

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番《ラズモフスキー第1番》,同第8番《ラズモフスキー第2番》
キアロスクーロ四重奏団
〈録音:2025年1月〉
[BIS(D)NYCX10582]SACDハイブリッド
♪商品Linkfireはこちら
ききて・文=鈴木淳史(音楽エッセイスト)
ガット弦を使い、ハイドンやモーツァルト、そしてベートーヴェン作品を鮮烈に奏でるキアロスクーロ四重奏団。モダンとピリオドで強烈な存在感を放つカリスマ、アリーナ・イブラギモヴァがファースト・ヴァイオリンを務め、つねに一体感のある演奏を行なってきた。今回は、ガット弦による演奏について、そしてベートーヴェンの弦楽四重奏曲ツィクルス録音の第4弾となる、第7番と第8番を収めた新譜の話題を中心に、メンバーに話をうかがった(2026年7月9日、王子ホールにて)。
なぜ、ガット弦を選ぶのか
――キアロスクーロ四重奏団は、ガット弦を用いたピリオド的な演奏を行なってきました。最初にこうした奏法にはどうやって巡り会ったのでしょう?
アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン/以下I) ずっと興味をもっていました。そうしたものをたくさん聴いていたのですが、初めて自分でやってみたいと思ったのは2003年です。大学ではバロック・ヴァイオリンも学びました。
エミリエ・ヘーンルント(ヴィオラ/以下H) 大学のときに先生がバロック・ヴァイオリンを弾いていたので、2人で二重奏などをやっていました。
クレール・ティリオン(チェロ/以下T) 大学に入る前、フランスにいるときから興味を持っていました。でも、ボッケリーニを弾いたときに、様式がまったくなっていないと先生に言われてしまったんですね。それで、バロックの様式をより理解するためにヴィオラ・ダ・ガンバを練習し始めたのです。でも、大学ではその楽器の専攻がなかったので、バロック・チェロを学び、その楽器にすっかりハマってしまったというわけです。
シャルロット・サリュースト=ブリドゥー(ヴァイオリン/以下S) 私の場合も彼女と一緒ですね。15歳くらいのとき、コンクールでバッハを弾いたとき、バッハの様式になってないと言われたんです。バロック音楽しか聴かない祖父から録音をたくさん聴かせてもらって、大学に入ってガット弦のヴァイオリンを弾くようになりました。バロックの道に進もうとしたら、あなたには一番向いてないと多くの友人から言われまして、逆にじゃあ、やってやろうと(笑)。
キアロスクーロ四重奏団 Chiaroscuro Quartet
2005年結成。現在のメンバーは、ヴァイオリンのアリーナ・イブラギモヴァ(ロシア出身)とシャルロット・サリュスト=ブリドゥ(フランス出身)、ヴィオラのエミリエ・ヘーンルント(スウェーデン出身)、チェロのクレール・ティリオン(フランス出身)。ガット弦と歴史的な弓を使用し、古典派から初期ロマン派までの作品を主なレパートリーとしている。これまでにロンドンのウィグモア・ホール、ウィーン・コンツェルトハウス、ベルリンのピエール・ブーレーズ・ザール、ザルツブルク・モーツァルテウム、エディンバラ国際音楽祭などに出演。日本や北米でも公演を行っている。録音では、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトらの弦楽四重奏曲を取り上げている。
招聘元WEBページ https://www.eurassic.jp/artist/qur001/
オフィシャルWEBサイト(英語) https://www.chiaroscuroquartet.com/
――スティール弦ではなく、ガット弦を使ったときに、どんなメリットを感じましたか?
I 自然に演奏できますし、楽といえば楽ですね。考えなくていいことがたくさん出てくるので、音楽そのものに集中できるのです。
H スティール弦のときは大変なんですよ。ヴィオラですから、周りの音に埋もれて聴こえないといった心配をいつもしなければならないんです。ガット弦の場合は、音を重ねたときに、楽器のバランスが良くなるので、そんな心配はなくなります。
T スティール弦のときは、ヴィブラートを使ってすべてを美しく聴かせなけれぱならない。でも、均等な音になるんですよね。ガット弦の場合は、すべて自分で音を作らなければなりません。
S スティール弦の場合、均質さというものを求められます。ただし、ガット弦の場合は、楽器のほうからこうしなさいという指示が降りてくるようなところがありますね。それを耳にしながら、自分で音を作っていくことは、ある意味、自分がさらけ出されたような演奏をしなければならない。そして、周りの音をよく聴かなければいけないというのがあります。
――古楽器は、弾いている人の人間性がそのまま出やすいと言われることもありますよね。
H ガット弦を弾くにあたって、自分がコントロールするという意識を手放さなければいけないところはありますね。
T 人間らしさが、より表れるのでしょうね。安定性は少ないかもしれませんが、その脆さを含めて、それが美しさでもあるのです。
――ベートーヴェンを弾く場合、ガット弦よりもスティール弦で弾いたほうがいいと思うようなところはありますか?
全員 ないです(笑)。
S 技術的にはスティール弦のほうが簡単に弾けると思うところはありますけどね!

番号順の録音プロジェクトで見えたベートーヴェン
――ベートーヴェンの弦楽四重奏曲のディスクは、ほぼ番号順にリリースされています。あなたがたの演奏会ではそういった順番では演奏してませんよね。
T レコード会社からのリクエストでした。それは結果的に良かったと思います。ベートーヴェンという作曲家をよく知ることが出来ましたから。初期の作品を演奏し、中期に取り組んだことは、後期作品を取り上げるときに大きなプラスとなったのです。
――今回の新譜には、ラズモフスキーの第1番と第2番が収録されています。みなさんの演奏からは、これらの作品のもつ、ある種の過剰さがよく伝わってきました。この中期の作風は、後期作品には、どのように繋がっていると思いますか
H Op.130(第13番)からは、ラズモフスキーの残像が少し感じられますね
T 私たちは、ベートーヴェンだからこのようなものと考えず、とにかく楽譜を読みます。たとえば、Op.135(第16番)は古典的な作品なので、私たちの音作りもそうなっていくのではないでしょうか。
――弦楽四重奏曲第8番のフィナーレは、ハ長調の主題で始まるプレストの楽章なのですけれど、この曲の流れのなかで、この音楽が最後に登場するとき、少々唐突に感じられるのですが、みなさんはどう思われます?
H ベートーヴェンは、ここで目覚めようということを言ってるような感じがしますね。人間というものは、暗い部分もあるのだけれど、そうしたものから解放されなければいけないといったように。
S ベートーヴェンは、喜びの歌で終わるようなものが多いですよね。こういうやり方がじつにうまく、自然と繋がっていると思いますよ。ある意味、オペラのようなものかもしれません。暗さがあって、突然明るくなる。
――「キアロスクーロ」という名前は、「明暗」という言葉に由来しているそうですが、演奏するにあたっても、コントラストということをいつも念頭に置いてますか?
I もちろん、その強弱やハーモニーといったすべてのコントラストということを考えています。その作曲家がどのように書いているかで、変わってきますが、やはり緊迫感があって、そこからの解放がある。その緊迫感が高くないと、そこからの解放が意味がなくなってしまうのではないかと考えています。
S 戦争の場面が、突然森の中の静かな場面に切り替わるようなオペラ的な部分が、ベートーヴェンの後期作品にも感じられるのではないでしょうか。耳が付いていけないくらい、そのような変化を素早く行なわなければならないとも思っています。
――第13番を演奏するとき、終楽章は大フーガ? それとも後に書き直したフィナーレにしますか?
I 両方やりますよ。プロモーターの意見に合わせることもありますし、そのコンサートのプログラム全体に応じて選びます。
S 大フーガじゃなきゃダメだといったことはありません。真実というものはひとつじゃないと思うんです。
――ハイドンの四重奏曲にも精力的に取り組んでいますが、これからもレコーディングは続きますか?
H ベートーヴェンを完成したら、またハイドンへ戻る予定です。ハイドンは、私たちの人生の一部ですし、最終的には全集を録音できたらと思っています。
――これまではウィーン古典派の録音がほとんどですが、さらに新しい時代のレパートリーを増やしていく予定などはありますか。個人的には、ガット弦によるヤナーチェクの四重奏曲を聴いてみたいと思っているのですけれど。
T ヤナーチェクは大好きなので、いつかやってみたいと思ってたんですよ。
S それ、初めて聞いた(笑)
H シューマンはピアノ五重奏を含めてよく演奏していますし、これからもレパートリーを拡大していく予定はあります。
――ありがとうございました。
取材協力=王子ホール、ユーラシック、ナクソス・ジャパン
キアロスクーロ四重奏団 ベートーヴェン・ツィクルス



①第1~3番 〈録音:2019年6月〉[BIS(D)BISSA2488]
②第4~6番 〈録音:2019年9月〉[BIS(D)BISSA2498]
③第10,13番〈録音:2022年5月〉[BIS(D)BISSA2668]
キアロスクーロ四重奏団 ハイドン・ツィクルス 最新録音

ハイドン:弦楽四重奏曲《ロシア》 Op. 33 第4番-第6番
〈録音:2024年8月〉
[BIS(D)BIS2608(海外盤)]SACDハイブリッド
♪商品Linkfireはこちら
アリーナ・イブラギモヴァ 最新録音

ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第1集
〔第1番~第3番,第5番《春》〕
アリーナ・イブラギモヴァ(vn)セドリック・ティベルギアン(fp)
〈録音:2025年7月〉
[BIS(D)NYCX10601]SACDハイブリッド
♪商品Linkfireはこちら
【最新盤レビュー記事はこちら】

