

文=鈴木 淳史(音楽エッセイスト)
小澤征爾がドイツの地で敢えて挑んだドイツ本流の2作品
小澤征爾がバイエルン放送響を指揮したのは2度のみという。なるほど、なかなか珍しい組み合わせではある。最初が1983年の6月で、アルゲリッチの独奏でベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番、ストラヴィンスキーの《春の祭典》などのプログラムだった。2回目は1990年1月。ベートーヴェンの《交響曲第5番》とリヒャルト・シュトラウスの《英雄の生涯》を振った。いずれの演奏も、ドリームライフから映像として発売されていたことがある。
今回、BR Klassikからリリースされるのは、1990年のライヴ録音。小澤が自身もっとも得意な近現代作品を外し、ドイツ作品を2つ並べ、しかもご当地作曲家でもあるシュトラウスの作品をメインに置いた、なかなか意欲的な演奏会だ。
ベートーヴェンの《交響曲第5番》は、穏やかで、アダルトな雰囲気で始まる。展開部に入っても、あまり事を荒立てないようにという配慮があるかのような運び。すっきりと整理されたバランスから、木管のしっとりとした歌が聴こえてくるのがいい。アンダンテ楽章の主題も、じつにエレガントで、スケルツォからフィナーレ楽章への流れもスムース。どこか優雅ですらある。この指揮者の音楽への勤勉なアプローチに、オーケストラが豊かな響きで反応しているのか。
小澤征爾の《英雄の生涯》といえば、1986年のベルリン・フィルの来日公演で、カラヤンの代役としての指揮が思い出される。FM放送で流されたこの演奏が、わたしにとって初の《英雄の生涯》体験となったせいもあるのだろう、このバイエルン放送響との演奏は、初めて耳にするはずなのに、ずいぶんと懐かしく響いた。
冒頭では、英雄の勇壮さよりも、優しく夢想的な一面を見せる場所での表情がいい。豊かなハーモニーで聴かせてくれる。「敵」は、それほど強くも悪くもなさそうだが、やけに口うるさく、「伴侶」のヴァイオリン・ソロは、細身ながら官能的。オーケストラも同じニュアンスでそれに応える。
「戦場」は、あまり整理されていないが、その代わりに様々な音が聴こえる。ヒロイックさを掻き立てることなく、雑然とした様子を描くのがリアル。さりげなく “ラヴ・アンド・ピース” に寄せた解釈なのかもしれない(ベルリン・フィルでも同じような演奏だったと記憶している。もう少し恰幅は良かったが)。「業績」から「引退」にかけては、しみじみとした情感が全体を覆う。こぢんまりとはしているものの、あまり威張らない、自慢もほどほど、といった好人物、上司にしたいタイプの英雄像だ。

ベートーヴェン:交響曲第5番《運命》,R.シュトラウス:交響詩《英雄の生涯》
小澤征爾指揮バイエルン放送so,エルネ・シェベシュティーン(vn)
〈録音:1990年1月(L)〉
[BR Klassik(D)NYCX10604]
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バイエルンの明るさと翳りをブロムシュテットが十全に活かしきる
BR Klassikからは、ブロムシュテットのブルックナー《交響曲第9番》もリリースされる。こちらは、2009年の録音。以前リリースされた、マゼール、ヤンソンス、ハイティンクら複数の指揮者によるバイエルン放送響のブルックナー全集からの分売だ(今回は、リハーサル音源も付く)。
もったいぶったところなど一切なし。なんと見通しよく、淀みなく音楽が運ばれることか。バイエルン放送響の明るめの響きも作用するのか、冒頭楽章からして、作曲家の最後の交響曲などといった先入観からきれいさっぱり解放してくれるような、明快、明瞭なることの心地よさ。第2主題の確保などで、うっすらと翳りを帯びるなど、陰影感の細やかさにも耳が惹かれる。
スケルツォ楽章は、キビキビとした主部に、やはり一切の滞りのないトリオ。小気味よくサクサク進むのに、軽薄さを感じさせないのはやはりオーケストラのきめ細やかな響きの綾のおかげか。終楽章も淡々と美しいばかり。展開部のクライマックスとなる不協和音が心に染みわたるほど。コーダ前半のホルンに導かれた流れの作りの上手さ。80歳を超えたマエストロと豊かなハーモニーと機能性をもつオーケストラが、互いの個性をポジティヴに生かし合う。麗しい。

ブルックナー:交響曲第9番(原典版),同リハーサル抜粋
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮バイエルン放送so
〈録音:2009年5月(L)〉
[BR Klassik(D)NYCX10605(2枚組)]
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協力:ナクソス・ジャパン
