古楽界の注目レーベル「initié(イニシエ)」代表
ドイツ在住の日本人トーンマイスター、金井哲郎氏に訊く

インタビュー
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来日中にインタビューに応じてくれた金井哲郎氏

 ドイツのドレスデンから古楽のCDを発信している日本人がいる。initié(イニシエ)・レーベルの代表、金井哲郎さんだ。
 筆者がイニシエを知ったのは今年の春。続けて3枚のディスクの新譜月評を担当した。ベルギーのリコーダー奏者デネッカーとベンソンのチェンバロによる『バッハ・イン・デュオ~リコーダーとハープシコードのためのアレンジ集』[ITE001]、そして日本を代表するフォルテピアノ奏者の一人、小倉貴久子による『グンデルスホーフの二つの真珠』[ITE002]と『J・A・シュタイン・スクール』[ITE004]。いずれも演奏の質が高いだけでなく、アルバムのコンセプトや選曲が凝っている。ジャケットもシックで、ダークな地に教会の窓のような形がくり抜かれ、その向こうに景色が見えた。

ききて・文=那須田務(音楽評論)
取材協力=東京エムプラス
写真=編集部

【レーベルの第1弾アルバム】

バッハ・イン・デュオ~リコーダーとチェンバロのためのアレンジ集
〔J.S.バッハ:パルティータ第3番BWV.827,フランス組曲第3番 BWV.814,他〕

パトリック・デネッカー(bfl)ギー・ペンソン(cemb)
〈録音:2021年3月〉
[initié(イニシエ)(D)ITE001]※海外盤,日本語解説付

【公式商品ページはこちら】

トーンマイスターを志すまで

イニシエは2023年9月に最初のアルバム『バッハ・イン・デュオ』をリリースし、つい先ごろ東京エムプラスによる輸入盤の国内流通が始まったばかりの若いレーベルである。
 金井さんはドレスデンの劇場でトーンマイスターを務める一方、同レーベルを主宰し、自ら録音を手掛ける。また、バロック・ヴァイオリン奏者として演奏活動も行なっている。そんな金井さんが来日しているというのでお話を伺った。
 実際にお会いすると、様々なキャリアを積みながらも、どこか青年の面影を残している。早稲田大学在学中にオーケストラでヴァイオリンを始め、その後、東京藝術大学大学院で録音技術を、渡欧してデトモルトの音楽大学のトーンマイスター課程で学び、更にブリュッセル王立音楽院でバロック・バイオリンを学んだという。まず、音楽との関わりから訊いた。

金井 中学や高校の頃から音楽が好きで、吹奏楽部でトランペットやホルンを吹いていました。早稲田大学では人間科学部でコンピュータのプログラミングを専攻していたのですが、とにかく音楽が好きだったのでワセオケ(早稲田交響楽団)に入りました。ヴァイオリンは未経験でしたが、そういう人も結構いるんですよ。
 2006年、3年生の時にワセオケの欧州ツアーに参加して、初めてドイツやフランスへ行きました。その時、やはり僕は音楽が好きなんだと再認識しました。
 録音に興味を持ったはじまりは高校時代です。吹奏楽部の先輩が本格的なマイクで録音していたのがきっかけでした。さらにワセオケの記録係をしていた時、所沢のミューズで録音スタッフの方にいろいろ教えていただいた。もし自分が音楽の世界で生きていくとしたら録音だと思うようになりました。

金井哲郎 Tetsuro KANAI

早稲田大学人間科学部卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程(音楽音響創造分野)修了、同大演奏芸術センター教育研究助手として大学主催公演の収録等の業務に携わった後、2012年に渡独。翌年よりデトモルト音楽大学トーンマイスターコースに学び、学士と修士の学位を取得。2019年にベルギーに移り、ブリュッセル王立音楽院で寺神戸亮氏の下にバロックバイオリンを学ぶ。2023年からドイツのザクセン州立オペレッタ劇場のトーンマイスターを務める傍ら、フリーランスのバイオリン/ビオラ奏者として活動する。
 これまで、中学・高校時代にはトランペットとホルンを演奏し、ヨーロッパでは指揮をGyörgy Mészárosらに、チェンバロをSonia Ferroらに、オルガンをCindy Castillo、通奏低音をXavier Deprezらに師事するなど、幅広い音楽の見識を持つ。
 ピリオド楽器演奏にフォーカスする、日本人によるヨーロッパ発の音楽レーベルinitiéを主宰。日本では東京エムプラスにより輸入盤として流通している。
 ザクセン州立オペレッタ劇場のトーンマイスターとして、これまで「キャバレー」、「不思議の国のアリス」、「SHOW BOAT」など、多数のミュージカル・オペレッタ・コンサート等の音響(PA)オペレートを担当。
 横浜シンフォニエッタのCDレーベル「TOMATONE」の複数作品でプロデューサーを務め、スウェーデンのBIS/Take 5 Music ProductionやベルギーのRamée等にアシスタントとして携わる。
 2017年ベルリン及び2019年ダブリンでのAES学生録音コンペティションアコースティック部門で金賞を受賞。
 2019年、ドイツ学術振興会(DAAD)より、芸術的及び社会的に国際交流に貢献した外国人学生へ送られるDAAD賞を受賞。

(以上、個人ホームページ「About」より)

・個人ホームページはこちら
・「initié(イニシエ)」公式ホームページ(英語/日本語)はこちら

金井 そこで音楽音響学を学べる藝大(東京藝術大学)の大学院修士課程に進みました。ワセオケでは古典・ロマン派の楽曲が中心で、もっぱらモダンの楽器に触れていましたが、藝大にはピリオド楽器の先生や学生がいる。若松夏美先生のバロック・ヴァイオリンの副科クラスに入り、学内サークルのバッハカンタータクラブでもヴァイオリンを弾いていました。
 このクラブでBCJ(バッハ・コレギウム・ジャパン)のヴァイオリン・メンバーと知り合って「今度、神戸の松蔭でBCJがバッハの録音をするから見に来ないか」と誘われました。その現場がすごかったですね。鈴木雅明先生や鈴木秀美先生、若松先生がいて、デトモルトで学んだBISレーベルのトーンマイスターが演奏について「ここはこうした方がいいんじゃないか」と言うと、先生たちが「ここはこうだから、これでいいんだ」とバシバシやり合っている。もうびっくりしました。それまで、録音する人は録音だけをするものだと思っていたんです。

「古楽のことをよく分かっている」トーンマイスターを目指して

金井 藝大の大学院を出てからドイツへ留学し、デトモルトの音楽大学のトーンマイスター養成課程に入りました。せっかく欧州にいるのだからとバロック・ヴァイオリンも続け、ブレーメンなどでマスターコースにも参加しました。
 その頃、フーロリアン・ドイターというバロック・ヴァイオリン奏者が「古楽のことをよく分かっているトーンマイスターがいない」と言うので、「僕ならその隙間を埋められるかな」と思い、ブリュッセルの王立音楽院で寺神戸亮先生に師事しました。ベルギーではバロック・ヴァイオリン奏者としてアンサンブルに参加したり、教会で演奏の仕事をするようになりました。そしてトーンマイスターの資格を得た時に、友人からドレスデンのオペレッタ劇場(シュターツオペレッタ)でトーンマイスターのポストに空きが出たからやってみないか、と誘われたのです。

劇場での仕事は楽しいですか?

金井 とても楽しいですよ。ドレスデン・ミッテ地区にあるオペレッタやミュージカル、オペラを上演する700席ほどの中ホールで、専属の歌手や合唱団、オーケストラがいます。PAの仕事が主で、舞台上のソリストやオーケストラにマイクを設置します。録音と違ってライヴですから、その瞬間に出る音がよくなければならない。
 劇場の仕事はどれほど忙しくても時間が決まっていますからいいですよ。一方で、録音の仕事は際限がない。納得できるところまでとことんやりますから、一枚につき100時間くらい掛かっています(笑)。

「initié(イニシエ)」制作の裏側

自分のレーベルを立ち上げようと思ったのは2019年頃ですね。

金井 古楽をよく知っているトーンマイスターになりたい、と思ってから数年後のことです。自分で音源を作って、売れるものを作りたいと思ったんです。日本やドイツ、ベルギーでいろいろな音楽家と出逢ったことも大きかったですね。でも、自分で企画しなければ何も始まらない。
 今はピリオド楽器にフォーカスしていますが、今後モダン楽器の録音もあるかもしれません。その時は「イニシエ+」など、名前を変えてもいいかなと思っています。

イニシエ(initié)という名前もいいですね。フランス語で秘伝を伝授された人、事情に通じた人という意味ですが、日本人なら「いにしえ」と聞けば古楽を連想する。

金井  僕の妻が考えてくれました。

今はネット配信で音楽を聴く人も多いですが、CDを出そうと思ったのは?

金井 個人的には配信だけでいいと思っていたのですが、演奏家から「モノとしてのCDがあった方がいい」と言われて。コンサートでも売れるから基本的には両方で行きます。小倉先生のようなベテランと若手、とくに若い日本人の古楽アーティストが世界に出ていくきっかけになればいいという思いがあります。

『バッハ・イン・デュオ』プロモーション映像(「initié」公式YouTube)

CDのコンセプトがいいですね。

金井 CDのコンセプトや選曲は、演奏家からの提案が多いですね。目下一人でやっているのでソロや室内楽が中心ですが、機会があればもっと大きな編成もやります。その時々にご縁のあった音楽家と一緒に作っていきたい。

録音で心掛けていることやモットーはありますか?

金井 私の録音では、その曲に相応しい音響を意識するようにしています。例えばバロック音楽は教会で演奏されることを前提に作られた作品が多いですが、王宮のサロンで演奏された曲もあります。先日、ポツダムのサンスーシー宮殿の音楽室を見学してきましたが、決して何百人も入るような大きな部屋ではありませんでした。その規模に適した音量で演奏されたのだろうと思いますし、そういったものに過度な残響は必要ないと思います。
 すべての音源で初演時の部屋や環境を再現したいとまで拘っているわけではありませんが、残響を調整する時には、少なからず初演された部屋や当時の慣習などを意識して制作するようにしています。

ディスクの表面には、ジャケットにも使用される風景画があしらわれている

ジャケットも素敵です。

金井 デザイナーの河端亞弥さんに、ジャケットデザインのベースやレーベルのロゴを作っていただきました。ニューヨークにスタジオを設立したあと東京を拠点に、高い評価を受けている方ですが、バッハカンタータクラブで一緒にヴァイオリンを弾いていて知り会ったのです。最初のアルバム『バッハ・イン・デュオ』で登場するバッハに因んで、彼女が教会の窓のモティーフを提案してくれました。教会の窓からアルバムの演目と同じ時代の風景画が見えるようにして、音盤にも同じ絵を使っています。

窓の向こうに広がるのは、その時代の音楽と物語。そんなイニシエのディスクは、聴き手の想像力を静かに刺激する。古楽を深く知るトーンマイスターであり、バロック・ヴァイオリン奏者でもある金井さんが、音楽家と向き合いながら作り上げるレーベル。これからどんな音楽が届けられるのか、楽しみだ。

1 バッハ・イン・デュオ~リコーダーとチェンバロのためのアレンジ集
〔J.S.バッハ:パルティータ第3番BWV.827,フランス組曲第3番 BWV.814,他〕
パトリック・デネッカー(bfl)ギー・ペンソン(cemb)
〈録音:2021年3月〉
[initié(イニシエ)(D)ITE001]※海外盤,日本語解説付

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2 グンデルホーフの2つの「真珠」~スタインウェイNo.1で弾くシューベルトとヴォジーシェク
〔シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番,ヴォジーシェク:ファンタジー風ソナタ,他〕
小倉貴久子(fp:スタインウェイ第1号 “キッチン・ピアノ” のレプリカ)
〈録音:2023年6月〉
[initié(イニシエ)(D)ITE002]※海外盤,日本語解説付

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3 J.S.バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第4番~第6番 BWV.1017~19
〔+第6番BWV.1019a~第3楽章,第4楽章〕
ジローヌ・ゴーベール(vn)エリザベート・ジョワイエ(cemb)
〈録音:2021年6月〉
[initié(イニシエ)(D)ITE003]※海外盤,日本語解説付

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4 J.A.シュタイン・スクール
〔ヨハン・ゴットフリート・エッカルト,イグナツ・フォン・ベーケ,ベートーヴェン,モーツァルト,ヨーゼフ・ハイドンの作品〕
小倉貴久子(fp:シュタイン様式による1799年製作)
〈録音:2024年7月〉
[initié(イニシエ)(D)ITE004]※海外盤,日本語解説付

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5 パリのベートーヴェン
〔デュポール&リジェル(合作):「小鳥たちのロマンス」によるファンタジーとヴァリエーション,ヴィオッティ:3つのディヴェルティスマン,ベートーヴェン:チェロのオブリガートつきピアノのためのソナタ〕
Duo Yamane〔山根 風仁(vc)山根 友紀(スクエアピアノ)〕
〈録音:2024年12月〉
[initié(イニシエ)(D)ITE005]※海外盤,日本語解説付

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【レーベル最新作予告】

・J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 全曲(F.グリュッツマッハー編曲)
 山根風仁(vc)
 2027年秋リリース予定

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