【新連載】クラシック・レコードレーベルと演奏家・録音の100年

第3回 LPによるレーベル拡大期(1950~60 年代)
その3 RCAビクターとその他のアメリカのレーベル

クラシックレーベルの100年連載
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 連載「クラシック・ レコードレーベルと演奏家・録音の100年」。エジソンによるレコード発明から、来年2027年で150年。そのうち、電気録音が実用化された1925年からの100年間をメインとして、クラシックのレコードレーベルと、そこで活躍した主要な指揮者や演奏家の話を、時代を追って書いていこうというものである。

 第2回以降はレーベルごとに、モノラルLP時代の主要なアーティストとその代表的な録音を中心にふり返っていく。
 第3回は、当時クラシック録音界に君臨したRCAビクターと、新興のアメリカ・レーベルについて。

◎連載第1回「LPによるレーベル拡大期(1950~60 年代)その1」はこちら
◎連載第2回「LPによるレーベル拡大期(1950~60 年代)その2」はこちら

指揮者:アルトゥーロ・トスカニーニ、レオポルド・ストコフスキー、セルゲイ・クーセヴィツキー、シャルル・ミュンシュ、ピエール・モントゥー、フリッツ・ライナー、アーサー・フィードラー

オーケストラ:NBC交響楽団、ボストン交響楽団、サンフランシスコ交響楽団、シカゴ交響楽団、ボストン・ポップス・オーケストラ

ピアノ:アルトゥール・ルービンシュタイン、ウラディミール・ホロヴィッツ、ウィリアム・カペル

ヴァイオリン:ヤッシャ・ハイフェッツ

チェロ:グレゴール・ピアティゴルスキー

歌手:リチア・アルバネーゼ(S)、ジンカ・ミラノフ(S)、リーゼ・スティーヴンス(Ms)、ユッシ・ビョルリンク(T)、ジャン・ピアース(T)、レナード・ウォーレン(Br)、ロバート・メリル(Br)

クラシック録音界の巨人RCAビクター

 20世紀半ばまでのRCAビクター(1946年までのレーベル名はビクター)は、いうまでもなくクラシックのレコード界における巨人だった。SP時代には赤と黒の2種のレーベルがあり、日本で「赤盤」と通称された前者「Red Seal」に録音できることが、世界の一流音楽家の証明と考えられていた。
 また、1901年創立以来の姉妹会社であるイギリスのグラモフォン社(HMV)との半世紀以上の提携関係(両社はともに、亡くなった主人の声を蓄音機で聴く犬ニッパーを描いた画「His Master’s Voice」を商標にしていた)により、HMVの録音も自社レーベルで発売できたことが、そのカタログをさらに豪華なものにしていたのである。
 1950年からのLP時代での「レッド・シール」は、同社のクラシック部門のレコードを示す呼称となっている(同様に米コロンビアはクラシック部門を「マスターワークス」と名付けた)。
 LPの開発では米コロンビアの後塵を拝したとはいえ、「レッド・シール」の陣容は、第2次世界大戦前からの巨匠演奏家を多数擁する、強力なものであることに変わりはなかった。

トスカニーニとNBC響の圧倒的存在感

レスピーギ/ローマ三部作
〔《ローマの松》《ローマの噴水》《ローマの祭り》〕

アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBCso
〈録音:1949年~52年〉
[RCA (M)SICC30345]

 当時の指揮者とオーケストラでは、圧倒的な人気と高い評価を誇るアルトゥーロ・トスカニーニ(1867~1957)と、かれのためにNBC放送が創立したNBC交響楽団の存在が、なんといっても飛び抜けている。
 NBCのラジオ放送番組によって1930年代末から全米に轟いていたその名声は、LPの登場によって、レコードにおいても決定的なものとなった。ベートーヴェンの交響曲全集(1949~52)、ドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》(1953)、レスピーギの「ローマ三部作」(1949~53)、プッチーニの歌劇《ボエーム》(1946)やヴェルディの歌劇《ファルスタッフ》(1950)などの長尺物の大量のレコード化は、LPの実用化によって初めて実現したものだった。
 トスカニーニのRCAビクターでの商業録音は1920から54年にかけてCDで84枚に及ぶが、そのうち74枚(より正確には約73.5枚)を占めるのが、1938年以後のNBC交響楽団との録音である。セッション録音も少なくないが、オペラなどは放送コンサートを同時収録したものが音源となっており、1954年にトスカニーニが現役を引退した後にも、放送時の録音を元に多数のレコードが制作された。その大半は1949年の磁気テープ録音機の使用開始前に、NBCが16インチ(約40センチ)、33⅓回転のラッカー盤に保存目的で録音していたものだった。
 放送音源から商業録音へのスムーズな転用は、RCAビクターとNBC放送がともに電機メーカーのRCA系列の子会社だったからこそ可能になったもので、民間企業の柔軟さが生きたといえる。しかしその一方で、トスカニーニ抜きではスポンサーから資金を集められないからと、かれの引退と同時にNBC交響楽団を有無を言わせずに解散したのは、民間企業の厳しさだった(楽員たちはその後、シンフォニー・オブ・ジ・エアを自主運営で結成し活動した)。

トスカニーニとNBC交響楽団。NBCによる公開放送が行なわれたニューヨーク・マンハッタンのスタジオ8H

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