武満徹を読み解く4つのキーワードとおすすめディスク

武満徹の音楽世界特別企画
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SICC85

 特別企画シリーズ「武満徹の音楽世界」! 作曲家・武満徹(1930~96)の没後30年を記念して、その音楽の魅力に迫ります。
 今回の記事は、音楽学者・白石美雪さんによる「キーワードで聴く武満徹」。自然・実験工房・和楽器・平和の4つの観点から、その音楽世界を、おすすめディスク紹介をまじえて紐解いていきます。

Text=白石美雪(音楽学)

自然・実験工房・和楽器・平和から知る音楽世界

今年は作曲家・武満徹の没後30年である。平成から令和へと元号が変わり、時代も社会の空気も変わった。今回は初めて武満に触れる聴き手も想定しながら、彼の音楽を味わうヒントを4つのキーワードで探りたい。

————–ここまで無料公開————–

自然——水、星、庭

武満徹をひもとく最初のキーワードは「自然」だ。雨が集まって河となり、やがて海へと注がれる水の循環を映し出す「水」のシリーズ、樹と草を配置した庭の巡り歩きをイメージした「庭」のシリーズ、天体や星座の形を転写した「星」のシリーズなど、武満の作品には自然との交感が数多く刻まれている。かつて東京がめざましく都市化していった時代に「自然と人間は本性において一つ」と信じて疑わなかった武満の自然観は、懐古的なロマンティシズムにみえた。ところが、自然が自ら浄化できないほど破壊され、絶望的な状況の中での再生が模索されるようになってみると、彼の素朴な信念がどれほどかけがえのないものだったのかに気づかされる。「環境の世紀」とも喧伝された21世紀の地球は、いまや異常気象の猛威にさらされている。もう1度、彼の音楽にじっくり耳を傾けて、自然との関係を結びなおす感受性を呼び覚ましたい。

1 タッシ・プレイズ・武満徹
〔カトレーンⅡ,ウォーターウェイズ,ウェイヴズ〕
タッシ〔リチャード・ストルツマン(cl)ピーター・ゼルキン(p)アイダ・カヴァフィアン(vn)フレッド・シェリー(vc)〕バーバラ・アレン,ナンシー・アレン(hp)デイヴィッド・フロスト,リチャード・フィッツ(vib)ロナルド・ボロア,リチャード・チェンバレン(tb)ロバート・ラウチ(hrn)デイヴィッド・フロスト(ds)
〈録音:1978年10月〉
[RCA(S/D)BVCC37483]CD ※現在取扱なし
[Sony Classical]配信

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2 武満徹/室内楽作品集成 2
〔海へ,マスク,ヴォイス,巡り,ディスタンス,アントル=タン〕
ピエール=イヴ・アルトー(cl)佐藤紀雄(g)ジェフリー・クレリン(ob)宮田まゆみ(笙)アルディッティ四重奏団〔アーヴィン・アルディッティ,デイヴィッド・アルバーマン(vn)レヴァイン・アンドレイド(va)ロハン・デ・サラム(vc)〕
〈録音:1988年10月,89年9月〉
[フォンテック(D)FOCD9227]CD

 「水」のシリーズなら『タッシ・プレイズ・武満徹』【ディスク1】。タッシはもともとメシアンの《世の終わりのための四重奏曲》を演奏しようと、ピアノのピーター・ゼルキンやクラリネットのリチャード・ストルツマンらが1973年に結成したアメリカのアンサンブル。彼らが初演した《カトレーンⅡ》と「水」のシリーズの《ウォーターウェイズ》と《ウェイヴズ》がまとめられた録音は、音の色彩感といい、余韻を残す息づかいといい、武満らしい音響空間が楽しめる。『武満徹/室内楽作品集成 2』【2】に収録された《海へ》はより円熟した筆致による海の素描。SEAを音名に読み替えたミ♭・ミ・ラを象徴的に用いながら、ピエール・イヴ・アルトーのアルト・フルートが息の長いメロディをやわらかい響きで紡ぐ。「星」のシリーズなら北村朋幹の『アステリズム』【3】。まさに「星群・星座」をテーマとする前衛作品を集めたアルバムの冒頭を、北村は武満作品で飾った。

3 アステリズム
〔武満徹:アステリズム,フォー・アウェイ,ベリオ:セクエンツァ IV,シュトックハウゼン:ピアノ曲 IX,メシアン:峡谷から星たちへ…~第9曲〈マネシツグミ〉,八村義夫:星辰譜〕
北村朋幹(p)井上道義指揮 札幌so,林悠介(vn)野本洋介(vib)西久保友広(チューブラーベル)
〈録音:2024年4月,5月,11月(一部L)〉
[フォンテック(D)FOCD9932]CD

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♪このディスクの「新譜月評」紹介ページはこちら(評者:白石美雪さん、長木誠司さん)

実験工房

武満は20代の頃、美術評論家で詩人の瀧口修造を信奉するグループ「実験工房」のメンバーとして活動した。瀧口は日本におけるシュールレアリスムの第一人者。《遮られない休息》【4】や《妖精の距離》【5】といった器楽曲は瀧口の詩からタイトルをつけている。武満は若いころ、図形楽譜やテープ音楽にも取り組み、音楽のシュールレアリストをめざした。実験工房は音楽家ばかりでなく、美術家や写真家、映像作家も参加していたミクスト・メディアの芸術家集団。芸術全般にわたる武満の幅広い視野はこの時期に培われた。

4 武満徹/ピアノ作品集
〔雨の樹素描,閉じた眼,フォー・アウェイ,ピアノ・ディスタンス,遮られない休息,2つのレント〕
藤井一興(p)
〈録音:1982年12月〉
[フォンテック(D)FOCD9555]CD

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5 他人の顔
〔シマノフスキ:神話,ファリャ:スペイン舞曲第1番,クライスラー:愛の喜び,愛の悲しみ,武満徹:妖精の距離,「他人の顔」ワルツ,他〕
石上真由子(vn)江崎萌子(p)
〈録音:2025年4月〉
[キング(D)KICC1631]CD

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♪このディスクの「新譜月評」批評ページはこちら(評者:山野雄大さん)

若い頃から仲間とともに一つのものを作り上げる作業を好んでいた武満は、のちに黒澤明監督の『乱』や今村昌平監督の『黒い雨』など、映画音楽にも傑作を残す。大事なことは自分一人でオリジナリティを追求することではなく、価値あるものを多くの人と作り上げること。この「協働」の発想は、1970年の大阪万博で手掛けた日本鉄鋼館スペース・シアターの音楽監督、71年から20年に渡って継続した現代音楽祭〈ミュージック・トゥデイ〉などのプロデュース活動の原点ともなった。ちなみに、スペース・シアターのために作られた武満の《クロッシング》、高橋悠治《エゲン》、クセナキスの《ヒビキ・ハナ・マ》は『スペース・シアター:EXPO ’70鉄鋼館の記録』【6】で聴くことができる。

6 スペース・シアター/EXPO’70鉄鋼館の記録
〔武満徹:クロッシング,高橋悠治:エゲン,クセナキス:ヒビキ・ハナ・マ〕
小澤征爾,若杉弘指揮日本po,東京混声cho女声部,高橋悠治(p・チェレスタ)安倍圭子(vib)伊部晴美(g)木村茉莉(hp)
〈録音:1969年11月,70年4月〉
[RCA(S)SICC1840]CD

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和楽器——琵琶、尺八、雅楽

ニューヨーク・フィルハーモニック125周年記念として委嘱初演された《ノヴェンバー・ステップス》は伝統音楽にはなかった尺八と琵琶の出会い、和楽器とオーケストラの出会いを演出して新機軸を打ち出した異色作だった。当時、諸井誠や柴田南雄など日本の前衛作曲家たちは新しい音素材としての和楽器の魅力を再発見し、西洋の楽器と掛け合わせた編成の音楽を試行錯誤していたのである。委嘱の仕掛け人だった小澤征爾はこの曲を生涯に3度、録音した。第1回の録音は世界初演からまもなく収録されたトロント交響楽団との共演で、鶴田錦史(琵琶)と横山勝也(尺八)は余韻を楽しみながら演奏している【7】。鮮烈なのは3回目のサイトウキネン・オーケストラによる録音。冒頭の一節から艶やかで官能的な音楽が繰り出され、暗い色調を保ちながら、速めのテンポでうねりを生み出す。初演者2人の独奏にはかつてより枯淡の味わいが加わった【8】。このアルバムにカップリングされている《エクリプス》は鶴田、横山の2人による和楽器の二重奏。どちらも図形楽譜で2つの楽器が互いに光と影となって照らし合い、異質な世界が蝕(エクリプス=一つの天体がもう一つの天体を隠すこと)を起こしている。

7 武満徹:ノヴェンバー・ステップス
〔+アステリズム,グリーン,弦楽のためのレクィエム,地平線のドーリア〕
小澤征爾指揮トロントso,鶴田錦史(琵琶)横山勝也(尺八)高橋悠治(p)
〈録音:1967年12月,69年1月〉
[RCA(S)SICC10481]SACDハイブリッド

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8 武満徹:ノヴェンバー・ステップス
〔+エクリプス(蝕),ア・ストリング・アラウンド・オータム〕
小澤征爾指揮サイトウ・キネンo,横山勝也(尺八)鶴田錦史(琵琶)今井信子(va)
〈録音:1989年9月,90年8月〉
[デッカ(D)UCCD46108]CD

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♪このディスクの「不滅の名盤300」紹介ページはこちら(執筆:白石美雪さん)

 和楽器による作品といえば、武満は雅楽の新作も書いた。1973年に国立劇場の委嘱で作曲した《秋庭歌》、さらに5曲を加えて完成させた《秋庭歌一具》である。後者は4つのグループに分けられた楽器が舞台上に配置され、音響がこだまするような独特の音響空間を生み出し、旋法に基づくメロディに微分音程を交えたハーモニーで彩りながら、50分近い大作となっている。決定盤は芝祐靖率いる伶楽舎の録音【9】。ここでも「自然」との交わりが探究され、秋から初冬への季節のうつろいが映し出される。秋は武満がとくに好んだ季節だ。じつは《ノヴェンバー・ステップス》も秋から冬に至る季節を描いていた。

9 武満徹:雅楽《秋庭歌一具》
〔参音声,吹渡,塩梅,秋庭歌,吹渡二段,退出音声〕
伶楽舎
〈録音:2001年4月~5月〉
[ソニー・レコーズ(D)SICC85]CD

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平和

武満は20世紀後半の日本を生き抜いた。少年時代に第二次世界大戦を経験。戦争による荒廃のなかで外国のうたを聴き、この世のものとも思えない美しさにうたれて、作曲家になろうと決断したそうだが、このエピソードは多かれ少なかれ、同世代の音楽家の想いを代弁している。終戦によって価値観が根底から覆され、次の時代の文化を自分たちの手でゼロから作り出さなければならなくなった若者たちは、欧米の芸術や音楽に憧れの目を向け、貪欲に吸収した。武満は作曲の筆をとったその日から海外の新しい音楽へと窓を開き、自らの作品を通じて日本の創作を方向付けていく時代の羅針盤となったのである。

武満が作曲を「祈り」もしくは「愛の行為」と述べた背景には、「平和」への強い想いがあった。ベトナム戦争のさなかに書かれた《死んだ男の残したものは》【10】は谷川俊太郎の詩にメロディをつけた反戦歌だ。そもそも武満にとっては作曲の筆を握り、音楽について語り、明日の文化を考えることそのものが、戦争を二度と繰り返さない決意の表明だった。そうした想いを込めて、彼はうたを書き続ける。武満自身が作詞作曲した《翼》は空を見上げながら、「夢」「希望」「自由」を謳う。ささやくような石川セリの録音は物憂げな歌いまわしに切なさを滲ませながら、澄んだ響きで憧れをかきたてた【11】

10 地球はマルイぜ~武満徹/SONGS
〔燃える秋,素晴らしい悪女,さようなら,死んだ男の残したものは,MI・YO・TA,他〕
林美智子(vo)野平一郎(p)大萩康司(g)松野弘明,篠原友子(vn)篠﨑友美(va)木越洋(vc)
〈制作:2008年〉
[ビクター(D)VICC60659]CD

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11 武満徹/ポップス・ソング
〔小さな空,翼,死んだ男の残したものは,○と△の歌,見えないこども,他〕
石川セリ(vo)服部隆之指揮コシミハル(keyb・アコーディオン)フェビアン・レザ・パネ(p)豊嶋泰嗣(vn)八木のぶお(ハーモニカ)他
〈録音:1993年12月~95年9月〉
[デンオン(D)COCY78624]CD

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白石美雪(しらいし・みゆき)

音楽学、音楽評論。専門は20世紀前衛音楽史および近現代の日本の作曲家研究。ジョン・ケージの音楽を出発点とする研究に加え、批評活動を通じて現代の創作や日本の音楽状況について考察してきた。近年は明治から昭和に至る日本の音楽評論の成立を研究。著作に『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』(第20回吉田秀和賞受賞)、『すべての音に祝福を』、『音楽評論の150年 福地桜痴から吉田秀和まで』。武蔵野美術大学教授。

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