【連載】女性作曲家に魅せられて

第5回 メル・ボニスに魅せられて 録音編/谷戸基岩(無料公開)

女性作曲家に魅せられて連載
この記事は約10分で読めます。

音楽評論家・谷戸基岩氏と音楽学者・小林緑氏によるリレー連載、第5回のテーマは、メル・ボニス(1858~1937)です。波瀾に満ちた人生と豊かな作品を残しながら、20世紀の音楽史からほぼ姿を消し、近年になって劇的な再発見を遂げた作曲家について、今回も小林緑氏による「生涯・作品編」とディスクを通じてその魅力に迫る谷戸基岩氏による録音編を加えた2部構成でお届けします。

40歳前のメル・ボニス

フルート作品を通じた最初期の復興運動

メル・ボニスのCD録音歴を追っていくと、その復興運動の推移が垣間見えてくる。ある私家盤がそのことを象徴している。それは復興運動の立役者だったエバーハルト・マイヤー(1937~2005)が1997年に自ら録音した「室内楽作品集」。このマイヤーがメル・ボニスの作品をもっと演奏したいと欲して、この女性作曲家の末裔であるジェリオ家にコンタクトを取らなかったら、恐らくその復興運動は大幅に遅れていたかもしれない。大恩人なのである。本職は医者でチェリストでもある彼はケルン・メル・ボニス・アンサンブルというグループを率いて《フルート・ソナタ》、《ヴァイオリン・ソナタ》、《ピアノ四重奏曲》をほとんど自費出版に近い形で録音・制作している。さらに《組曲》Op.59、《古風なスタイルによる組曲》Op.127、《七重奏曲-幻想曲》Op.72の3曲を録音した本格的な2枚組『メル・ボニス1858-1937、フランスの室内楽』①という形でも再発売している。マイヤーの妻、イングリットはフルート奏者で、一部の録音にも参加。その影響もあってか、ドイツ、ラインフェルデンのEdition Kossack社からフルート関係の楽譜が集中的に発売されている。それらを包括的に取り上げたのがHänssler Classicsから2008年に発売された『メル・ボニス、女性フルート奏者』[CD 93.204]。その時点で既にかなり録音が多くなっていた《ソナタ》はもはや含まずその他の9曲が含まれており、楽譜の宣伝も担っている。タチアナ・ルーランド(フルート)とフローリアン・ヴィーク(ピアノ)を中心としたアンサンブルによる演奏。このようにまずはフルート業界を通じてメル・ボニスの名前を広めるという作戦は大変有効だった。そうそう忘れてはいけない。2003年にコジマ録音から発売された『メル・ボニスに捧ぐ』[ALCD-9047]②と題したザビーネ・ザイフェルト(フルート)と渡辺由美子(ピアノ)による一枚。ゴベール、シャミナード、フォーレ、ブランジェといった同時代の作曲家とともにメル・ボニスのソナタと小品4曲が収められている。このようなCDが復興運動の比較的初期段階において日本で制作されていたのは快挙だった。

①『メル・ボニス1858-1937、フランスの室内楽』
②『メル・ボニスに捧ぐ』[ALM]

スイスから始まった録音の波

ところで最初期の録音にはスイスで制作されたもの、同国のアーティストが演奏しているものが多い。先述のエバーハルト・マイヤーがスイスのフルート奏者、オーレル・ニコレに積極的に奨めたこと、自国も含め女性作曲家の復興運動を熱心に手掛けたイレーヌ・ミンダーの存在など様々な要因が考えられる。ミンダーは2000年にベルンでメル・ボニスを中心に据えた女性作曲家の音楽祭を開催してもいた。

まず1996年スイスのRELIEFレーベルから発売された『メラニー・ボニス:ピアノ作品集』[CR961040]。恐らく世界初録音の曲ばかりだった。マドレーヌ・ステュッキの演奏は今日のものとは全く異なる解釈が随所に聴かれ却って面白い。特に《メヌエット》における個性的なアッチェレランドなど驚かされる。ニコレの門下生にしてバーゼル音楽院教授フェリックス・レングリが当時の重要な廉価盤レーベルDiscover Internationalに《フルート・ソナタ》をカプレ、ゴベール、ラヴェルの作品とともに録音している。また同曲を含むスイスPan Classics盤『フルートとピアノのためのフランス音楽集』(カスパール・ツェンダーによる演奏)もあった。その後も同国のDORON Musicレーベルから2006年に『声楽作品集、23のメロディ』[DRC 5026]③が、また2013年にはGALLOレーベルから『夜と朝~メル・ボニス:フルート、チェロとピアノのための作品集』がリリースされている。特に前者は録音が少ないだけに貴重だ。

一方、フランスでの録音は当初Voyce of Lyrics社からのものが中心だった。ロシアの名手リューボフ・チモフェーエワが同社の「女性作曲家シリーズ」の1枚として『ファランク、グレンダール:ピアノ曲集』に続いて1998年に『メル・ボニス:ピアノ小品集』[VOL C 341]④を録音している。《伝説の女性たち》からの3曲(〈メリザンド〉、〈デズデモーナ〉、〈サロメ〉)、〈傷ついた大聖堂〉、〈メヌエット〉、〈黄昏に〉など。私や小林緑もこのCDを聴いてもっとピアニストたちに弾いてもらいたいと思うようになった。復興運動の初期段階でこのメカニックのしっかりした録音が登場したのは大きかった。同レーベルからは他にも『宗教的声楽作品集』[VOL C 345]、エルフリーダ・アンドレー、ナディア・ブランジェとカップリングされた『オルガン作品集』[VOL C 343]といった競合盤のほとんど無い貴重な録音が相次いだ。

③『声楽作品集、23のメロディ』[DRON music]
④『メル・ボニス:ピアノ小品集』[Voyce of Lyrics]

ロラン・マルタンの功績

そしてアルカン、オンスロウ、ボエリをはじめ知られざるフランスのピアノ音楽に心血を注ぐロラン・マルタンはメル・ボニスの復興運動にも大きく貢献した。Voyce of Lyricsには1998年に『3つのソナタ(フルート、ヴァイオリン、チェロ)』[VOL C 342]⑤、2000年には『ピアノ四重奏曲集』[VOL C 344]を録音。その後はLigia Digitalレーベルに『黒いダイヤモンド~舞曲集』[Ligi 0103298-16]⑥、『守護天使~ピアノ作品集』[Ligi 0103181-07]、そしてクロディーヌ・シモンとの『クレオパトラの夢~四手ピアノ作品集』[Lidi 0103241-12]と3枚のメル・ボニスのピアノ・アルバムを録音。当然のことながら同社で発売した『類稀な女性作曲家たち』[Ligi 0103341-19]というアンソロジーにもモンジェルー、シャミナード、ポリニャック、セルヴァとともに取り上げ3曲を収めている。このように20世紀末から21世紀のはじめにかけてマルタンの果たした功績は特筆すべきものだった。これまで色々な《フルート・ソナタ》のCDを聴いてきたが個人的にはマルタンとクララ・ノヴァコヴァによるものが流麗さでも抒情性でも未だにベストではないかと思っている。Ligia Digitalレーベルでは『オルガン作品全集』[Ligi 0109324-18]も見逃せない。何といってもフランクが最初にその才能を認めた作曲家だったのだから。ジョルジュ・ラルティゴによる演奏。もうひとつ初期の録音で重要なのは『メル・ボニス:宗教音楽~ジャン・ラシーヌを讃えて』⑦と題した一枚。ジャン・フィリップ・サクロス指揮パレ・ロワイヤルの音楽家たちを中心とした演奏だが、メル・ボニスの孫にあたるユゲット・ジェリオがハープを演奏している点に注目されたい。ユゲットの娘の一人は夭逝した天才ハーピスト、マルティーヌ・ジェリオ、そしてもう一人は2000年に共に「メル・ボニス協会」を立ち上げたクリスティーヌ・ジェリオなのだ。

⑤『3つのソナタ(フルート、ヴァイオリン、チェロ)』[Voyce of Lyrics]
⑥『黒いダイヤモンド~舞曲集』[Ligia Digital]
⑦『メル・ボニス:宗教音楽~ジャン・ラシーヌを讃えて』

加速する録音。2026年にも注目の新譜が!

没後70年の2007年以前はヨーロッパにおける著作権の関係で制約があったため楽譜の入手・取り扱いが容易ではなかった。そうした中で2008年にMDGレーベルがモーツァルト・ピアノ四重奏団による『メル・ボニス:ピアノ四重奏曲集、ピアノ三重奏のための《昼》、《夜》』[MDG 643 1424-2]⑧を録音したのは今にして思えばエポック・メイキングな出来事だったのかもしれない。旧『レコード芸術』誌2008年6月号の「海外盤試聴記」で紹介記事を書いた)。今日では録音も多い《昼》と《夜》の初録音でもあった。先述のヘンスラー盤と同様に世界市場に広く流通するレーベルにメル・ボニスの単体アルバムが登場したのは大きな意味を持つのだから……。

そして2010年代半ば過ぎあたりからペトルッチ(IMSLP)のサイトを通してダウンロードが可能になった作品が増えたせいもあってか(生前に出版されていた作品はかなり多い!)、メル・ボニスの作品の録音は世界的な拡がりを見せるようになって行った。様々な女性作曲家のアンソロジーを組む上で、フランス近代、ドビュッシーと同級生、シャミナードやブランジェ姉妹と同世代、フルート作品が多い、室内楽とピアノ曲のレパートリーが豊富——これらの特性が有効なのかもしれない。例えばフランス音楽の復興運動に心血を注ぐイタリアの団体「パラツェット・ブル・ザーネ」がBRU ZANEレーベルで発売した8枚組CD『COMPOSITRICES~フランス・ロマン派の女性作曲家たちに新しい光を』[BZ 2006]⑨の中にはメル・ボニスの管弦楽曲(オフェーリア、クレオパトラの夢、サロメ)、ピアノ連弾曲・独奏曲(《伝説上の女性たち》、《子供たちのアルバム》、ほか)、歌曲集(7曲)、チェロ・ソナタが収められ、総収録時間は120分近く、いかに同社がメル・ボニスにこだわっているかが良く判る。21人の作曲家が取り上げられている中で、突出して多くの時間を占めているのだ。とはいえもう一人、1月号で取り上げたマリー・ジャエルに関して、ブル・ザーネは別途3枚組のCDを発売。それには劣るといえばそうかもしれないが……

さらに様々な重要なレーベルから盛んにメル・ボニス一人にスポットライトを当てたCDが出るようになったのも2010年以降のことだ。オランダのET’CETERAレーベルからはヴェールレ・ペーテルスによる『傷ついた大聖堂~メル・ボニス:ピアノ作品集』[KTC 1422]が2010年に、メゾソプラノ、フルート、ピアノのTRIO ALOUETTEによる歌曲、フルート曲、ピアノ曲を収めた『メル・ボニスの音楽』[KTC 1524]が2015年に発売されている。またTOCCATA CLASSICSからは2023年に『ピアノ独奏曲全集第1集』[TOCC 0361]⑩が発売された。世界初録音となる《子供の情景》Op.92が収録されており、また詳細な作品一覧が付いているなどとても貴重な資料でもある。演奏は武漢出身のメンイイ・チェン。しっかりした演奏で好感が持てるが、この会社の全集はなかなか進まないことが多いのでその点が心配。

クラシック音楽業界的にはメル・ボニスの管弦楽作品に注目が集まるのはそれだけ復興運動が盛り上がっていることの証左といえるのかもしれない。ピアノ曲や室内楽からの編曲が多く、創作における重要性という点ではいま一つではあるが……実は2013年にLe Chat de Linosレーベルからブノワ・フロマンジェ指揮ブカレスト交響楽団による『メル・ボニス:交響的作品集』[CL 1287]が発売されていたものの、特に大きな話題にもならなかった。ところが今年になって異なるレーベルから2点のCDが発売される予定になっている。女性作曲家と言えばこれまでも数多くの録音を重ねてきたcpoレーベルにメル・ボニスの録音がアンサンブル・ルイーズ・ファランクによる《ピアノ四重奏曲第1番》1曲しか無かったのは意外だった(『レコード芸術ONLINE』2025年7月号で紹介済)。とはいえさすがはcpo。常にそれぞれの時点で何が必要なのかをしっかり考察して制作する会社のこと、ジェゼフ・セバスティアン指揮ケルンWDR交響楽団による『管弦楽作品集』[cpo 555 752]をもうすぐリリース予定だ。フロマンジェ盤よりも収録曲数も多くほぼ全曲盤。そして英CHANDOSからもラモン・ガンバ指揮BBCフィルハーモニックによる録音が予定されている。

⑧『メル・ボニス:ピアノ四重奏曲集、ピアノ三重奏のための《昼》、《夜》』[MDG]
⑨『COMPOSITRICES~フランス・ロマン派の女性作曲家たちに新しい光を』[BZ 2006]
⑩『ピアノ独奏曲全集第1集』[TOCCATA CLASSICS]

なおメル・ボニスのディスコグラフィに関して詳しくはその末裔であるジェリオ母娘が主宰するメル・ボニス協会のリストも参照されたい。

   (文中敬称略)

注:文中で紹介した①と⑦は私家盤につき品番番号なし。メル・ボニス協会のサイトから購入可能。

谷戸基岩(やと・もといわ)

1953年甲府市生まれ。1976年から18年半にわたり日本コロムビア、ワーナー・パイオニアにてクラシック音楽の日本盤編集・編成・宣伝作業に携わる。1995年から音楽評論家。30年で約7,000のコンサートに通うとともに多数の輸入盤CDを蒐集。2002年より「知られざる作品を広める会」を主宰。2003年~2024年尚美学園大学非常勤講師。第18、19回日本ハープ・コンクール審査委員長。共著に「古楽CD100ガイド」、「女性作曲家列伝」。

タイトルとURLをコピーしました