名盤でたどる巨匠指揮者88人
——山崎浩太郎が語る『巨匠指揮者列伝』の読みどころ

インタビュー
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「レコード芸術ONLINE」でもお馴染みの山崎浩太郎さんが、3月6日に新刊書籍を刊行した。『巨匠指揮者列伝 名盤でたどる88人』[ア~セ] [タ~ワ]の2冊本。山崎さんみずからが物故指揮者のなかから88人を選び、10枚もしくは5枚のディスクとともに一人一人の生涯を紹介する。そんな「レコ芸ONLINE」の読者には興味深い内容について、担当編集者が山崎さんに「読みどころ」を伺った。

取材・文=青野 泰史(青山 通)

『巨匠指揮者列伝 名盤でたどる88人 [ア~セ]』
山崎浩太郎・著 [音楽之友社]
定価2,420円(本体2,200円)・並製・A5判・本文192ページ・3月6日より発売

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『巨匠指揮者列伝 名盤でたどる88人 [タ~ワ]』
山崎浩太郎・著 [音楽之友社]
定価2,420円(本体2,200円)・並製・A5判・本文192ページ・3月6日より発売

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同じ指揮者、同じ曲でも違う——時代状況が映る録音

——このたびは、出版おめでとうございます。単行本は久しぶりですね。

山崎 ありがとうございます。そうですね、共著では7年ぶり、単著では9年ぶりとなります。

——本書のオビには、「人生と活動、その時代状況の反映、つまり、彼はそのときそこにいたと、存在証明になるような印象的なディスクを選ぶことを意識した」と書かれていますね。これについて、くわしく教えてください。

山崎 具体的な指揮者とディスクを挙げてお話ししたほうが、わかりやすいですね。まずは、フルトヴェングラーを例にとりましょう。本書ではディスクに①②③~と番号を付して紹介していますが、フルトヴェングラーの②③では、シューベルトの交響曲第8(9)番《ザ・グレイト》を選んでいます。

——2巻目[タ~ワ]の65ページから、②は1942年録音でベルリン・フィル、③は翌1943年録音でウィーン・フィルの演奏ですね。

山崎 ②③ともに第2次世界大戦中の録音で、時期も1年違いなのですが、これがまったく印象の異なる演奏なんです。それは録音環境の違いが影響しているからです。②はまさに戦時体制下のドイツでの録音。ベルリン・フィルによる激しく闘争的な演奏が印象的です。いっぽう③はストックホルムを訪れたときの録音です。

——スウェーデンは中立国でしたね。

山崎 はい、平和で物資も豊富で、ドイツとはまったく状況が違う。そんななかでのウィーン・フィルとの演奏は、優美で軽快で音楽もまるで雰囲気が違います。また断片のみですが、《皇帝円舞曲》も素晴らしい。観客として、ベルリンやウィーンから亡命してきた人もたくさんつめかけていたそうですね。

——同じ時期の同じ指揮者による演奏でも、まったく違うんですね。

山崎 まさに先ほどの「彼はそのときそこにいて、こういう演奏をした」という、存在証明になるような例だと思います。また、「フルトヴェングラーの《グレイト》はこうだ」と安易に断定的に言うことはできない、と感じさせる演奏です。この2つの演奏からは、さまざまなことを考えさせられますね。

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【2巻目、フルトヴェングラー項のディスク②】
シューベルト:交響曲第9番《ザ・グレイト》
フルトヴェングラー指揮ベルリンpo
〈録音:1942年12月(L)〉
[グラモフォン(M)UCCG41179]

【2巻目、フルトヴェングラー項のディスク③】
シューベルト:交響曲第9番《ザ・グレイト》
フルトヴェングラー指揮ウィーンpo
〈録音:1943年5月(L)〉
[ターラ(M)KKC4125~30]廃盤

同じアバドでもまったく違う——オーケストラが変える演奏

——もう1つ、例をお願いします。

山崎 アバドですね。⑤のディスクでは、ウィーン・フィルとヨーロッパ室内管弦楽団のほぼ同時期の両方の演奏を収録していますが、後者の演奏のほうが断然おもしろい。私のアバドの見方や、指揮者とオーケストラの関係を考え直すきっかけとなったディスクでした。1巻目[ア~セ]の13ページからになります。

【1巻目、アバド項のディスク⑤】
モーツァルト:ピアノ協奏曲第14,17,21,26番《戴冠式》
ピリス(p)アバド指揮ウィーンpo,ヨーロッパ室内o
〈録音:1990~93年〉
[DG(D)4791435(2枚組,海外盤)]

——それぞれ1990~93年の録音ですね。どんな演奏なのですか?

山崎 ウィーン・フィルの演奏は、1980年代頃までの20世紀後半に支配的だったスタイルです。1つ1つの音をしっかり出していく、いわゆる楽譜をデジタルに考える真面目な演奏です。いっぽう若いメンバーによるヨーロッパ室内管の演奏は、自由に音を弾ませ音楽が息をしているようで、とても活き活きとしています。現代に繋がる様式であり、また20世紀前半の様式でもある。

——やはり同じ指揮者で、そこまで異なるのですね。

山崎 オーケストラの場合、その音楽は指揮者が決めていくものだ、と私も思っていましたし、一般にもそう思われがちです。ところがこの同時期に録音された2つのオーケストラによる演奏は、これはもう指揮者にはコントロールできない領域なのだ、オーケストラ演奏とはこういうことで成り立っているのだ、と思わされるものでした。

——それが、この時代のアバドでもあるのですね。

山崎 まさしくアバドの転換点を示しているように思います。アバドは、ベルリン・フィル、ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、同時ではありませんが、すべてのポストを経験したすごい人物です。その彼が後半生に力を入れたのが、ヨーロッパ室内管であり、マーラー室内管弦楽団であり、ルツェルン祝祭管弦楽団でした。⑤の録音は本来指揮者の手腕がわかりにくい協奏曲ですが、アバドが若い音楽家と一緒に作っていく音楽がここから始まったことがありありと伝わってくる演奏です。

アバドが若い音楽家と一緒に作っていく音楽が
ここから始まったことが伝わってくる演奏です

88人の指揮者はどう選ばれたのか

——さて、88人の指揮者をどう選んだのか、ということは読者も気になる点だと思います。各巻「本書について」によると、「その知名度や歴史的重要性、ディスクの量と演奏の質などの諸要素を勘案した」と書かれていますね。

山崎 そのとおりなのですが、ここで私がお伝えしたいのは、この選択は「私が選んだ、これだけを聴けばいいベスト88人ではない」ということです。「私が今おもしろく書けた88人」というのが、近いかもしれない。言い換えると「こう書けば読者の方に興味を持っていただけそうだと思った88人」、でしょうか。

——なるほどですね。誰しもが「なぜこの指揮者が抜けているのか?」という疑問を持つものだと思いますが、そういうことだったんですね。

山崎 はい、収録しなかった指揮者が「88人より演奏が悪い、嫌い」ということではありません。「今の私では力不足で、皆さんにおもしろいと思ってもらえる原稿に至らなかった」と言ってもいいでしょう。

——あえて、具体的に名前を挙げていただいてもよろしいですか?

山崎 イタリア・オペラの指揮者として欠かせないヴィクトル・デ・サバタや、レコード録音で大きな存在のエーリヒ・ラインスドルフは、まさにそんな感じでした。実は原稿もあるので心残りではありますが、読んでいて自分で納得がいかなかったんです。

——その選択方針については、読者の方にも理解してほしいですね。

山崎 まあ、いろいろな意見を言う方もいるでしょうね。ただ、評価は人それぞれですし、時間が経つと変わります。またあくまでも相対的なものです。この本を10年後に作ったら、指揮者もディスクも違うものになるでしょう。それが生きていることのおもしろさなのではないでしょうか。

——逆にですが、収録されていなくても違和感がなさそうななかで収録した指揮者についても、教えていただけますか?

山崎 パニッツァ、ボダンツキー、レイボヴィッツ、オスカー・フリートの4人ですね。くわしい理由は本書でご確認いただきたいのですが、ヨーロッパで重要な「オペラ指揮者」を重視したこと、音楽史的に20世紀前半の演奏スタイルが興味深かったこと、ほかの巨匠指揮者との連関が伝わること、日本では評価されにくい歴史的事情に影響された人、などですね。

——日本人指揮者、ヨーロッパの指揮者による日本のオーケストラの録音についても、積極的に扱っていただいているのが嬉しいです。

山崎 そうですね、日本人指揮者はかつては評価されにくかったのですが、われわれは日本人ですし、録音を聴くうえで意識しておきたいところですね。また仰るように、フルネなど積極的に日本のオケを振ってくれた人も重視しました。

——日本の聴衆側からの受けとめようについても、同様ですね。

山崎 はい、そこもなるべく盛り込むようにしました。晩年に日本でも好評を博したヴァントは、没後にライヴ録音が多く登場してきました。そういう「レコード録音のおもしろさ」もあわせて描くようにしています。

指揮者の選択は「ベスト88人」ではなく「私が今おもしろく書けた88人」なんです

「なぜこの演奏なのか」を考えると世界が広がる

——ホームページの紹介文などに、「オーソドックス過ぎずコア過ぎない絶妙の視座と選盤」とありますね。この観点で心がけたことを教えてください。

山崎 一般に名盤と言われているものは、収録しようと考えました。ただそれが1つの時代、1つのオーケストラに固まってしまうと、指揮者の全体像を語ることが難しくなります。例えばベストな演奏ではないかもしれないが初期の録音も含めてまんべんなく選ぶことで、かえってベストな時期の演奏も把握しやすくなるのではないかと。またセッション録音とライヴ録音の両方を入れることで、オーソドックスなものとマニアックなものとのバランスをとることも意識しました。いっぽう①②③~のディスクとしては選ばなかった歴史的名盤は、なるべく本文で記載するようにした。そんなことで、各指揮者の全体像が見えるようにつとめました。

——表紙と裏表紙の裏には、「生誕年順 指揮者生没年表」が掲載されています。こうして表に並べたことで見えてくることは、ありましたか?

山崎 たとえば1912年など、同じ生誕年が多い指揮者の「当たり年」があっておもしろいですね。同じ年に生まれても、演奏様式や活躍時期が違うのも興味深いし、没年によってもイメージが変わりますね。亡くなった時期により、ステレオ録音、デジタル録音、CD、に間に合った人と間に合わなかった人が出てきます。指揮者は没年ぎりぎりまで活動していることが多いので、長生きしていると新しいフェーズに到達しますね。

——さて最後になりますが、まずは「レコ芸ONLINE」の読者ほか熱心なクラシックのディスクファンに向けて、本書のおすすめポイントなどメッセージをお願いします。

山崎 私は指揮者やディスクを選ぶときに、「敬意を払う」ことを意識しました。それぞれが自分の場所でかけがえのない人生を送っていて、聴衆にとって大切な存在であった、ということがディスクには現れていると思います。ですので、皆さんも好き嫌いはあると思いますが、いったん虚心になって演奏に向き合ってほしい。頭からダメだと思う前に「なんでこういう演奏をしたんだろう?」と考えると、そこからさまざまなことが拡がっていくと思います。また一般的には変なディスクと思われるものも私は何らかの意味をもって挙げていますので、「なんで挙げているんだろう?」と考えてみてもらえるとありがたいです。

——次に、これから指揮者やディスクを意識して演奏録音を聴いてみようと思っているクラシック音楽ファンに向けて、本書のおすすめポイントを教えてください。

山崎 紙の本のおもしろさというのは、なんとなく開いてみたらそのページに書いてあることがふと目に止まって、そこから興味が広がっていったりすることだと思います。あちこちに出会いと「きっかけ」が隠れている。本で見てインターネットでちょっと聴いてみて、おもしろそうだったらぜひディスクも買ってみてください。本やディスクを手にすることには、ネットの膨大すぎる情報を追いかけ追われていくのとは、また別の楽しみと喜びがあると思います。88人、どこから読んでくださってもかまいません。気になったところを読んで次のアクションに進む「きっかけ」にしていただければ、嬉しいです。

——ありがとうございました。

『巨匠指揮者列伝 名盤でたどる88人 [ア~セ]』
山崎浩太郎・著 [音楽之友社]
定価2,420円(本体2,200円)・並製・A5判・本文192ページ・3月6日より発売

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『巨匠指揮者列伝 名盤でたどる88人 [タ~ワ]』
山崎浩太郎・著 [音楽之友社]
定価2,420円(本体2,200円)・並製・A5判・本文192ページ・3月6日より発売

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山崎浩太郎|Kotaro Yamazaki

1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。「音楽の友」「レコード芸術ONLINE」「モーストリー・クラシック」などに寄稿し、日本経済新聞に演奏会評を執筆。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上、アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、片山杜秀さんとの対談『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)、訳書はジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上、学習研究社)。

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