《ニーベルングの指環》初演150年&バイロイト祝祭150年

バイロイトから日本へ
《ニーベルングの指環》国内上演小史~マエストロ飯守の “大著” 刊行を機に

《指環》初演150周年特別企画
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飯守泰次郎 著/とねりこ企画 編『指揮者 飯守泰次郎
ワーグナーと人生を語る』
(音楽之友社)ISBN:9784276200272

今年2026年はワーグナーの大作《ニーベルングの指環》全曲世界初演150年(同時にバイロイト祝祭創始150年)に当たり、昨年暮れ「プレ・アニバーサリー」企画として《指環》全四部作 “聴破” 講座をお届けしたが、年が明けてこの春には、日本が誇るワーグナー演奏の泰斗、飯守泰次郎(1940~2023)の大部な(352ページ!)著書が上梓され話題となっている。この「ワーグナー論」がぎっしり詰まった新刊書について、またそこから、日本における《指環》演奏の歴史にも話を広げて、吉田真氏にレポートいただく。

文=吉田 真

バイロイト祝祭劇場直伝のワーグナー

2023年8月に亡くなった指揮者の飯守泰次郎の本が先ごろ刊行された(音楽之友社)。没後の出版だけに複数の第三者による追悼文集のようなものを想像していたのだが、『指揮者 飯守泰次郎 ワーグナーと人生を語る』と題された同書は、編集を担った「とねりこ企画」に多くを負っているとはいえ、まぎれもなく本人の「著書」である。構成は「ワーグナーを語る」という章が4つ、「人生を語る」という章が4つと互い違いに配列されているが、全体は「ワーグナー論」と「自伝」の二部からなっている。

飯守泰次郎と言えば誰しもワーグナーを思い浮かべることだろう。事実、過去から現在までの数少なくない日本の指揮者の中で、ワーグナーをレパートリーの中核としていたと言える存在は飯守泰次郎ひとりであるに違いない。バイロイト祝祭劇場で長年アシスタント指揮者を務めていたこともよく知られているだろう。しかし本書の自伝部分を読めば、飯守は最初からワーグナー指揮者を目指してドイツに行ったわけではないことがわかる。

桐朋学園ではピアノ科に所属していたが、斎藤秀雄の勧めで指揮を学んだという。在学中に藤原歌劇団で練習ピアノの代役をしたことをきっかけにコレペティトアになると、藤原義江に認められて合唱指揮者を務め、さらにプッチーニの歌劇《修道女アンジェリカ》で指揮者デビューを飾る。最初の留学先はニューヨークだったが、ミトロプーロス指揮者コンクールでワーグナーの孫フリーデリント・ワーグナーと出会い、彼女の誘いでバイロイトのマスタークラスに参加することになった。これは「運命の出会い」と言っていいだろう。

1971年からは正式にバイロイト祝祭の音楽アシスタントとなり、ベーム、ヨッフム、シュタイン、ブーレーズ、クライバーといった指揮者と共に仕事をする。本文にも有名な指揮者や歌手たちのエピソードが登場するが、本書にはバイロイトでの「作業日誌」が一部収められている。ほとんどがメモ書き程度のもので、実際の内容がよくわからないものも多いのだが、バイロイトの稽古現場の臨場感が伝わるし、飯守の率直なコメントなども面白い。

このように「人生を語る」の各章も興味が尽きないが、「ワーグナーを語る」の各章の充実ぶりにも目を見張らせるものがある。前提として書かれている「調性」に関する文章は、ワーグナー作品に限らず、飯守泰次郎の音楽観の根幹を成すものだ。個々の作品解説は終始平易な語り口調でつづられ、一見入門者向けの解説のようでいて、劇場の現場感覚で作品のすみずみまで知り尽くした指揮者ならではの知見にあふれている。

一つだけ例を挙げると《神々の黄昏》第2幕でグンターがブリュンヒルデを連れて到着する場面。「このときオーケストラはsub. p(急に弱くする)になりますが、これもただ小さくすればよいのではなく、奏者の人数が多いだけに周囲の音をよく聞き、かつ、権威を感じさせるpが必要です。このあたりは特に予想に反する転調が多く難しいのですが、この予想外を逆手にとって聴き手を裏切るように演奏し、しかも最大のtutti(全強奏)に到達しても音程は澄んでいなければなりません」。——まったく流石というほかない。

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