【連載】女性作曲家に魅せられて

第5回 メル・ボニスに魅せられて 生涯・作品編/小林緑

女性作曲家に魅せられて連載
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音楽評論家・谷戸基岩氏と音楽学者・小林緑氏によるリレー連載、第5回のテーマは、メル・ボニス(1858~1937)です。波瀾に満ちた人生と豊かな作品を残しながら、20世紀の音楽史からほぼ姿を消し、近年になって劇的な再発見を遂げた作曲家について、今回も小林緑氏による「生涯・作品編」とディスクを通じてその魅力に迫る谷戸基岩氏による「録音編」を加えた2部構成でお届けします。

Mel Bonis(1858~1937)

メル・ボニスに魅せられて

私はかれこれ30年以上にわたり女性作曲家の復興運動を追ってきたが、今振り返ってその中で最も急激に再評価の機運が高まった作曲家は恐らくフランスのメル・ボニスではないか。しかも1999年度国立音楽大学長期国外研究による1年間のフランス滞在がその胎動時期と重なったのだ。作曲家の活動を制約した時代の女性規範との葛藤を体現している点でもまことに興味深く、作品の美しさによっても、近代フランス音楽史の幅を広げる恰好の材料となろう。この女性については訪仏以前から、ピアノ曲のCD1枚、そしてアーロン・コーエン編纂の女性作曲家事典や『ニュー・グローヴ女性作曲家事典』を通してうっすらと承知していた。ところがパリ到着後すぐ、「女性教授・作曲家連盟 Union des Femmes Professeurs et Compositeurs 」を介して、当のメル・ボニスの曾孫に当たるクリスチーヌ・ジェリオのと知り合ってから、人間関係や情報の環が拡がり、およそ100 年近く忘却の淵に沈んでいたひとりの女性の像を、私の脳裏にある程度はっきり思い描けるようになったのである。

メル・ボニスの曾孫クリスチーヌ・ジェリオ

その劇的な生涯

メル・ボニスという名は、上流階級の実業家夫人、かつ女性という出自をぼかすために出版に際して用いたペンネーム。正式にはマダム・アルベール・ドマンジュと呼ばれ、旧姓をメラニー・ボニスといった。1858年、音楽とは無縁のつましい中流階級の生まれ。幼くして楽才を発揮したメラニーは、セザール・フランクの薦めでパリ音楽院に入学、同期生にドビュッシーやピエルネがいるなかで、ピアノ、和声、対位法などで一等賞を得た極めて優秀な生徒だった。しかしもともと娘の音楽院入りに消極的だった両親の意に従い音楽院を中退、25歳の時に、結婚歴2回、すでに5人の子持ちである22歳年長の実業家、アルベール・ドマンジュ Albert Domange(1836~1918)と結婚。しばらくは自ら産んだ3子を加えた大家族の主婦業に専念し、子供の養育の手が離れてから作曲を本格的に再開する。世紀末から第一次世界大戦前後までが創作の最盛期にあたり、オペラを除くピアノ、オルガン、歌曲、室内楽、合唱曲、管弦楽曲、宗教曲と多岐にわたるその作品はおよそ 300を数えた。音楽院を途中退学したのは、歌手志望の音楽院仲間と恋仲になったところ、その結婚を断固阻止したい両親が、娘を恋人からを引き離すべく急遽ドマンジュとの結婚話を整えたためだったが、結婚後再会したその初恋の相手アマデ・エティック Amadé Landly Hettich(1856~1937)の励ましと勧めにより、メラニーは新たに作曲への意欲をかき立てられる。音楽評論と詩作にも優れたエティックは、メル・ボニスの歌曲9編の詩の提供者ともなったのだが、しかしそのエティックとのあいだに41歳にして不義の娘マドレーヌを設けたという罪の意識からか、晩年10年間は不眠と神経症に冒されてほとんど寝椅子に身を横たえたまま、そして1932年に最愛の末息子エドゥアールが仕事先のカイロで急死するという悲運に見舞われてのちは、もっぱら宗教的合唱曲とオルガン曲に専心、79歳で帰らぬ人となった。メラニーの跡を追うように、エティックも数日後に世を去ったといわれる。1918年の夫の死後、自邸に住まわせていたマドレーヌとエドゥアールが相愛の仲になるという思いもかけぬ事態に、止むなく二人だけに出生の秘密を打ちあけて結婚を阻止したというメロドラマさながらの出来事も、すでに劇的なその生涯の陰影を一層深めている。そのメル・ボニスの、後期ロマン派の精妙な和声法と豊かな旋律性、官能的な音響を特徴とする音楽が当時の重要な出版社から公刊され、主だったコンサートでもしばしば取り上げられていたのに、現行の音楽史書の中で全く無視されているのは一体何故なのか。これを探る前に再発見のプロセスをざっと記しておこう。

パリ音楽院時代
1906年

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