
マーラー:交響曲第5番
パーヴォ・ヤルヴィ指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団,イヴォ・ガス(hrソロ)
〈録音: 2024年1~2月〉
[ALPHA(D)NYCX10516]国内仕様盤
[ALPHA(D)ALPHA1127(海外盤)]
[ALPHA(D)ALPHA1154(海外盤)]LP
リスナーの「渇き」を癒してくれる画期的な録音
フランクフルト放送交響楽団とはエリアフ・インバル以来となるマーラーの交響曲全曲を収録(C-majorレーベルによるライヴ映像)したパーヴォ・ヤルヴィ。10年の時を経て、再び現在の手兵であるチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団と共にマーラー交響曲全曲をセッション録音するプロジェクトがスタートする。その第1弾が、この交響曲第5番だ。
誰もが再録の意義について気に掛かるところであろう。なるほど、音盤をかけた瞬間からセッション録音で撮り直す意義を感じられる内容である。こんなにむち(ホルツクラッパー)が聴こえるのか? こんなにコル・レーニョ(弓の木の部分で弦を叩く特殊奏法)が聴こえるのか? どうしたらここまで濃密に歌う弦楽セクションにフォーカス出来るのか?……とうていライヴでは達成できない「いま聴きたい音を鳴らして欲しい」という長年のリスナーの「渇き」を癒してくれる画期的な録音だ。
パーヴォ・ヤルヴィの指揮は、適切なテンポ設定で、構築感を保つことが困難な本作を過不足なく設計し、ドラマティックな表現にも事欠かない。チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏はセッション録音とは思えない没入感(とりわけ第2楽章の苛烈さは圧巻だ)があって、音色に関してはトーンハレの音響も相まって伸びやかでまろやかな中欧の響きを備えている。録音に定評のあるAlpha Classicsレーベルの技術も加わり、彼らがこだわる弦楽器の対向配置によるステレオ効果も抜群。すでに今後の続編が楽しみになる仕上がりだ。
一方で、マーラーの描いた四方八方からモティーフが不規則に飛び出してくるような精密なポリフォニーを楽しめる演奏とは言い難いだろう。しかしながら、聴きたい音を結集させて、極限まで歌い込む、ここまで気持ちの良い演奏は稀有ではなかろうか。これほど「マーラーの交響曲をオーディオで聴く」というエクスタシーを存分に味わわせてくれる音盤はなかなかあるまい。
坂入 健司郎(指揮者)
協力:ナクソス・ジャパン
