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今が旬のコンビ、ラトル&バイエルン放送響が “再創造”
ハイドンの壮麗なる《天地創造》

ディスク情報

ハイドン:オラトリオ《天地創造》(ドイツ語歌唱)

サイモン・ラトル指揮バイエルン放送so,バイエルン放送cho,ルーシー・クロウ(S)ベンヤミン・ブルンス(T)クリスティアン・ゲルハーヘル(Br)
〈録音:2023年9月(L)〉
[ナクソス(D)NYCX10510](2枚組)

“昨日の楽園” への賛歌?
その幸福が失われる不安も秘めつつ

このあとひとつのリンゴが世界を変える。そうか、ハイドンが描きとめようとしたのは失われようとしている世界だったのだ。そう気づかされる《天地創造》が現われた。

18世紀末、すでにベートーヴェンのピアノ・ソナタ《悲愴》が世に出ていたが、ウィーンの人々は、100年後《ばらの騎士》に夢中になるように、幕を開けた新しい世界でなく、閉じようとしている美しい世界に夢中になった。サイモン・ラトルが試みたのはよみがえる楽園への興奮だった。細密画を積み重ねて巨大なタブローを描き上げるようにして、調和のとれた古典の世界の終りを飾る、壮麗な《天地創造》が出来上がる。

これまでいくつもすぐれた演奏が録音されてきた曲なので、たとえば第1曲の混沌から「光あれ」への劇的な変化くらいでは驚かない。ついこのあいだ東京で実力を示したラトルとバイエルン放送響の演奏なのだから、これなら期待できるぞと気分が高まる程度だ。第一、以前からこの曲への強い関心を示してきたラトルには1990年に録音したバーミンガム市交響楽団との録音があって、これも劇的な演奏だった。でも、演奏が進むにつれて、輪郭がどんどんはっきりしてくると、繰り広げられるスペクタクルがかつてないほど鮮明なのがわかる。大地や水や動物たち、そして何より人間がつくられて生き物たちの世界が生まれたのを3人の天使たちが賛美する合唱は、聴いていてたじろぐくらい喜びに満ちあふれている。こんなに喜んでいいのだろうか、創造された世界が空想でないどころか、昨日まで自分たちがいた世界なのだと驚きながら気づく。調和のとれた昨日の世界が喜びの歌とともに肯定された。そして自分たちが昨日まで生きていたのが楽園だったと知る。

第3部のアダムとエヴァの喜びは爆発的ですらある。クロウのエヴァは夕べのさわやかな空気や甘い花の香りを感じているかのように歌い、ゲルハーヘルのアダムは早朝の冷気やさわやかな果汁を味わっているかのように歌う。天使たちと合唱団が賛歌を歌って過去が肯定された。ラトルとバイエルン放送響の演奏は振り返る喜びを与えてくれる。もしかしたら明日楽園が失われる予感も。

堀内 修 (音楽評論)

協力:ナクソス・ジャパン

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