音楽評論家・舩木篤也氏の連載「プレルーディウム」。
プレルーディウム(Präludium)は、ドイツ語で「前奏曲」の意味。毎回あるディスク(音源)を巡って、ときに音楽の枠を超えて自由に思索する注目連載です。
第19回は、飯守泰次郎と仙台フィルによる、ドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》のライヴ盤が登場します。私たちが生きる「新世界」への違和感に向き合いながら、最初の留学先としてアメリカを選んだ飯守に思いを馳せます。
【編集部より】連載「プレルーディウム」は、次回から隔月更新に変更いたします。第20回は2026年6月1日の公開を予定しています。

つなぐ
〔ドヴォルザーク:交響曲第9番《新世界より》〕
飯守泰次郎指揮 仙台フィルハーモニー管弦楽団
〈録音:2018年11月(L)〉
[フォンテック(D)FOCD9807]
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旧世界より
どの学校も卒業式を迎える頃、妹一家がうちに遊びに来た。3人の甥っ子に会うのは、ずいぶん久しぶり。長男は大学をもう卒業だという。一家の「ミニお父さん」みたいになっていたが、これから何をして暮らすのかは模索中の由。いちばん口数の少ない次男は、この4月から高校3年生になる。造形美術の方面へ進みたいらしい。いつも元気のいい三男は、中学受験に受かって意気揚々である。
上の2人が、我が愛器、B&Wスピーカーの「ちょんまげ」ツイーターに興味をもったらしく、しげしげと見ている。聴いてみたい? 何がいいかな。妹が、「やっぱりここはオーケストラでしょ」と言う。そこで、ちょうど聴き直そうと思い手近に置いてあった、飯守泰次郎指揮、仙台フィルハーモニー管弦楽団によるドヴォルザークの《新世界より》をかけた。
「これ、なんかスター・ウォーズみたいな音楽」。三男が言う。
「そうじゃなくて、スター・ウォーズがこれに似ているんだよ」と長男。
次男はというと、「……」。ソファに身をうずめ、顔を天井に向け、じっと聴いている。
みんな大きくなったな、と目を細める私。なんだか私も父親になったような気分だ。この3月で59になったし。還暦一歩手前! にわかには信じ難いのだけれど。
*
いや、自分がいいトシになったことは認めざるを得ない。現今の世の中と、いろんな場面で調子が合わなくなってきているのがその証拠だ。
一番の違和感は、デジタル化によって生身の人間同士がますます触れ合わなくなっている点にある。なんでもかんでも、アルゴリズムによって、あるいはスマホやタブレットによって事が処せられ、私のもとから人間が遠ざけられている。たまたま入った飲み屋で、かど張った硬い端末器を撫でたり突いたりして注文せねばならないとなると、せっかくの飲む気も失せてしまう。
「これで注文しないとダメですか?」
「できなければ口頭でもいいです」
「いや、できないんじゃなくて、人間とやりとりしたいんですよ」
すると店員はキョトンとする。今日の鰹はいいですよー、とか、言ったことはないのだろうか?
あるいは所得税の確定申告。この頃ではそれを、自分の端末器でやれという。どこからでも簡単に!と国税庁は謳うが、要は税務署に来るな、「余計」な仕事をさせないでくれということだろう。それでも税務署員に手伝って欲しい場合は、こんどは予約をLINEでしろという。行けば署員が開口一番「スマホをご用意ください」と言う。まずこれを読み取ってください。次にそのボタンを押してください。そうです、そうです。そのまま下へ行ってください。あ、それは飛ばしてください——。これはまだしも人と話せるからマシだけれど。以前の税務署には、必要経費の記し方をこちらに指南しながら、「自分でどんな経費の科目を立てるか。人生観の見せどころですな」なんて言うお爺さんがいたりしたものだが。
いまのこの新しい世界は、今後、どうなってゆくのか。当初は、効率性をもとめて始まったデジタル化も、「人と接しないで済む」という価値観の流布に貢献することだろう。だがそんな価値観に染まった世界は、「社会」と呼べるような代物だろうか? それなら私は、旧世界のほうをとりたいと思う。
*
これにはきっと飯守さんも頷いてくれるのではないか——このほど刊行された『指揮者 飯守泰次郎 ワーグナーと人生を語る』(音楽之友社)を読んで、そう思った。

【音楽之友社の関連書籍】
指揮者 飯守泰次郎
ワーグナーと人生を語る
飯守泰次郎 著/とねりこ企画 編
ISBN:9784276200272〈発行:2026年3月〉
日本が世界に誇る指揮者飯守泰次郎(1940~2023)が、その心血を注いで献身したワーグナーの音楽について、折にふれ書き、語り尽くした“言葉”の数々を一大集成。
■ワーグナーを語る(一)三つの手がかり
■人生を語る (一)生い立ち~カペルマイスター修業時代
■ワーグナーを語る (二)創作前期から中期まで ・作品解説Ⅰ 歌劇《さまよえるオランダ人》
・作品解説Ⅱ 歌劇《タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦》
・作品解説Ⅲ 歌劇《ローエングリン》
・作品解説Ⅳ 楽劇《トリスタンとイゾルデ》
・作品解説Ⅴ 楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》
■人生を語る(二)花ひらく~ドイツの歌劇場在籍時代
■ワーグナーを語る(三)
・作品解説Ⅵ 序夜《ラインの黄金》
・作品解説Ⅶ 第一日 楽劇《ワルキューレ》
・作品解説Ⅷ 第二日 楽劇《ジークフリート》
・作品解説Ⅸ 第三日 楽劇《神々の黄昏》
■人生を語る(三) 在オランダ時代
■ワーグナーを語る(四)
・作品解説Ⅹ 舞台神聖祝祭劇《パルジファル》
■人生を語る(四) 終章
ほか
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