インタビュー
『レコード芸術ONLINE』独占インタビュー

リコーダーの息づかいが聴こえる感覚が好きです
レコード・デビュー50周年を迎えたミカラ・ペトリ

インタビュー・文=西村 祐(フルート奏者)
取材協力=ナクソス・ジャパン、ムジカキアラ

リコーダーの女王、ミカラ・ペトリ。今年でレコード・デビュー50年を迎え、もはや大ヴェテランと言っていい彼女が久しぶりに来日した。通算71枚目となる最新盤はハープの西山まりえとのデュオ・アルバム「グラウンド」。2019年に録音されていた当盤でも透明でしなやかな音楽は変わらず、余裕のあるゆったりした息づかいが印象的な1枚である。
今回は前後してリリースされている最新録音「コレッリマニア」(2022年録音)の話題なども含めてインタヴューさせていただいたが、まるで彼女自身の演奏を聴いているかのような美しい声と語り口が印象的だった。

リコーダーは自分がうまく表現できない
深いことを表現できるものです

――ペトリさんとリコーダーとの出会いは?
ペトリ 父から3歳の時にリコーダーを与えられて、母が教えてくれました。自分ではごく自然にいつも吹いていたのですが、当時のことは何も覚えていませんね。5歳で初めて子どものためのコンクールに出たのですが、音楽をみんなと分かち合うように、みんなの演奏を聴いて自分の演奏も一緒に聴き合うような、オープンな雰囲気だったことを覚えています。

――ペトリさんにとって、リコーダーの魅力とは何でしょうか。
ペトリ 自分がうまく表現できない深いことを表現できるものです。そして感情など高いレヴェルの意識を、まわりの人と分かち合う手段ですね。リコーダーは息がそのまま音になるとても自然な楽器です。息づかいが聴こえるということは、吹き手の感情がそのまま伝わってくるということで、私はその感覚が好きなのです。自分本意の表現したいことだけではなくて、まわりの人と何を分かちあったら良いのかを考える。その相互的な体験ができることでしょうか。そして、自分の中から音楽が自然に出てくる感覚を大切にしています。

ミカラ・ペトリ来日公演2025ステージより

左は2月2日(日)Hakuju Hallで行なわれたリコーダー・リサイタル。西山まりえ(cemb)河野智美(g)と共演 ©Ohmi Takashima
右は2月8日(土)紀尾井ホールで行なわれた「世界フルートフェスティバル2025」の模様。左から一噌幸弘(能管など)山形由美(fl)ペトリ(bfl)東儀秀樹(篳篥)福原彰美(p) ©フォトスタジオアライ

アルバム全体を作品として考えていますが
ストリーミングで曲を選んで聴くのもいいと思う

――今回の「グラウンド」がそれをすごく感じさせますが、最近のアルバムは特にコンセプチュアルに作られていると思います。
ペトリ 私はいつも演奏会のプログラムを作るのに時間をかけています。ですからCDもそうなっているのかもしれません。私にとってはアルバムの中のすべての曲が重要なのと同時に、演奏会全体、CD全体をひとつの作品として考えているので、そのように捉えてくださってうれしいです。ひとつのアルバムの中にテーマやコンセプトを持っていることで、聴く側が心を乱されることなく静かに音楽の世界に入っていける。そんなことをいつも心掛けています。

――最近は配信などでアルバム全体を通して聴かれないこともあると思いますが、それについてはどうでしょうか。
ペトリ ストリーミングで1曲だけ選んで聴くというのもいいと思います。私もやりますし。その両方の選択肢があるのがいいのではないでしょうか。たとえばバッハのソナタは全部通して聴いてももちろん素晴らしいけれど、どれかひとつの楽章だけでも十分に美しいでしょう?

グラウンド
〔カー:イタリアのグラウンド,オルティス:レセルカーダ第1番~第8番,サティ:ジムノペディ 第1番~第3番,L.ハンニバル:夢,グルック:歌劇《オルフェオとエウリディーチェ》~精霊の踊り,J.S.バッハ(グノー編):アヴェ・マリア 他全24曲〕

ミカラ・ペトリ(bfl)西山まりえ(バロックhp)
〈録音:2019年12月〉
[OMF(D)KCD2085]

――使われている楽器はどのようなものでしょうか。写真を見るとキーが付いているようですが。
ペトリ 今から25年前にもっと音量の出る楽器を作ってほしいと依頼しました。なぜなら、最近ではリコーダーのための作品が多く作曲されたし、自分でも100曲以上委嘱しているので、現代のオーケストラと共演することが多いからです。でもリコーダーの音は小さい。そこでオーケストラと現代の作品を共演できるような楽器を作ってほしかったのです。その時にキーも一緒に付けてほしいとも頼みました。右手の低いところはふたつ穴があいているのですが、最初はそこを容易にコントロールするためでした。

――最新録音の「コレッリマニア」は、バロック・ピッチなのですね。
ペトリ はい。私にとって初めての経験でした。実はリコーダーが特別なもので、私がハノーヴァーで師事したリーフ・スヴェンセンが亡くなり、彼が所蔵していたハインツ・アマン製のバロック・ピッチの楽器を使ってほしいと声をかけられたのです。A=415Hzのピッチは、音がより美しく、リラックスした響きがします。

コレッリマニア
〔コレッリ:教会ソナタ(トリオ・ソナタ)ロ短調 Op.3-4,J.S.バッハ:コレッリの主題によるフーガ BWV.579,テレマン:コレッリ風ソナタ第2番 イ長調(トリオ・ソナタ),コレッリ:ソナタ ト短調 Op.5- 12《ラ・フォリア》他全8曲〕

ミカラ・ペトリ(bfl)ヒレ・パール(gamb)マハン・エスファハニ(cemb)
〈録音:2022年11月〉
[OUR Recordings(D)NYCX10432]SACDハイブリッド

キース・ジャレットとのバッハ&ヘンデルは大好き
次のプロジェクトは《無伴奏チェロ組曲》管楽器版

ーー70枚以上アルバムを発表されていますが、これまで印象に残っている録音はありますか?
ペトリ やはりキース・ジャレットとの2枚でしょうか。彼とはバッハとヘンデルを録音しましたが、とても好きなアルバムです。最近また彼から電話がかかってくるようになって、あの時のレコーディングのことは全部覚えているね、などと話しています。あとはネヴィル・マリナーとアカデミー室内管弦楽団との録音も素晴らしいものでしたし、ピンカス・ズーカーマンとの共演も良い思い出です。27歳の時でしたが、私は準備万端で録音に臨みました。するとズーカーマンが入ってきて、本当に何げなく自然に弾き出したんです。それを聴いた瞬間に「こうやって弾けばいいんだ」と力が抜けて、音楽が自分の中からたくさんあふれ出てきたのです。キースもそうですけれど、一緒に演奏すると自分の音楽がどんどん変化してゆくのです。

――演奏するにあたって、重要と考えていることは何ですか?
ペトリ まず準備することが重要です。はっきりした意図があって、それに対して身体が自然に反応するまで準備した上で、リラックスする。定期的にレッスンのようなものはしていませんが、マスタークラスなどで学生に言うのは、それに加えて柔らかい息と指遣いで吹くこと。柔軟な身体と安定して吐く息が大切だということです。たとえ1時間ほどの短い時間でも私は知っているすべてを教えます。そして自分ではその教えていることをいつも思い出しながら演奏しています。

――今後の予定で何か決まっていることはありますか?
ペトリ 次のプロジェクトは、バッハの《無伴奏チェロ組曲》を管楽器用に編曲したものです。最終的には6曲全部作る予定ですが、今は第3番に取り組んでいます。バッハはヴァイオリン協奏曲をチェンバロ用に編曲したりしていますよね。彼はその時に基本は同じでも装飾を入れたりかなり手を加えていますね。私もそれにならって編曲しています。そしてこれはリコーダーのためだけではなく、すべての管楽器奏者のための編曲なのを強調したいと思います。

Michala Petri
デンマークのコペンハーゲン生まれ。3歳でリコーダーを始め、10歳でオーケストラと共演してデビュー。17歳になるまでに国際的演奏家としてのキャリアを築いた。バロック、クラシック、ロマン派から、ジャズやコンテンポラリー、マルチメディアを活用した音楽など、現代曲にまで至る幅広いレパートリーを持ち、ペトリのために書かれた作品は35の協奏曲を含む150以上に上る。1975年にPrincipalレーベルから最初のソロ・アルバム「Et concertprogram」をリリース(2025年はレコード・デビュー50周年)。以来、自身の名義によるアルバムは70に上り(『グラウンド』は第71作)、ゲスト参加したアルバムは多数。アルバムは独エコー賞を4度受賞(1997年、2002年、2012 年、2015 年)。米グラミー賞には3回(2008 年、2011年、2012 年)ノミネートされている。

渋谷に天使が舞い降りた

『グラウンド』発売記念ミニライブ&サイン会@TOWER CLASSICAL SHIBUYAミニレポ

インタビューを行なった2月7日(金)、ペトリさん、西山まりえさんの『グラウンド』発売記念イベントが開催! 前半は自己紹介。ペトリさんのリコーダー吹き比べもありました。西山さんによれば、ハープが大地となり、その上を天使のようなペトリさんが踊るのだとか♪ 後半はミニライブ! アルバムの数曲が実演されました。特にオルティスの《レセルカーダ第2番》は、圧倒的な凄演でした。

その夜、渋谷に天使が舞い降りました。

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