カラヤンが改訂版を参考にしてヴァイオリンのオクターヴ上げをした後の轟然たるトゥッティの凄まじさ! まさにカラヤン&ベルリン・フィルならではの音の洪水であり、雄大に屹立する燦然としたサウンド自体に意味を見いだすカラヤンの音楽が早くも全開となっている。展開部で壮麗に吹き鳴らされる金管群のマッシヴな迫力も物凄い。一転、その後で弦楽器群が弱音でシルクのように繊細な響きで孤独なフルートの音と応答する部分も美しさの極みだ。カラヤンの一見派手やかなブルックナーは、彼の生前から賛否を呼んだが、「ひとつの拍動に貫かれた」演奏は聴く側にもリズムを与え、まるで車窓から次々に移り変わる絶景を眺めるような楽しみを与えてくれる。昔の指揮者たちが描いたその絶景は、アルプスの厳しい山々や、草原の木々や花々を思わせるものだったが、カラヤンの場合は自然の風景を超えた圧倒的なモダンアートなのだ。驚くほど生々しいサウンドを発する今回のLPレコードは、カラヤンのブルックナーを聴く醍醐味をとことん満喫させてくれる。

こうしたサウンドが実現したのは、昨年来好評のDG『オリジナル・ソース・シリーズ』と同じプロセスでLP化されたことが大きい。初出LPは2チャンネル・テープにトラック・ダウンしていたため一段階のロスがあったが、当シリーズでは8トラックのアナログマスターから、テープダビングなく、アナログプロセスのみで独ノイマンのVMS80に直結し、カッティングを行なっている。テープ編集を行なわない分、全てをカッティング時のリアルタイムで行わねばならず、8トラックレコーダーにはVMS80のヴァリュアブル・ピッチ設定のため新たに先行ヘッドが取り付けられ、アナログ・エコー付加のためエミール・ベルリナー・スタジオの巨大なエコー室の残響を、録音会場のフィルハーモニーの反射時間を考慮して僅かに遅延させて付加している(初出LPではハノーファー本社8階の狭いエコー室を使用、CDではデジタル・エコーを使用)。また、上述した第4番の初出LPは、マーケティング上の理由で1枚詰め込まれたが、テストプレスをカラヤンが気に入らず、ダイナミクスを狭めてマスタリングをやり直した経緯があったという。今回は第1番以外、1楽章に片面が割り当てられたため、そうした不都合はない。その分、オリジナル11枚の全集は17枚組となり、価格は高くなってしまったが、第4~9番に関しては、入口から出口まで完全アナログの最高のサウンドが我々に初公開されることとなった(初期デジタル録音の第1番~第3番に関しては96kHzにアップサンプリングした後、真空管式のアナログ・コンソールで編集し、アナログ的質感が加えられている)。

最後にパッケージであるが、初出LP全9曲で用いられた「古代の寺院に刻まれた鳥の翼の浮き彫り」ジャケットが全て復活しており、それぞれのLPを収めている。このジャケットをデザインしたのはカラヤンお気に入りのデザイナー、オルガ-・マチス(Holger Matthies、1940~)である。冒頭に掲げた「ブルックナーの交響曲はひとつの続きものなのです」とのカラヤンの考えを象徴する全9枚のジャケットが蘇ったことを喜びたい。

芳岡正樹 (音楽評論)

タイトルとURLをコピーしました