
文=小室敬幸 (音楽ライター)
「うた」を支える編曲の重要性
普通に考えれば本盤の注目ポイントは、指揮者・原田慶太楼が才能を見出した新鋭ソプラノである熊木夕茉と、原田から彼女を紹介されて本盤でピアノを担った山田和樹という2人になるはずだろう。だが、その前に編曲者(アレンジャー)の重要性について触れておきたい。
武満はその生涯に少なくない数の「うた」(≒ポップソング)を残しており、没後の2000年に出版社ショット・ジャパンから武満徹『SONGS』(SJ 2000/現在は絶版)という20曲を収録したピアノ伴奏譜が出版されている。ところが、そのうち武満自身の編曲は〈うたうだけ〉と〈燃える秋〉の2曲だけ。それ以外の18曲は、ショット社でピアノリダクションなどを数多く手掛けてきたドイツ出身のヘニング・ブラウエルが編曲を担当していた。ところがこのブラウエル編の出来が非常に悪いのである。そのため、武満編の2曲以外の作品とちゃんと向き合うためには、伴奏をどうするか考えるところから始めないといけないのだ。
今回はベテラン勢にアレンジが任されており、7曲を丸山和範、3曲を森山智宏、6曲を松波千映子が編曲している。どれも出来が良いので、この16曲(可能ならプラスアルファを加えて)をショット社から改めて出版してほしいところ。
山田和樹のピアノが包み込む、熊木夕茉の歌
演奏の観点からいえば、山田のピアノと相性が良いことが多いのは松波編曲だ。〈見えないこども〉〈恋のかくれんぼ〉あたりでは、通常の意味での歌と伴奏というバランスではなく、弦楽が包み込むような質感で山田のピアノが熊木の歌を支えていく。これはまさに指揮者ならではの演奏で、他にはかえがたい魅力を放つ。
〈死んだ男の残したものは〉で松波は、一部でメロディのリズムを変えるという大胆なアレンジをおこなっており、好まない人もいるかもしれないが、熊木の声を存分に輝かせたという意味でも本盤の白眉だったと筆者は高く評価したい。
こうした万全の布陣が敷かれているからこそ、新鋭である熊木の魅力がちゃんと伝わってくるのだ。素晴らしい才能ではあるが、その才能は「100年に一度の天才」というような類のものではなく、背伸びしすぎずに等身大の自分がちゃんと保たれているところにあるのではないだろうか。

武満徹のうた SONGS of Toru Takemitsu
〔めぐり逢い,翼,見えないこども,恋のかくれん,小さな空,死んだ男の残したものは,うたうだけ,他(全16曲)〕
熊木夕茉(S)山田和樹(p)水谷晃(vn)
〈録音:2025年6月〉
[デンオン(D)COCQ85658]
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協力:日本コロムビア

