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小澤征爾/ベルリン・フィルのライヴ集成が登場

ディスク情報

ベルリン・フィルと小澤征爾
・録音(1979~1996年)
〔ベートーヴェン:《レオノーレ》序曲第2番,ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番,ラヴェル:ピアノ協奏曲,バルトーク:ヴィオラ協奏曲,ハイドン:交響曲第60番《うかつ者》,チャイコフスキー:交響曲第1番《冬の日の幻想》,ブルックナー:交響曲第7番,マーラー:交響曲第1番《巨人》,ヒンデミット:シンフォニア・セレーナ,ベルリオーズ:幻想交響曲,R.シュトラウス:アルプス交響曲,ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》前奏曲と〈愛の死〉〕
・映像(2009年,2016年)
〔ベートーヴェン:《エグモント》序曲,合唱幻想曲,メンデルスゾーン:オラトリオ《エリヤ》全曲,ブルックナー:交響曲第1番〕

小澤征爾指揮ベルリンpo,ピエール・アモイヤル(vn)マルタ・アルゲリッチ,ピーター・ゼルキン(p)ヴォルフラム・クリスト(va)他
[ベルリン・フィル・レコーディングス(S,D)KKC9891(6枚組+ブルーレイ)]

躍動するベルリン・フィル。
永遠の蜜月の記録

 昭和のころ、小澤征爾はライヴでこそ真価がわかる、とよく耳にした。
 そして、このセットに収められているのはベルリン・フィルとの、正真正銘のライヴ録音と映像集である。
 なるほど、熱い。最後が盛り上がる、というような単純なことではなく、一つ一つの音にひたむきに込められた気魄、そして推進力。これがセッション録音とはまるで違う。
 小澤はデビューまもない1961年2月に「日独修好100年祭記念コンサート」でベルリン・フィルを初めて指揮したそうだが、ベルリン・フィルの公式記録としては1966年の定期演奏会デビューが第1回となり、以後2016年までに176回にわたり指揮をした。
 なかでも1980年代はとりわけ関係が緊密で、カラヤンが後継者に指名した、という噂が流れてくるほどだった。1986年10月には急病のカラヤンの代役として、サントリーホールのオープニング・シリーズでベルリン・フィルの来日公演を指揮している。
 セットのCD6枚に聴けるのは、まさにその時期を中心とする1979年から96年、自由ベルリン放送(現rbb)が収録した定期演奏会でのライヴである。
 最新技術によってマスタリングされているから、音質に不足はない。終演後の拍手はカットされているが、演奏中の咳などの聴衆ノイズを無理に除去して、音質を不自然にすることはしていない。

CD収録音源はすべて初出。また、音源をハイレゾリューション(24bit/48kHz)で聴くことのできるダウンロード・コードが封入されている


 CD1の第1曲、《レオノーレ》序曲第2番の序奏からして、特長は明快だ。いかにもカラヤン時代のベルリン・フィルらしい、重量感のある響き。集中力と緊張感を保ちながら歩み、しだいに振幅を大きくしていく。カラヤン風の長いレガートではなく、ぴんと伸びのある弦の響きが、小澤の個性だ。
 CD1はほかに3曲の協奏曲で、アルゲリッチなどとのソリストとの共演を楽しめる。クリストとのバルトークのヴィオラ協奏曲は、同一のメンバーで11か月後にDGにセッション録音しているから、聴きくらべも一興だ。
 CD2のハイドンの《うかつ者》とチャイコフスキーの《冬の日の幻想》は、ともに他に小澤のレコードが存在しない点で貴重だし、特に後者は小澤が得意とした作曲家だけにききものである。
 CD3のブルックナーの交響曲第7番とCD4のマーラーの《巨人》、そしてCD5の幻想交響曲は、サイトウ・キネン・オーケストラなどとの録音もあるが、ベルリン・フィルでしかもライヴというのが、それだけで大きな利点となっている。
 CD4と5にまたがるヒンデミットの《シンフォニア・セレーナ》は、1947年にドラティ指揮ダラス交響楽団が初演した珍しい作品。ロッシーニの《ウィリアム・テル》序曲の引用があるなど、この作曲家らしい冷めたユーモアが面白く、高水準の演奏で聴けることがありがたい。
 CD6のアルプス交響曲は2か月前のウィーン・フィルのセッション盤と、《トリスタンとイゾルデ》前奏曲と〈愛の死〉は10年後の同じベルリン・フィル盤と、ぜひ聴きくらべてみてほしい。

ブックレットには秘蔵写真に加え、小澤征良と村上春樹の特別二大エッセイも掲載されている


 これらCDに加えて、2009年と16年のベルリン・フィルのサイト「デジタル・コンサートホール」の映像が、ブルーレイ・ディスクに収められている。コンサートマスターの樫本大進、フルートのパユ、ホルンのバボラークなどの猛者たちが、小澤のもとでどんな表情で演奏しているかがよくわかる。
 2009年の《エリヤ》は、この大作を暗譜で生き生きと指揮することに驚かされるし、合唱音楽こそが指揮者小澤の原点であることを、あらためて実感する。そして定期デビュー以来半世紀後の、最後の共演となった2016年の映像では、ピーター・ゼルキンと共演の《合唱幻想曲》も感動的だが、小澤の生涯の「愛馬」というべき《エグモント》序曲の、不滅の生命力を感じさせる響きが胸を打つ。

山崎浩太郎 (演奏史譚)

協力:Berlin Phil Media、キングインターナショナル

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