名演奏家再批評 File11

ミケランジェリ、ライヴと録音の狭間で①

連載名演奏家再批評
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 金曜連載「名演奏家再批評」。このコーナーは、新世代の書き手がクラシック音楽の名演奏家を各4回のリレー形式で論じるものです。
 第11弾では近代フランス音楽史・演奏文化史がご専門の神保夏子さんが、ピアニスト、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリについて、その精巧の極致ともいえる録音に宿る、リアルな身体の気配を探っていきます。全4回のうち、1回目は無料公開、2回目以降は有料公開です。

■Editor’s Note
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ Arturo Benedetti Michelangeli(1920~95)は20世紀を代表するイタリアのピアニストの一人。ブレシアに生まれ、1939年にジュネーヴ国際音楽コンクールで優勝して国際的な名声を確立した。完璧主義的な技巧と、透明感あふれる音色、緻密に磨き上げられた演奏様式を特徴とし、寡作ながらも数々の名演奏を録音に残した。

Text=神保夏子

超高解像度のドビュッシー

————–ここまで無料公開————–

 初めてミケランジェリの演奏を耳にしたのは、ピアノを多少弾けるようになっていた小学校低学年の頃だったと思う。ドビュッシーの《映像》と《子供の領分》の入ったドイツ・グラモフォン(DG)の1971年のスタジオ録音。その磨き抜かれた精緻な響きは、自分が普段触っている楽器と同種の機構から出てきたとは到底思えず、一体どのような魔法がかかっているのかと、子供ながらに不思議に思ったことを覚えている。この「不思議」の感触をあえて大人の語彙に翻訳するならば、身体性の痕跡の不在、とでも表現できようか。

1 ドビュッシー:映像第1集,同第2集,組曲《子供の領分》

アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(p)
〈録音:1971年7月〉
[グラモフォン(S)UCCS50359]CD

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 ミケランジェリの〈水に映る影〉(《映像第1集》)には、おなじ水面を描いたモネの絵画にみられるような、あの柔らかな「斑点」は見いだせない。彼の〈金の魚〉(《映像第2集》)は水中で自在に身を躍らせ、時には派手に飛沫を上げるが、その動静には曖昧さというものがいっさい残されていない。放物線のように均整の取れた弧を描くフレーズのしなやかな撓たわみから、ペダルの残響に取り込まれる微細な濁りの設計まで、すべては綿密にコントロールされている。その様相をしいて視覚芸術にたとえるならば、(しばしばこのフランスの作曲家と不用意に結び付けられる)印象主義というよりは、むしろある種のハイパーリアリズム絵画のようである。

 ミケランジェリに師事したピアニストの高野耀子氏によれば、この演奏家は弾く前にまず自分が出したい音を想像するようにと、つねづね述べていたという。「こういう音を出したいって本当に思ったらそういう音は出るって。念力(笑)」【*1】。この理論に従えば、前述のDGの録音におけるハイパーリアリズム的音像も、彼の脳内の超高解像度のイメージを、その存在すら忘れさせるほど高精度の技術によって具現したものに相違ない(そこにはもちろん有能な調律師や録音技師、オーディオエンジニアらの貢献も関与しているだろう)。

 とはいえ、ミケランジェリがいかに強力な想像力と「念力」の持主であったとしても、現実の彼の身体が生み出す演奏には、本来は「生もの」としての性質があったはずなのである。

【*1】神保夏子・上田泰史「回想・音楽夢物語——ピアニスト 高野耀子の時代(後編)」『音楽の友』2018年7月号、131頁。(Web版『ONTOMO』の「日めくりオントモ語録」に一部再掲載)

(ミケランジェリ、ライヴと録音の狭間で②に続きます。2026年11月13日公開予定です)

神保夏子|Natsuko Jimbo

京都市出身。東京藝術大学音楽学部器楽科および楽理科を経て同大学院音楽研究科博士後期課程修了。博士(音楽学)。現在、お茶の水女子大学基幹研究院人文科学系助教。専門分野は近代フランス音楽史、演奏文化史。著書に『マルグリット・ロン 近代フランス音楽を創ったピアニスト』(アルテスパブリッシング)、『コンクール文化論 競技としての芸術・文化活動を問う』(共編著、青弓社)、共訳書に『モーリス・ラヴェル 海賊と時計職人』(音楽之友社)ほか。『[標準版ピアノ楽譜]ラヴェル ピアノ作品集1』(音楽之友社)解説担当。趣味は読書。

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