
文=原田真帆 (ヴァイオリニスト)
10年余を経て変化した《セリオーソ》の表情
バロック・ボウとガット弦でのアプローチを軸とする英国拠点の弦楽四重奏団、キアロスクーロ・カルテットが新たにベートーヴェンの弦楽四重奏第9番《ラズモフスキー第3番》、第11番《セリオーソ》、そして《大フーガ》こと作品133の3曲を録音した。ピッチはこれまでと同じくモダン・ピッチ。明瞭にして意欲的なアンサンブルに仕上がっている。

[Aparté]
同カルテットにとって《セリオーソ》は2度目の録音。前回(『ベートーヴェン&モーツァルト/弦楽四重奏曲集』2013、Aparté)からの10年超のあいだに第2ヴァイオリンが変わったことも相まって、全く異なる音楽として楽しめる。特に第3楽章では違いを強く感じた。前作のほうはややハイドン的な“疾風怒濤”の感があるのに対して、今作はのちの時代につながるロマンチシズムをにおわせる。これは緩急の作りが生んだ差異で、前者は音の運びに青さがあり、後者は大人びたためらいも忍ばせる。
明暗の境界を描き出す、透徹したアンサンブル
結成から数えると20年を過ぎて、音色においては透徹ぶりをより極めているように聴こえた。4つの楽器のどれもが透き通った音をしており、かといって無理に音を濾過するような窮屈さは感じさせない。団体名に掲げる絵画の技法“明暗法”のごとく、その境目の線引きを徹底し、暗をしっかり作り込むことで浮き上がる音が明らかになる、という印象だ。境界線を越えない分には自由がある。
そのように感じるのはフーガという形式も手伝うかもしれない。日本語解説文で越懸澤麻衣氏が指摘する通り、本録音の3作には“対位法”という共通項がある。主唱と答唱、それぞれが呼応しているが、干渉はしない。特に《大フーガ》では各パートが職人的な徹し方をしていて、他者に何かを強いることなく共存しているおかげで、音楽の中に遠近法を見るような奥行きが聴こえてくる。空間を立体たらしめる3次元目の軸を体感するような鑑賞体験であった。
ベートーヴェン後期の弦楽四重奏曲へと続く、新たな一歩
筆者個人としては、このディスクはベートーヴェンの中期の弦楽四重奏から後期のそれへの橋渡しのように感じられた。同団は過去のインタビューで、録音順はレコード会社の提案に基づいているとしながら、おおよそ作曲年代順に取り組んだことはカルテットにとって良い効果をもたらしたと語っている。後期作品の中でも第13番はすでに録音してある彼女たちにとって(『ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番《ハープ》,同第13番』2023、BIS)、もともとその終楽章として書かれた《大フーガ》に取り組むのは自然な流れで、ここから未録音の第12、14、15そして第16番へと進んでいくことが想像される。本作は今後の同団の後期作品における表現をも期待させるものだった。
アルバムの告知投稿。《セリオーソ》第4楽章の一部を聴くことができる
(BIS Recordsとキアロスクーロ四重奏団のInstagram共同投稿)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第9番《ラズモフスキー第3番》Op.59-3,同第11番《セリオーソ》Op.95,大フーガ Op.133
キアロスクーロ四重奏団〔アリーナ・イブラギモヴァ,シャルロット・サリュースト=ブリドゥー(vn)エミリー・ホーンルンド(va)クレール・ティリオン(vc)〕
〈録音:2025年8月〉
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協力:ナクソス・ジャパン




