柴田南雄『名演奏のディスコロジー』 #9

第9回(1976年9月号)フルトヴェングラーのヴァーグナー/ニュルンベルクのマイスタージンガー

復刻!柴田南雄の名連載レコ芸アーカイブ
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フルトヴェングラー=バイロイト祝祭oによる『マイスタージンガー』[Music&Arts]ジャケット

柴田南雄の連載、「名演奏のディスコロジー」の再掲載9回目です。
『レコード芸術』1976年1月号から77年12月号まで、計22回続いた本連載の第9回は、30年の時を経て世に放たれた、1943年バイロイト音楽祭(祝祭)の《ニュルンベルクのマイスタージンガー》。フルトヴェングラーがタクトを執ったこの伝説的録音を、カラヤン=シュターツカペレ・ドレスデン盤や、ヴァルヴィーゾ=バイロイト祝祭管盤との比較を通して聴いていきます。

※「シルヴィオ・ヴァルヴィゾ」を「シルヴィオ・ヴァルヴィーゾ」に変えるなど、文中に登場する一部人名を現在の一般的な表記にあらためています。
※そのほかの文中の記述・事実関係などはオリジナルのまま再録しています。
※文中レコード番号・表記・事実関係などは連載当時のまま再録しています。

1943年、つまり第二次大戦のたけなわな時期のバイロイトの実況の、しかもフルトヴェングラー指揮の《マイスタージンガー》が今頃になって陽の目を見るなど、まったく驚いたことが起るものだ。(エンジェルWF68~72)

おそらくはテープが実用化される前段階の金属のリボンか何かに録音されたものではないのか、と想像するが肝心なデータは何も記されていない。円盤ではないだろう。針音や、つぎ目がまったくないから、とにかく場所によってむらがあるが、概してソロの歌はひじようによく入っており、オーケストラやコーラスなど、ヴォリュームや拡がりのある音源が多少歪んでいるのが惜しい。オーケストラも編成の薄い所は鮮明で、管楽器の音色もじつにはっきりしているし、低音弦のヴィブラートなどビリビリするくらいだし、歌手の語尾の子音などつばきが飛んで来そうな程だ。とくにはじめの方が不調のようで、第1幕第1場のはじめに音がひどく揺れる個所がある。その他に、重要部分の欠落が2か所ある。最初は第1幕第1場の主要部から第2場のはじめの一部にかけて(オイレンブルクのスコア第75ページ下段のLebhaft から第125ページ第3小節まで)、もう1か所はもっと残念なことに第3幕第4場の、エヴァ、マグダレーネ、ヴァルター、ダヴィッド、ザックスの五重唱という、最高の聞き所がすっぽり(同下巻、第320ページMerklich langsamer から第354ページ上段第2小節あたりまで)欠落しており、まるで戦争末期のどさくさに何物かによってこれらのサワリの個所が盗み出されたのではないかと疑いたくなる。

わたくし自身はバイロイトには1961年と70年の2回しか行っておらず、《マイスタージンガー》は生憎見ていないが、61年に行った折に戦中バイロイトの噂話を聞いたことがある。それはミュンヘンからの列車のコンパートメントで一緒だったドイツ人のおばあちゃんが、バイロイトの町の小学校か中学校の先生で、この婦人が言うには、昨今は観光客が多くてわれわれバイロイトの町の人間には切符が手に入らないが、第二次大戦中の公演はガラガラに空いていたから、私たちも安い券で楽しむことができた、と当時を懐かしんでいた。今度のレコードのヴェステルンハーゲンの解説によると、戦時中は軍人や軍需工場の労働者が「ドイツ帝国の来賓」としてバイロイトに来ていた、とあるが、一口に戦時中の公演といってもしらべてみると、1939年から44年までの6年間に、変則的な演目立てながら、のべ93夜の公演が行なわれていたことがわかる。(Internationale Wagner-Bibliographie, Edition Musica, Bayreuth, 1961の付録表による。)だから、時には軍人や労働者でフェストシュピールハウスが満たされ、時には——おそらく末期には、ガラガラということもあり得たであろう。

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