
今年、没後10年を迎えた音楽評論家・宇野功芳。その仕事部屋には、生前とほとんど変わらぬ姿で愛用のオーディオシステムが残され、いまなお豊かな響きを奏でている。今回、その貴重な装置を実際に聴く機会を得るとともに、再生音を「空気録音*」として収録。ワルターやフルトヴェングラーら、宇野氏が生涯愛した名演は、このシステムを通してどのように響くのか。往年のSP録音に耳を傾けながら、宇野功芳の音楽観と理想の再生音を追体験する。そこには、ひとりの音楽評論家が遺した美学そのものが息づいていた。【全文無料公開】
*オーディオ機器(スピーカー)から実際に再生されている音を、その空間に設置したマイクで収録する手法
Text=芳岡 正樹 (音楽評論)
空気録音収録=生形 三郎(オーディオ・アクティヴィスト)
宇野功芳と共にあった仕事部屋とオーディオ装置
初夏の爽やかに晴れた昼下がり、今年(2026年)没後10年を迎えた宇野功芳氏のご自宅を訪ね、奥様が生前のまま残されている仕事部屋で、氏のオーディオ装置を聴かせていただく機会を得た。前日には、その装置の再生音を生形三郎氏が「空気録音」する作業も行なわれ、『レコード芸術ONLINE』で公開されることとなった。宇野氏は著書でしばしば自身の装置に触れていただけに、読者としては興味津々であろう。たとえば『僕の選んだベートーヴェンの名盤』(音楽之友社、1982年)の「あとがき」には、次のように記されている。
「次に使用した再生装置を挙げておきたい。すべて、ぼくの最も頼する青木周三氏のご推薦によるものである。
• プレーヤー/デュアル 一二一九
• カートリッジ/シュアー V15タイプIV ほかにモノーラル用、SP用として、シュアー M44−7
• プリアンプ/マランツ7 (管球型)
• メインアンプ/クオードⅡ(モノーラル用管球型二台)
• スピーカー/ワーフェデール スーパー3、スーパー8、15の3ウェイを、テレビ音響製9立方マルチホール型キャビネットに収容。
• 手捲蓄音機/ビクトローラ1ー八〇」
驚かされたのは、上記の再生装置のうち、音の入り口であるアナログ・プレーヤーとカートリッジがCDプレーヤーに置き換わっただけで、アンプとスピーカー(のちにスーパー8のみAXIOM 80レプリカに交換)はほぼ当時のまま美しい状態を保ち、現役で鳴り響いていたことである。そして右チャンネルのスピーカーの上には、手捲蓄音機ビクトローラ1ー八〇が、生前と同じ位置に置かれていた。

宇野 功芳(うの こうほう)
音楽評論家・指揮者。1930年5月9日、東京生まれ。父は漫談家、牧野周一。合唱指揮者を目指して国立音楽大学声楽科を卒業。しかし、ブルーノ・ワルターに出した手紙に返事が来たことをきっかけに原稿依頼がふえてゆき、評論活動がメインになる。著書は優に40冊を超える。合唱指揮者としてKTU合唱団、早蕨会、成蹊大学、帝京大学、跡見学園女子大学の常任をつとめたほか、神戸市混声合唱団、日本女声合唱団、アンサンブル・フィオレッティに客演。オーケストラ指揮者としては新星日響、大阪フィル、仙台フィル、大阪響などと共演した。2016年6月10日、死去。
ご承知のように、宇野氏は昭和5年生まれ。少年時代には児童合唱団で歌う傍ら、父(漫談家・牧野周一)が所有していたSPレコードを聴き、そこで指揮者ブルーノ・ワルターを知った。ワルター&ウィーン・フィルのSPを愛聴したことが、氏を音楽の道へと導いたのである。戦後、肺結核で療養生活を余儀なくされた際、憧れのワルターに手紙を書くことを思い立ち、返信を期待せずに投函したところ、思いがけず返事が届き、10年にわたる文通が始まった。これが音楽評論への道を開いたことはよく知られている。



ワルター&ウィーン・フィル/ハイドン《軍隊》
そこで真っ先に聴いたのは、ワルター&ウィーン・フィルのSP録音だった。まずは宇野氏が絶賛してやまなかったハイドンの交響曲第100番《軍隊》。これは筆者にとっても思い出深い録音である。10歳の頃、スウィトナー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のLPで親しんでいた《軍隊》を、偶然FM放送でワルター&ウィーンの演奏を初めて耳にしたとき、音楽が微笑んでいるような表情、楽器の音色の魅惑に驚かされた。その後、音楽雑誌を読むようになって、この演奏をただ一人、口を極めて激賞していたのが宇野氏であった。
再生したのは、新 忠篤氏所有の英His Master’s VoiceのSPを復刻したもの。英HMV特有の固い盤面ゆえ針音は目立つが、その硬質さが音像を引き締め、シャープな音質を生む。これが宇野氏の装置で鳴ると、非常に品位の高い音として再現される。思えばワーフェデールのスピーカーも英国製であり、英HMVの音の特徴と響き合うところがあるのだろう。「空気録音」をお聴きになればわかるように、ウィーン・フィルの弦の艶やかさ、温かみ、切れ味、各管楽器の固有の音色、柔らかさ、対話の愉悦、全奏の豊かなスケール感、ムジークフェライン大ホールの美しい残響が、実にリアルに、質感豊かに再現される。筆者は改めてワルター&ウィーンの《軍隊》の魅惑を再認識した。
ワルター&ウィーン・フィル/モーツァルト《ドイツ舞曲》
次に、筆者のリクエストで、同じくワルター&ウィーンのモーツァルト《3つのドイツ舞曲》K605を聴かせていただいた。筆者が宇野氏と面識を得た後、このオリジナルSPをビクトローラ・クレデンザ(戦前のフロア型アコースティック蓄音機)で聴いたと話した際、氏が「それはよかったね!」と目を輝かせたことが忘れられないからである。3曲目に有名な〈そりすべり〉をもつ娯楽音楽の名品で、ワルター&ウィーンの演奏も魅惑に満ちている。SP時代は12インチではなく10インチ盤の両面に吹き込まれ、見た目にも珠玉の一枚であった。「空気録音」では、元のSPの状態が《軍隊》より劣るためノイズは目立つが、第1番のテーマを歌う弦楽器群の一筆書きのような大胆なフレージングが見事に再現されている。3曲を通じての軽やかなリズムの弾力、そしてムジークフェラインの残響の美しさが印象的だ。
「空気録音」はされなかったが、この後、宇野氏が新星日本交響楽団を指揮した同曲のライヴ録音も聴いた。すると、ワルター&ウィーンと瓜二つの表情を宇野氏が狙っていたことがよくわかった。当時のコンサートミストレス佐藤慶子氏は、ウィーン・フィル元コンサートマスター、リカルド・オドノポゾフの弟子で、宇野氏の要求に献身的に応えていたと奥様からうかがった。現代では《3つのドイツ舞曲》をプログラムに入れる指揮者はほとんどいないが、宇野氏としては後世に必ず伝えねばならないという使命感に駆られて指揮されたのだろう。
宇野功芳 これが僕のベスト5だ!(タワーレコード限定)
宇野功芳指揮 新星日本so,他〈録音:1992年~2015年〉
[エクストン(タワーレコード)(D)OVEP00032~6(5枚組)]SACDハイブリッド
フルトヴェングラー&ベルリン・フィル/シューベルト《ロザムンデ》間奏曲第2番とワーグナー〈聖金曜日の音楽〉
続いて、戦前のSP復刻で、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルによるシューベルト《ロザムンデ》間奏曲第2番を聴いた。宇野氏はこの録音を戦前には聴いていなかったらしく、1970年3月、グラモフォンが「フルトヴェングラー・プロムナード・コンサート」(MG1479)として復刻した際、ライナーノーツを担当して初めて耳にしたという。
「だが、この一枚の貴重なレコードの中で、ぼくがロッシーニの二曲と並んで最も感動したのは、シューベルトの変口長調の『間奏曲』であった。弦の最初の一音がスピーカーから流れ出たとき、部屋のふんい気も、ぼくの心も、まわりの世界も、すべてが変ってしまった。まるで遠くの国へ連れて行かれたように……。それは心から感じ切った寂しさの極みだ。」(MG1479ライナーノーツより)
筆者は56年ぶりに、ほぼ同じ装置によって宇野氏の感動を追体験することとなった。「心から感じきった寂しさの極み」は、他の指揮者の録音では決して味わえないものであり、同じフルトヴェングラーでも戦後のウィーン・フィルとの再録音では失われてしまった。1920~30年代のフルトヴェングラー&ベルリンだけがもつ特質が、「空気録音」によって多くの方の心耳に届くことだろう。
「空気録音」には、同じフルトヴェングラー&ベルリンによるワーグナー《パルジファル》から〈聖金曜日の音楽〉も収められている。筆者はこの音源を現地では聴けなかったが、「空気録音」で耳にするオーケストラの生々しい音の質感と、圧倒的なプレゼンスには驚かされる。そして、ベルリン・フィルの奏者たちがフルトヴェングラーの指揮に魅了され、実演さながらに次第に音楽へ没入し、夢中になってついていく様子が目に浮かぶようだ。
SPレコードは編集なしのダイレクト・カッティングであり、少なくとも片面約4分半の間はライヴ同様にやり直しがきかない。そのことを改めて実感させられた。また、電気録音初期である1929年にドイツ・グラモフォンが録音した《ロザムンデ》と比べると、1938年に英HMVが録音した《パルジファル》は、録音技術の面で長足の進歩を遂げていたことも明らかである。
空気録音制作ノート/生形三郎
録音にあたっては、リスニングルーム内の音の状況がなるべく立体的に伝わるよう、2組のステレオ・ペアマイクを設置し、それらをミックスして空気録音音源とした。メインマイクには、クラシック音楽録音の定番である無指向性のDPA 4006Aを使用して、スピーカーからの直接音と共に部屋全体に広がるサウンドも収録。サブマイクには、スピーカーからの再生音に適切なフォーカスを得るべく単一指向性マイクのSENNHEISER MKH8040を使用した。両者のサウンドは、テスト収録でのモニタリングを経て、前者はAB配置、後者はNOSに近いマイクセッティングで設置している。世に出ている空気録音は、マイク内蔵型のレコーダーなどを使用した、単一指向性の左右マイクが比較的狭い間隔で配置され、なおかつそのマイク単体で収録されたステレオ音源がほとんどかと思う。それに対して筆者は、通常の音楽収録と同じように、スピーカーを楽器に見立てリスニングルーム内でのスピーカー再生音を臨場感豊かにお伝えできるように今回のアプローチを採って収録した。

生形三郎(オーディオ・アクティビスト)
オーディオ・アクティビスト(音楽家・録音エンジニア・オーディオ評論家)。昭和音楽大学首席卒業、東京藝術大学大学院修了。洗足学園音楽大学講師。録音制作や評論、講演、ワークショップなど幅広く活動し、著書に『クラシック演奏家のためのデジタル録音入門』がある。http://saburo-ubukata.com/
KTU合唱団とクレンペラーの《フィガロ》
宇野氏のCD棚を眺めていると、仕事机の近くにブルーノ・ワルターのCDと、自身の演奏のCD・CD-R、とりわけ合唱指揮のものが並んでいるのが印象的だった。やはり宇野氏の音楽の原点は、合唱とワルターなのである。そこで、氏が若き日に心血を注いで育てたKTU合唱団(都立小松川高校定時制の女声合唱団)のCD-R(未CD化音源)を聴かせていただいた。曲は大中恩《月と良寬》、ヘンデル《ハレルヤ・コーラス》。前者では、ビブラートの少ない純粋な女声の響きを生かして、音色とテンポの自在な変化で曲想を描き抜く若き宇野氏の姿が目に浮かぶ。アマチュアの女学生たちがその指揮に引き込まれ、氏の楽器として芸術表現に結実してゆくさまに息をのんだ。後者はさらにテンポと強弱の変化が自由で、楽曲の造形を雄大に再構成してゆく。最後は合唱団がワーフェデールのスピーカー前面に巨大な音像となって再現され、すばらしい迫力で曲を締めくくった。これはいつかCD化して世に問いたい音源である。



最後に何か一曲と思い、仕事机と反対側のCD棚を覗くと、中段の角の目立つ場所に、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管によるモーツァルト《フィガロの結婚》全曲の東芝盤CD(TOCE7332~4、1991年発売)が置かれていた。ライナーノーツは宇野氏によるものである。
「クレンペラーの『フィガロ』復活! いったい 何年間この日を待たされたことだろう。優に15年を超えるのではあるまいか。(略)彼の『フィガロ』の特徴はすでに序曲に明らかだ。遅いテンポだからこそ、音楽は充実感を増し、細部の緻密なニュアンスが100パーセント息づくこととなった。わけても木管の生かし方の美しさは このテンポだからこそ際立ったのである。(以下略)」(ライナーノーツより)
早速、〈序曲〉を再生する。当時のニュー・フィルハーモニア管のスケール豊かな響き、管楽器のカラフルな音色、緻密な合奏が、落ち着きと気品ある質感で眼前に鮮やかに再現される。アナログ・ステレオ全盛期の1970年録音だけに、その音質は実にリアルで、宇野氏のリスニング・ポイントで聴くと、まさに指揮台に座ってオーケストラを前にしているかのようで、思わず右腕で拍子をとってしまうほどだった。そしてワルターの《軍隊》と同様、英国のレコード会社と英国製スピーカーの相性の良さも感じずにはいられなかった。クレンペラーの《フィガロ》は1998年の再発以降、四半世紀にわたり日本盤の再発がない。宇野氏のライナーノーツとともに復活させるべく、筆者も微力ながら尽力したいと決意したのだった。
原盤保有レーベルによるリマスタリング盤
仏Art & Son Studioによる2026年最新リマスタリング
ブルーノ・ワルター
ワーナークラシックス・リマスター全集
[Warner Classics(M)2173240890(20枚組,海外盤)]
※9月4日発売予定
芳岡正樹(よしおか・まさき)
音楽評論家。1965年生まれ。広島大学法学部卒。9歳の頃からクラシックのLPに親しみ、学生時代より中古レコード店で働く。1997年7月発売のロジンスキー指揮「プロコフィエフ/古典交響曲」(ウエストミンスター-MVCW18012)のライナーノーツで執筆活動開始。以後CD解説、音楽専門誌、MOOKなどに執筆、旧『レコード芸術』誌には1997年12月号より2023年7月号の休刊まで約25年にわたり執筆した。




