インタビュー

チェリスト、上野通明が再発見した“日本”
アルバム『オリジン』ができるまで

インタビュー・文=山野雄大(ライター/音楽・舞踊評論)
写真=編集部
取材協力=ナクソス・ジャパン、KAJIMOTO

■CD情報
オリジン~チェロ独奏のための邦人作品集
〔黛敏郎:BUNRAKU,武満徹:エア,日本古謡:さくら(上野通明 編曲),松村禎三:祈祷歌,山田耕筰:からたちの花(上野通明 編曲),滝廉太郎:荒城の月(上野通明 編曲),森円花:フェニックス〕

上野通明(vc)
〈録音:2024年5月〉
[La Dolce Volta(D)LDV140(海外盤,日本語解説付)]

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リサイタルと『オリジン』、それぞれの選曲

 上野通明がLa Dolce Voltaレーベルとの最初のアルバムに選んだのは、楽器を始めるきっかけにもなって以来、20年来の夢だったというバッハ〈無伴奏チェロ組曲〉全曲録音だった。それに続く2つめは『オリジン~チェロ独奏のための邦人作品集』だ。
「素晴らしい日本人作品も多いなか、自分に共鳴する曲を選ぶためにいろいろ考えました」と上野は穏やかな優しい口調で語る。「昨年[2024年]5月にサントリーホールで無伴奏チェロ・リサイタルをさせていただいたのですが、その時の選曲とも内容は重なっています」

■コンサート情報
上野通明 無伴奏チェロ・リサイタル 邦人作曲家による作品選 ※終了
[日時]2024年5月24日(金)19:00 開演 サントリーホール
[曲目]黛敏郎:BUNRAKU,松村禎三:祈祷歌,森円花:フェニックス*,團伊玖磨:無伴奏チェロ・ソナタ,武満徹:エア,藤倉大:Uzu(渦)*
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*印は上野の委嘱作品

 上野通明は南米パラグアイに生まれ、幼少期をスペインで過ごした経歴を持つ。海外で長く暮らした日本人として“日本”を再発見してゆく強い好奇心、その延長線上に、邦人の無伴奏チェロ作品だけで構成されたリサイタルと、今回のアルバムとが生まれたわけだ。
「日本の文化や歴史などに興味を持って勉強したうえで、その魅力を引き出せる作品、そして何より、単純に自分が好きかどうかを基準に選ばせていただきました」という選曲は、まずリサイタルでは、この分野での代表曲とも言える黛敏郎《BUNRAKU》に、武満徹の無伴奏フルート曲《エア》のチェロ版(!)、松村禎三の力作《祈祷歌》、そして新進気鋭の森円花へ委嘱した《フェニックス》など。

 リサイタルでは他に、團伊玖磨作品と藤倉大への委嘱新作(世界初演)も弾かれたが、アルバムのほうでは先述の4作に加えた、上野自身の編曲による日本のメロディ──日本古謡《さくら》に山田耕筰《からたちの花》、瀧廉太郎《荒城の月》──を挟んでゆく、というバランスを上手く考えた選曲となった。
「日本のかただけでなく、海外のかたにもこれらの作品を聴いていただくために、今回のアルバムを録音しました」というように、リサイタルとほぼ同時期に録音された本盤は、その視線を日本から世界へと向けている。
「たとえばハンガリーなら、バルトークやコダーイといった作曲家たちは、民族的なものを基礎としながら広く知られているのに、日本人作品はなぜそうならないのか、という思いもありました。海外のチェリストにも、これらの作品をもっと弾いてもらいたいし、聴いてもらいたい」

上野通明 Michiaki UENO
国内外で活躍している注目のチェロ奏者。1995年にパラグアイで生まれ、幼少期をスペインで過ごす。5歳でチェロをはじめ、13歳のとき、第6回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールで全部門を通じて日本人初の優勝。2021年にジュネーヴ国際音楽コンクールのチェロ部門で日本人初の優勝を遂げる。楽器は、1730年製A. Stradivarius “Feuermann”(日本音楽財団)、弓は、F. Tourte(住野泰士コレクション)をそれぞれ貸与されている。録音分野では、これまでに『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲』[La Dolce Volta、2022]や『上野通明 IN CONCERT』[エクストン、2022]をリリースしている。

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“届く”現代音楽──森円花《フェニックス》へ向けて

 ただ……と上野は照れくさそうに付け加える。
「自分で編曲した《さくら》《からたちの花》《荒城の月》に関しては、日本の音楽を知らないかたにも興味を持ちやすい曲を、と考えて、自分の好きな曲を入れたものです」
 上野自身による無伴奏チェロ用の編曲、原曲のイメージを大切にしながら、そこから自由に飛翔しつつ、幻想的な音響も駆使した巧みな音響設計で、前後の現代作品とうまく融け合っているのも良い。
「作曲もしませんし、編曲もこれが初めてです。はじめは入れるかどうか迷ったほど自信がなかったのですが、アルバムのタイトルに『オリジン』とつけるなら、オリジナルもあったほうがいいかな、と思って」と謙遜するけれど、アルバムの色を創る素敵な編曲だと思う。

 過去の傑作たちに、自身の編曲に……と集めた今回のアルバム。先に最後に据えられた曲をご紹介させていただくと、2022年に上野通明の委嘱で書かれた森円花《フェニックス》という18分に及ぶ力作だ。
「森さんは高校の2つ上の先輩で、これまでもたびたび彼女の作品を演奏してきたので、東京オペラシティのリサイタル・シリーズ“B→C(バッハからコンテンポラリーへ)”で弾かせていただくときに新曲をお願いしました。コロナ禍で音楽活動が制限されて音楽のありかたを考えているなか、音楽の不滅、フェニックス(不死鳥)というようなアイディアでチェロ作品を考えていたそうで、この曲が生まれました」
 重厚ななかに烈しい技巧的な表現も織りまぜつつ……、語弊があるかも知れないけれど、聴いていて“わかる”うえに“届く”現代音楽だと感じられた。
「技術的なことだけに走らず、常に人間らしさの残った作品になるのが森さんの曲のいいところですね。内容がぎっしり詰まって凄く重い作品で、弾くにはとても難しいんですけれども、気持ちがこもる作品なんです」

無伴奏チェロの傑作《BUNRAKU》に寄せる思い

 そして、このアルバムの冒頭を飾る作品に戻ると──黛敏郎が人形浄瑠璃の三味線と義太夫節から受けたイメージを、西洋楽器であるチェロの独奏で拡げていった、その名も《BUNRAKU(文楽)》だ。
「最初に楽譜を見たときは、文楽のこともよく知らなくて、曲をどう弾けばいいのかよく分からなかったんです。そこで、とりあえず観に行こう、と文楽を観て衝撃を受けたんです。その凄いドラマ性と迫力に強く心をうたれて、《BUNRAKU》を弾くインスピレーションを得ることができました」
 狂乱のクライマックスに至る末尾など、上野通明の演奏は記譜の正確な再現を大前提としつつも、さらにそこから表現企図の芯をがっちり掴んだうえで、裂帛の勢いで飛翔してゆくエネルギーが凄い。
「僕は黛さんの他の作品でも、《BUGAKU(舞楽)》[1962年のバレエ音楽]が大好きなんですが、あれも凄く巨大な響きがしますよね。あのイメージもありました」
 しかし、曲の最後までエネルギッシュに突っ切る演奏が多いなか、上野通明の演奏は力任せには終わらない。非常に美しい着地と余韻……これは聴いてはっとさせられる解釈でもあり、響きの感触を大切にする上野ならではのアプローチでもあるだろう。

「武満さんは外せないけれど、無伴奏チェロ作品を残されていない。いろいろ聴いているうちに、このフルート曲《エア》は意外にチェロでもありなのでは、と思ったんです」

呼吸の再生──武満徹《エア》

 驚きは、武満徹が無伴奏フルートのために書いた《エア》を、敢えて無伴奏チェロで演奏したヴァージョン。
「日本人作曲家をご紹介する上で、武満さんは外せないけれど、無伴奏チェロ作品を残されていない。いろいろ聴いているうちに、このフルート曲《エア》は意外にチェロでもありなのでは、と思ったんです。僕は師匠[ピーター・ウィスペルウェイ]から言われたことでもあるんですが、常に“余韻を大切に”ということを心がけていて、それはフルート作品をチェロで弾くときにも当てはまるのでは、と。武満さんのご遺族にも許可をいただけたのはありがたかったです」
 息の楽器から、擦弦楽器へ。
「チェロの朗々と歌うイメージをなるべく省きたかったんです。ただ、フルート曲ということを意識するよりも、凄く緻密に書かれた楽譜をなぞりつつ、それが有機的に聴こえるように、自分の身体に自然に入るように演奏しました。……緻密な再現だけを考えて演奏してしまうと、客観的に聴いたときにはあまり自然に聴こえなかったりするのが怖くて、そこは気を付けました」
 黛作品が、文楽からチェロへの翻訳だったとしたら、ここではフルートからチェロへの翻訳が生まれているわけで、奇しくも森円花作品のタイトルにもある、フェニックス(不死鳥)の甦りのようでもあるだろうか。

烈しさが美しい──松村禎三《祈祷歌》

「譜読みをしていると、最初は弾きやすいんですが、後半になると……」と上野も微笑むほど演奏至難な力作が、松村禎三《祈祷歌》。これもアルバムの太い軸を成すインパクトをもった秀演だ。
「“祈り”といっても、キリスト教のイメージとはかけ離れたものだと思います。“中から本気が来る”のを感じられる音楽、というか……中から沸き上がる情念といったものを、日本的な語法で表現した、強い思いが入っている音楽ですね。──もともとは十七絃箏のための作品[チェロ版は作曲者自編]ということもあって、日本的な音階が使われていたり、海外のかたに聴いていただくにも“分かりやすく日本的”なところがある上に、精神的にも日本固有の暗さがある。原曲の凄い迫力‥‥後半の部分、箏ではアルペジオの余韻も増幅されて、凄くカオスな迫力があるんです。そこはチェロ版では弓で擦るでもなくトレモロで弾くので、迫力を出すのが凄く難しい」というあたり、録音に聴く上野通明のアプローチは秀逸だと思う。とにかく、烈しさが美しい演奏、なのだ。

「今回は、僕が勉強していたベルギーのエリザベート王妃音楽院のホールで録音しました。僕にはとても弾きやすいホールなのですが、客席で聴くと響きが沈みやすいそうで、録音技師さんは苦労されてましたが……キャンパスに住んでいたので、録音してすぐ部屋に帰り、翌朝起きたらすぐ隣がホールという快適さで(笑)。自由な学校なので“今日の録音ではあそこが気になったな”と思ったら、夜中でも隣のホールに行って弾けたりする。独りで弾いていると没頭してしまうので、技師のかたに“そろそろ”とストップをかけられたりしましたが、快適なレコーディングでした」という今回のアルバム、上野通明のナチュラルな全力投球を満喫できる録音となっていよう。
「サントリーホールのリサイタルで演奏した、藤倉大さんの委嘱新作も今後、録音して皆さんに広く知っていただきたいと思っていますし、武満徹さんのチェロとピアノのための《オリオン》などもいつか……」と語る上野通明、もちろん日本人作品に限らず、豊かなレパートリーにますますの秀演・好盤を強く期待したい。

□名古屋フィルハーモニー交響楽団 第540回定期演奏会〈恋人たちの肖像〉
[日時①]2025年12月12日(金)18:45開演 愛知県立芸術劇場コンサートホール
[日時②]2025年12月13日(土)16:00開演 愛知県立芸術劇場コンサートホール
[共演]ジェフリー・パターソン(指揮)名古屋フィルハーモニー交響楽団
[曲目]ミャスコフスキー:チェロ協奏曲ハ短調,他
[主催]名古屋フィルハーモニー交響楽団
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□上野通明&北村朋幹デュオ・リサイタル
[日時]2026年1月17日(土)13:30開演 神奈川県立音楽堂
[共演]北村朋幹(p)
[曲目]武満徹:オリオン,他
[主催]神奈川芸術協会
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□NHK交響楽団 第2055回定期公演 Cプログラム
[日時①]2026年1月23日(金)19:00開演 NHKホール
[日時②]2026年1月24日(土)14:00開演 NHKホール
[共演]トゥガン・ソヒエフ(指揮)NHK交響楽団
[曲目]デュティユー:チェロ協奏曲《遥かなる遠い国へ》、他
[主催]NHK / NHK交響楽団
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□関西フィルハーモニー管弦楽団 第361回定期演奏会
[日時]2026年2月20日(金)19:00開演 ザ・シンフォニーホール
[共演]アレクセイ・オグリンチュク(指揮)関西フィルハーモニー管弦楽団
[曲目]ヴァインベルク:チェロ協奏曲ハ短調,他
[主催]関西フィルハーモニー管弦楽団
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□上野通明 ブリテン無伴奏チェロ組曲全曲演奏会
[日時]2026年5月24日(日)14:00開演 サントリーホール
[曲目]ブリテン:無伴奏チェロ組曲第1番~第3番
[主催]KAJIMOTO
【コンサートページ準備中】

【関連ディスク】

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)

上野通明(vc)
〈録音:2021年11月,22年5月〉
[La Dolce Volta(D)LDV1156(2枚組,海外盤,日本語解説付)]

La Dolce Voltaレーベルにおける、上野通明のアルバム第1作。2022年秋にリリースされた。『オリジン』は当盤に続く第2作である。

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最新盤レビュー|上野通明のセカンドアルバムは、みずみずしい感性で淵源にさかのぼる邦人作品集!
2025.09.05 投稿
65分15秒、チェロの音だけが鳴っている。しかしその多彩な音たちは、ときには太棹三味線のように、あるいはフルートのように、そうしてさながら人の声のようにも響く……。『オリジン』について、仲辻真帆さんがレビューしています。

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