インタビュー

バッティストーニ、マーラー《夜の歌》を語る

取材・文/翻訳=河野 典子(音楽評論)
取材協力
:日本コロムビア

デンオン・レーベルより、バッティストーニ&東京フィルによるマーラー・シリーズ第3弾、交響曲第7番《夜の歌》が登場した。若い頃からこの作品に魅せられてきたというバッティストーニが、楽曲に宿る物語性や多様な解釈の可能性、“イタリア人指揮者のマーラー観”などを存分に語ってくれた。2025年11月16日に行なわれたオンライン形式のインタビューは、通訳を挟まず直接イタリア語で行なわれた。

イタリア人指揮者は、マーラーの中にオペラの要素を見いだす

――マーラーの全交響曲の中で第7番《夜の歌》はやや敬遠されがちですが、マエストロはこの曲に若い頃から魅力を感じていらしたとか。

バッティストーニ 10代の時から惹かれていました。どうして周りの音楽好きの人たちや同僚たちがこの作品を敬遠するのかがわかりませんでした。第7番はそれまでのマーラーの交響曲の集大成であり、彼のひとつのターニングポイントです。マーラー自身が偉大な指揮者でしたから、彼は楽譜に指揮者に対する色々な指示を書き込んでいます。しかしその指示が、指揮者を助けてくれるかというと、私からすると、どうもそうとは言えない(笑)。なぜならマーラーの作品は千通りの解釈、演奏が可能だからです。指揮者への細かな指示、たとえばマーラーがここはアッチェレランドしろと書いていても、そこではいろいろなやり方や程度が容認され、解釈の幅が広いのです。世の中にはたくさんのマーラーの録音がありますが、聴き比べていただけばわかるように、指揮者によってほぼまったく違う音楽になっています。そして指揮者は全員が、自分の指揮こそがマーラーの指示通りで、自分の解釈こそがマーラーが求めたものだと信じて疑っていないのです。

マーラー:交響曲第7番《夜の歌》

アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
〈録音:2024年11月(L)〉
[デンオン(D)COCQ85650]

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――ドイツや他の国の指揮者のものと比較して、イタリアの指揮者によるマーラーの録音には、ストーリー性が強く出ているように感じるのですが。

バッティストーニ それはやはり、オペラの存在に起因していると思います。マーラーを振っているイタリアの指揮者、アバド、シノーポリ、現代ならガッティ、シャイー、ルイージなど、彼らは皆オペラ指揮者としても多くの経験を積んできた人たちです。マーラー自身も優れたオペラ指揮者でした。マーラーは、オペラは作曲しませんでしたが、どの交響曲にも物語性があって、第1番にはジャン・パウルの小説の影響が見られ、第2番では英雄の死とその復活が描かれています。その他の交響曲では、マーラーはそれらがどんな物語だとは説明していません。しかし例えば第5番のチェロはまるでオペラのレチタティーヴォのようですし、第7番の冒頭のテナー・ホルンはまるで言葉のないオペラ・アリアのようです。モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》やロッシーニの《セビリャの理髪師》のようにオペラではよく用いられるギターやマンドリンも登場します、カウベルまでも。オペラの国で育ち、オペラを振ってきたイタリアの指揮者はマーラーの曲の中に、オペラの要素を見いだすのです。第7番の第5楽章ではワーグナーの《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を彷彿とさせます。リッカルド・シャイーが指摘しているように第4番の中にはヴェルディの《アイーダ》の要素もあります。もちろん完成度の高いマーラーの交響曲を指揮することは容易ではありません。しかしオペラというものに鍛えられてきたイタリアの指揮者であれば、それは不可能な難しさではありません。私は第8番も指揮しましたが、プッチーニの《ラ・ボエーム》の第2幕を指揮する方が難しかったとすら思います(笑)。私はマーラーが大好きですが、同時にこの作曲家の作品に取り組むためには十分な準備期間が必要だとも思ってきました。世界中の若い指揮者がマーラーを指揮していますが、私はなかなか手がける決心がつきませんでした。コロナ禍になる前までに私は何度かマーラーを振っていますが、そのどれもがジャンプインか、先方からのオファーによるもので自分からプログラミングしたものではありません。でも何度も言うようにマーラーは大好きです。2026年5月の東京フィルの定期公演で予定されている第4番が、初めて自分から提案したマーラーになります。責任重大です(笑)。東京フィルとは数年前から定期的にマーラーと取り組んでいますので将来的には彼らと全てのマーラー作品を録音できたらいいですね。

アンドレア・バッティストーニ Andrea Battistoni
1987年ヴェローナ生まれ。国際的に頭角を現す同世代を代表する指揮者の一人。2013~2019年ジェノヴァ・カルロ・フェリーチェ歌劇場初の首席客演指揮者、2016年10月より東京フィル首席指揮者を務め、2025年にはトリノ王立歌劇場音楽監督、ワロン王立歌劇場コンポーザー・イン・レジデンス、2026年1月よりオペラ・オーストラリア音楽監督に就任予定。東京フィルとは《ナブッコ》《リゴレット》《蝶々夫人》《アイーダ》のほか、《展覧会の絵》《春の祭典》《カルミナ・ブラーナ》等で共演し、コンサート形式オペラ《トゥーランドット》《イリス》《メフィストーフェレ》で高い評価を確立。世界の主要歌劇場・オーケストラと共演を重ね、CDも継続的にリリース。著書に『マエストロ・バッティストーニの ぼくたちのクラシック音楽』(音楽之友社)。2021年、東京フィルとの録音『ドヴォルザーク新世界&伊福部作品』がOPUS KLASSIK 2021を受賞。

ドイツ音楽への取り組みと、オーケストラのお国柄

――ドイツの作曲家の作品を指揮するのにも慎重になっているとか?

バッティストーニ 私はずっとイタリアで、そしてロシアでも少し勉強してきました。フランス音楽にも興味があります。しかし私はドイツ語圏でドイツ音楽を勉強した経験がありません。ベートーヴェンの交響曲は数多く指揮してきましたが、基本的にドイツの作曲家の作品は本質的な部分を理解できずして安易に手出しをしてはいけないという思いをいつも持っています。私は今まで一度もブラームスを指揮したことがありません。採り上げる際には慎重に慎重を重ねることになるでしょう。ワーグナーやR.シュトラウスの勉強には取り組み始めています。私はドイツ語が十分にできないので、楽譜上の指示やリブレットを翻訳しながら勉強している状態です。しかしすでに彼らの音楽の持つ魅力や内面的な深み、オーケストレーションにどんどん魅了されてきています。

マーラー:交響曲第5番
アンドレア・バッティストーニ指揮 東京po
〈録音:2022年9月(L)〉
[デンオン(D)COCQ85613]

マーラー:交響曲第1番《巨人》
アンドレア・バッティストーニ指揮 東京po
〈録音:2014年1月(L)〉
[デンオン(D)COGQ69]SACDハイブリッド

オルフ:カルミナ・ブラーナ
アンドレア・バッティストーニ指揮 東京po,新国立劇場cho,世田谷ジュニアcho,ヴィットリアーナ・デ・アミーチス(S)彌勒忠史(C-T)ミケーレ・パッティ(Br)
〈録音:2024年3月(L)〉
[デンオン(D)COCQ85626]

プロコフィエフ:バレエ音楽《ロメオとジュリエット》組曲より,ピアソラ:シンフォニア・ブエノスアイレス
アンドレア・バッティストーニ指揮 東京po,小松亮太,北村 聡(バンドネオン) 
〈録音:2021年5月(L)〉
[デンオン(D)COCQ85626]

――各国のオーケストラでアプローチ法を変えるということはありますか。

バッティストーニ たとえばイタリア人はお喋り好きですから、指揮者が楽曲について色々と説明したり、歴史や哲学的な話をすることも好みます。だいたいイタリアのオーケストラの最初の稽古日は「学生オケか!?」と思うほど弦楽器のボウイングがてんでバラバラなどというのは日常茶飯事です。でもそのかわりに本番が予想もしなかったように大化けして素晴らしい出来になることもあってその落差がすごいのです。ドイツでは指揮者は喋らないほどよい。英国やオーストラリアはその中間、ビジネスライクに、直接的に具体的に簡潔に喋ることが望まれる。日本ならば稽古初日にはすでに弾けているので、指揮者はそこに音色や感情表現について付け加えていけばよい。どの楽団にもそれぞれ特色があって面白いですよ。

――イタリア・トリノの王立歌劇場の音楽監督になられました。すでにザンドナーイの《フランチェスカ・ダ・リミニ》を指揮してシーズンが開きました。

バッティストーニ この作品の初演はトリノであり、トリノ王立歌劇場のオペラです。幸いキャストにも恵まれ、公演は大成功を収めました。これからも最近のイタリアであまり上演されないオペラを積極的に採り上げていくつもりです。コンサートでも最低でも1曲はイタリアの作曲家の作品を入れています。イタリアではレスピーギといえば《ローマの松》しか知られていないという情けない状態なのです。私はイタリアの作曲家をもっとイタリア人に聴いてもらいたいのです。

バッティストーニ指揮情報
東京フィルハーモニー交響楽団
1月17日(土)文京シビックホール 大ホール
〔曲目:チャイコフスキー:スラヴ行進曲,ロココの主題による変奏曲(チェロ独奏:北村 陽),交響曲第4番〕
1月23日(金)サントリーホール/1月25日(日)オーチャードホール
〔曲目:レスピーギ:ピアノと管弦楽のためのトッカータ(独奏:五十嵐薫子),マーラー:交響曲第1番《巨人》〕
5月13日(水)サントリーホール/5月17日(日)オーチャードホール
〔曲目:シューマン(バッティストーニ編):子供の情景(世界初演),マーラー:交響曲第4番(ソプラノ独唱:高橋 維)〕
二期会『カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師』
2026年2月12日(木)~15日(日)東京文化会館大ホール

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