【連載】女性作曲家に魅せられて 第6回

エレーヌ・ド・モンジェルーに魅せられて 録音編/谷戸基岩

女性作曲家に魅せられて連載
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エレーヌ・ド・モンジェルー①
エレーヌ・ド・モンジェルー

音楽評論家・谷戸基岩氏と音楽学者・小林緑氏によるリレー連載、第6回のテーマは、エレーヌ・ド・モンジェルー(1764~1836)です。
フランス革命期に活躍した貴族出身の作曲家で、愛国歌の即興演奏で恐怖政治の難を逃れ、やがてパリ音楽院の初期の教授を務めるなど、動乱の時代を力強く生き抜いたことで知られます。その音楽世界とは、どのようなものでしょうか?
今回も小林緑氏による生涯・作品編とディスクを通じてその魅力に迫る谷戸基岩氏による録音編を加えた2部構成でお届けします。

※「生涯・作品篇」は有料会員限定コンテンツです。「録音篇」はどなたでもお読みいただけます

発掘の狼煙と、相次ぐ録音のリリース

確かにエレーヌ・ド・モンジェルーという女性作曲家の楽譜は20世紀末にポツポツと出版されてはいたが、その録音史はジェローム・ドリヴァルの労作『エレーヌ・ド・モンジェルー、侯爵夫人とラ・マルセイエーズ』(Symétrie 2006)の出版をきっかけに始まったといっても過言ではあるまい。それと連動する形で『サン=サーンス/オルガン曲とモテット全集』や『ルフェビュール=ヴェリ/オルガン作品集』といった実に貴重で重要な録音をものしていたEditions Hortusレーベルから2枚のCDが発売された。

ブルノ・ロビリャールによる『侯爵夫人とラ・マルセイエーズ~練習曲集、ファンテジー、ソナタとフーガ』[HORTUS048]①とニコラ・スタヴィによる『ロマン派ピアノの源泉に~練習曲集とソナタ』[HORTUS058]。それぞれソナタ1曲(前者は嬰ヘ短調op.5-3、後者はヘ短調op.5-2)と『ピアノ教育大全』からの練習曲と小品(ファンテジー、フーガなど)を集中的に収めたものだった。ドリヴァルの肝いりで制作されたCDであり彼は自らライナートも記している。その中でもし総数114に及ぶ「練習曲」にモンジェルーが「夜想曲」、「間奏曲」、「無言歌」、「性格的小品」といったタイトルを付けていたら、これらの曲はもっと人気を博したのではないかとドリヴァルは惜しんでいる。確かにこれら表情豊かな作品の数々は「練習曲」と一括りにされていなければロマン派の先駆けとしてもっと早い段階で評価されていたに違いない。

その後しばらく新録音が途切れた後、2017年にイスラエル出身のエドナ・スターンによる新録音がOrchid Classicsから発売された。『エレーヌ・ド・モンジェルー』[ORC100063]。1860年製のプレイエル・ピアノを使用していた。ここでも《ソナタ嬰ヘ短調op.5-3》と12曲の練習曲、《主題と変奏》(『ピアノ教育大全』より)を収録。ただ残響の多い録音で、フランス音楽の特性である明晰さが減じているのは何とも残念な結果だった。また2022年にはイギリスで精力的に活動を続けるピアニスト、クレアー・ハモンドが練習曲だけにスポット・ライトを当て29曲録音した『エレーヌ・ド・モンジェルー/練習曲集』[BISSA2603]②を発表している。

こうしたモンジェルー作品に特化したCD以外にも、ドリヴァルの著作及び彼が関与した録音のお陰で、2010年代後半からは様々な女性作曲家のピアノ曲アンソロジー、あるいは初期のピアノ練習曲のアンソロジーでモンジェルーが取り上げられるようになって行った。例えば前者ならロラン・マルタンによる『特別な女性作曲家たち』[Ligia Digital  Lidi 0103341-19)、マリ=カトリーヌ・ジロの『女性の視座』(Mirare574)、サラ・ケイヒルの『未来は女性~第3集アット・プレイ』(FHR133)、後者ならアンナ・ペトロヴァ=フォルスターによる『練習曲の誕生』[Toccata Next TOCN 005]などがある。ところで《ピアノ・ソナタ イ短調 op.2-3》はヴァイオリン・パートを伴っているが、その世界初録音をしたのがソフィー・ローザ(ヴァイオリン)とイアン・バックル(ピアノ)のデュオ・チーム。『モンジェルー、ヴィオッティ/ヴァイオリン・ソナタ集』[Rubicon RCD1056]③と銘打ったアルバムには他に同時代者であるメンデルスゾーンとウェーバーのソナタが含まれている。

大いなる衝撃——ニコラス・ホルヴァートの『ピアノ・ソナタ全集』

しかしながらここまでの録音を耳にしてそれなりに凄い作曲家という認識ではあったものの、正直に言ってどうしてもこの作曲家に拘らなくてはと思わされることは無かった。そんな私に転機をもたらした圧倒的な録音がニコラス・ホルヴァートによる『ピアノ・ソナタ全集』[Grand Piano GP885-86]④だった。『レコード芸術』誌2022年1月号の「海外盤Review」で紹介させていただいたが、私は脳天をかち割られたかのような衝撃を受けた。モンジェルーの音楽はこんなにも激しく、刺激的で、ポップな感覚にも満ちているのか……このノリで演奏したから《ラ・マルセイエーズ》の主題による即興演奏を披露してギロチン台での処刑を免れ得たのか、と納得させられた。わけても《ヘ短調op.1-3》の第2楽章のビートが効いた激しくスリリングな曲調と演奏が圧倒的だ。パリ音楽院ピアノ科教授に任命された1795年に出版されたこの曲だけでも「革命によってフランス音楽は衰退した」という言説は余りにも一面的なものの見方であると納得させられた。

その後、「ソナタ全集」としてはシモーネ・ピエリーニが19世紀初頭のウィーンの製作者ヨハン・ハーゼルマン(活躍時期1811~20)のピリオド楽器で演奏したものがブリリアント・クラシックスから発売された[Brilliant Classics 96247]⑤。演奏者のピエリーニはライナーノートの中でモンジェルーがこれら作品に込めた意図を正しく理解するためには同時代の楽器を使うことが重要なポイントとなると記している。ロマン派音楽の大胆な預言だったのか、それとも18世紀後半の様式の拡張だったのか? 確かにそれは重要だ。とはいえ最初のop.1は1795年、最後のop.5は1811年の出版。この16年間にピアノという楽器に起こった変化も馬鹿にならないことはベートーヴェンのソナタのケースを考えれば明らかだ。ピエリーニの演奏も刺激的で良いのだが、もっとこの時代の多様な、異なるタイプの楽器で演奏されることがモンジェルーの場合には必要と思われる。そして同時に作品の持つ熱量を演奏者がしっかり伝えるようなモダン・ピアノによる演奏ももっと聴きたいものだ。

隠れた名盤——『アマデウスと皇后』

今回、本稿のために自宅の女性作曲家のCD棚を整理していてその重要性に気づいたのが『アマデウスと皇后~モンジェルー、モーツァルト』[ATMA Classique ACD22885]⑥と題された1枚。エリザベト・ピオン(ブロードウッド1826年製ピアノ)とマチュー・リュシエ指揮アリオン・バロック・オーケストラによる録音。よりによってモーツァルトのピアノ協奏曲(第24番)とのカップリング、しかも演奏者の思わせぶりな表情のポートレートがジャケットでイマイチの印象を持ってしまったのがまずかった。しかしここにはモンジェルーがヴィオッティの2つの《ヴァイオリン協奏曲》から編曲した《ピアノ協奏曲 変ホ長調》が収められているではないか! 1786年の作品で、第1、2楽章は《ヴァイオリン協奏曲第6番 ホ長調》、第3楽章は《同第4番 ニ長調》から編曲している。時代を画したヴィルトゥオーゾの協奏曲に臆することなく思い切り手を加えているあたりが凄い。二人の作曲家のオーケストレーションに対するセンスの違いも面白い。本CDがさらに面白いのは指揮者のリュシエが《ファンテジー》の一部とメタスタージオの詩に基づく《6つの夜想曲》からの2曲(第3、6曲)をオーケストラ用に編曲し、《序曲「皇后」》として録音していること。断頭台の露と消えたマリー=アントワネットとその音楽的才能によって処刑を免れたモンジェルーの思いが交錯するような曲に仕上がっている。

これまでの連載で取り上げた全ての女性作曲家の作品を含んでいるパラツェット・ブル・ザーネによる8枚組のアンソロジー『COMPOSITRICES フランスのロマン派期女性作曲家たちに光を』[Bru Zane BZ2006]⑦にも生年が最も古い作曲家としてモンジェルーは登場。《ピアノ・ソナタ ヘ短調 op.5-2》がミハリー・ベルツによる演奏で収められている。

最新の推薦盤——『天啓を受けた女性作曲家の肖像』

さて最近聴いた中で何と言ってもお奨めしたいのは本誌4月号の新譜月評レヴューで紹介した『天啓を受けた女性作曲家の肖像、エレーヌ・ド・モンジェルー』[Seuleyoile SE09]⑧。マーシャ・ハジマーコスがウィーン出身、パリで活躍したアントワーヌ・ノイハウスAntoine Neuhausが1817年に製作した5オクターヴ半の音域を持つスクエア・ピアノを弾いているのだが、4つのペダル(フォルテ、チェレステ、リュート、ファゴット)を実に効果的に使い分けて演奏し、聴き手を飽きさせない。メゾソプラノのベス・テイラーによる歌曲集《6つの夜想曲》op.6が聴けるのも魅力だ。(このCDのおかげで先の《序曲「皇后」》の曲を特定できた!)

今回、改めて聴き直しながら思ったことを最後に記したい。ドリヴァルの労作が登場した2006年から20年ほどの間に18世紀のフランス・クラヴサン楽派の知られざる作曲家たちの録音が次々と発売された。またドゥシーク(ドゥシェク)をはじめとしてフランスに出稼ぎに来た外国の音楽家たちも少なからずいたが、彼らの鍵盤作品の録音も充実してきた。イギリスと並ぶ音楽消費の中心地であったフランスで、貴族たちに仕えるための過当競争の中で作曲家たちは表現の可能性を徹底的に探究し、創意工夫を究極の段階まで推し進めていたことが判る。しかしそれらは革命により貴族社会が市民社会へと変化して行く中で新たな消費層の理解に忖度しなければならなくなってしまった。その結果として、より判りやすく単純化されたものが探求されて行ったのだ。幸いなことにモンジェルーは貴族社会の一員(売り込まれる側)であったがゆえに、そんな時代に生きながらも先進的な音楽の在り方をしっかり保持しつつ、新しい時代に適合させていった稀有な作曲家だったのだ。

ひとつ、より正確を期するために訂正を。作曲者の名前の日本語表記に関する問題だが……本年4月号の『天啓を受けた女性作曲家の肖像』の新譜月評に記したように「Montgeroult」のカタカナ表記は「モンジェルー」が正しい。たしかにgeroultは一見「ジュルー」と読むのが正しそうだ。しかし実際にフランス語として発音してみると(特に r の音)、どうにも発音しづらいし、また聴き取りづらい。私が「モンジェルー」とする根拠としては、「ガテニョ・メソド」の発音一覧表には e はアクサンが無くとも「è」あるいは「é」と同じ発音になる可能性が記してある。より詳しくは小林緑による本文を参照されたい。

2026年7月14日(フランス革命記念日)

(文中敬称略)

「エレーヌ・ド・モンジェルーに魅せられて 生涯・作品編」はこちら

谷戸基岩(やと・もといわ)

1953年甲府市生まれ。1976年から18年半にわたり日本コロムビア、ワーナー・パイオニアにてクラシック音楽の日本盤編集・編成・宣伝作業に携わる。1995年から音楽評論家。30年で約7,000のコンサートに通うとともに多数の輸入盤CDを蒐集。2002年より「知られざる作品を広める会」を主宰。2003年~2024年尚美学園大学非常勤講師。第18、19回日本ハープ・コンクール審査委員長。共著に『古楽CD100ガイド』、『女性作曲家列伝』。

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