最新盤レビュー

リイシュー&BOX注目盤(11月)

ここでは、最近発売されたリイシュー&BOX盤のなかから注目盤を厳選して紹介します。

フランス近代ピアノ音楽の生き証人を追え

デジタル録音の開拓者は日本にいた。1967年にNHKの研究所で試作機が作られたあと、72年3月に日本コロムビアは初の実用機、DN-023Rの1号機を完成させ、録音・編集を急いで10月には8タイトルをリリースする。新しい「レコード芸術」の登場を高らかに宣言したのである。ヴラド・ペルルミュテール(1904~2002)が4回目の来日で、1号機の前でピアノを弾いたのはその直後だった。ラヴェルに師事して自作品について叩き込まれ、楽譜校訂(校訂譜の商品ページ)もしたピアニストだ。録音分野では生涯で2度ラヴェル全集を作った。一方、当時の日本では彼の演奏を知るものはごく僅か……。当時最新鋭のテクノロジーはそのとき、フランス近代ピアノ音楽の生き証人のために供された。アナログ録音とは比較にならない高解像度で捉えられた音像! 今回のリマスター盤を聴いてみると、従来盤よりも倍音がずっと豊かになっているのがわかる。ラヴェル以外のトラックも必聴だ。生き証人の追究はまだ続いている。(H.H.)

フランス・ピアノ名曲選(2025年ORTマスタリング)
〔ラヴェル:ソナチネ,ドビュッシー:ピアノのために,映像第1集,フォーレ:主題と変奏〕

ヴラド・ペルルミュテール(p)
〈録音:1972年12月〉
[日本コロムビア – タワーレコード(D)TWSA1192]SACDハイブリッド ※タワーレコード限定

もう1人の「音楽の父」⁉ そのアニヴァーサリーBOX

今年2025年はアレッサンドロ・スカルラッティ(1660~1725)の没後300年である。「世界の音楽の首都」と呼ばれたイタリアのナポリを拠点にオペラやオラトリオを多く作曲した人物。彼の、序曲(シンフォニア)を充実させたり、ベルカントを重視したりといった形式上の試みは、古典派の交響曲やオペラにあまりにも大きな影響を与えている。ドイツではなくイタリアで音楽史のカノンが作られていたとしたら、「音楽の父」はバッハではなくアレッサンドロになっていたかもしれない。商業的にはいささか地味な存在ではあるが、古楽の担い手はこの裏・大作曲家の周知に勤しんできた。1956年から2021年のあいだの録音群、ということで時代もプレイヤーもバラッバラ。HIPもいればモダンもいる。その比較も興味深いBOXだ。もうすぐ12月ということで、クリスマスのために作曲されたカンタータ《我らの主イエス・キリストの降誕のための》は、UKのHIP団体シャンドス・バロック・プレーヤーズの演奏による。(H.H.)

アレッサンドロ・スカルラッティ・エディション
〔聖三位一体のオラトリオ,我らの主イエス・キリストの降誕のためのパストラーレ・カンタータ,モテット《弱り、傷つき》,6つの7声の合奏協奏曲,《4声のソナタ》第4番,他〕

ジェラール・レーヌ(C-T)ナンシー・アージェンタ(S)モーリス・アンドレ(tp)ペトル・ゼイファルト(bfl)フィビオ・ビオンディ(vn)イル・セミナリオ・ムジカーレ,シャンドス・バロック・プレーヤーズ,エウローパ・ガランテ,イタリア弦楽四重奏団,他
〈録音:1956年11月~2021年3月〉
[Erato(M/S/D)2173281006(9枚組,海外盤)]

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“室内楽作曲家” シューベルトを識る道標となる恰好の10枚組

(当たり前の話だが)シューベルトにせよ、例えばハイドンやドヴォルザークにせよ、それぞれ《死と乙女》と《ロザムンデ》、《ひばり》と《皇帝》、そして《アメリカ》を知っていればそれで充分という向きもあるだろうが、弦楽四重奏曲は(あるいは様々な編成による室内楽曲も含め)全作品を聴き通してこそ、初めてその作曲家の新たな顔が見えてくるという面がある。シューベルトなら15曲、ハイドンなら68曲、ドヴォルザークなら14曲の弦楽四重奏曲を一気通貫で聴いてみることで、必ずや再発見がある。当BOXは、シューベルトの全弦楽四重奏曲に加えて、ピアノ五重奏曲《ます》と全弦楽三重奏曲、さらに数々の魅力的な小品やフラグメントまで仔細にカヴァーしており、シューベルトの本当の姿を知るには恰好の一組となっている。そして演奏は、ゲルハルト・ボッセの薫陶を受けた「純正ドイツ式」で、聴き応えもズッシリ。ちなみに次世代新メンバーのライプツィヒ四重奏団は現在ハイドンの全集録音も進行中[MD+G]で、当分は室内楽三昧の日々。 (Y.F.)

シューベルト/弦楽四重奏曲(含・四重奏断片)全集,弦楽三重奏曲(含・断片)全集,弦楽五重奏曲,ピアノ五重奏曲《ます》,ドイツ舞曲とメヌエット他

ライプツィヒ弦楽四重奏団,クリスティアン・ツァハリアス(p)ミヒャエル・ザンデルリング(vc)クリスティアン・オッケルト(cb)ハルトムート・ローデ(va)
〈録音:1994年~1998年〉
[MD+G(D)MDG30723582(10枚組,海外盤)]

約20年ぶりの《エリア》の名盤再発―最新訳による歌詞対訳付き

数あるオラトリオ作品の “大海” の中で、メンデルスゾーンの《エリア》はとりわけオペラティックで冒頭いきなりバリトン(タイトルロール)ソロが朗々と語り、それに合唱が続くと、まさにオペラの幕が上がった!とテンションが上がる。レコード上でも過去テオ・アダム、フィッシャー=ディースカウ、トム・クラウセ、ジョゼ・ヴァン・ダム、ベルント・ヴァイクル、ヴォルフガング・シェーネといった歴代のオペラ歌手たちが名唱を刻んできた。そうした秀峰に連なる美声バリトンとしてクリスティアン・ゲルハーヘルが名乗りを上げる新時代の名盤が登場した、と大喜びしたのがもう20年前か……。今回その久々の再発売で、あらためてブロムシュテットの指揮、あるいはナタリー・シュトゥッツマンの深々としたアルトともども味わいを新たにしたが、さらにメンデルスゾーン研究の第一人者、星野宏美氏による新訳(2025年)付き、という点も見逃せない。 (Y.F.)

メンデルスゾーン:オラトリオ《エリア》全曲

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo,同室内cho,クリスティアン・ゲルハーヘル(Br)ジビラ・ルーベンス(S)ナタリー・シュトゥッツマン(A)ジェイムズ・テイラー(T)他
〈録音:2003年10月(L)〉
[RCA(D)SICC30929~30(2枚組)]

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ブレンデル追悼企画で3つの決定盤全集が復刻!

2025年6月に94歳で亡くなったアルフレッド・ブレンデル(1931~2025)の追悼企画として、旧フィリップスから発売されていた3つの全集が復刻されました。新しい順に紹介すると、ラトル=VPOとのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(97~98年録音)は、ブレンデルにとって4回目の全集録音にして決定盤との評価が高いものです。一方のベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集(92~96年録音)は3回目の全集録音で、長井進之介さんの新規解説にあるとおり「質実剛健であると同時に“しなやかさ”も感じさせてくれる」名盤です。モーツァルトのピアノ協奏曲全集(70~84年録音)もグラモフォン・アワードに選出された名盤中の名盤で、解説もブレンデル自身によるものに加え、名ピアニストの阪田知樹さんによる序文も付されていて、読み応え十分です。いずれも全集初出時のジャケットを復刻しているのもうれしい話です。持っていない方はリファレンスとしてコレクションすることをおススメします。(T.O.)

ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集
〔第1番~第5番〕

アルフレッド・ブレンデル(p)サイモン・ラトル指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
〈録音:1997年,1998年〉
[タワーレコード×ユニバーサル(D)PROC2452(3枚組)]

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集
〔第1番~第32番,アンダンテ・ファヴォリ〕

アルフレッド・ブレンデル(p)
〈録音:1992年~1996年〉
[タワーレコード×ユニバーサル(D)PROC2455(10枚組)]

モーツァルト/ピアノ協奏曲全集
〔第5番~第27番,コンサート・ロンドK.386〕

アルフレッド・ブレンデル(p)イモージェン・クーパー(p,第7番,第10番)ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
〈録音:1970年~1984年〉
[タワーレコード×ユニバーサル(S/D)PROC2465(10枚組)]

パヴァロッティ「デビュー40周年記念コンサート」リマスターSACDが豪華装幀で発売

10月のリイシュー&BOXコーナーでご紹介した「Novanta」に続いて、1995年ウェールズのスランゴスレン国際音楽アイステズヴォッドで行なわれた「デビュー40周年記念コンサート」の音源がSACD化された。(パヴァロッティは1955年7月に同男声合唱部門で優勝していて、その時の音源は、前月リリースの「Novanta」にも収められていたが、今回のSACDにも再収録されている)。LPサイズ100ページ余の豪華ブック付きファン必携コレクターズ・アイテムで、貴重な写真も多数。2枚目のSACDには、パヴァロッティの様々な録音を、パヴァロッティ自身の語りやジョン・トランスキー(音楽ライター)のコメントとともに収録している。

ルチアーノ・パヴァロッティ~The Lost Concert
〔マスカーニ:カヴァレリア・ルスティカーナ,ヴェルディ:トロヴァトーレ,椿姫,プッチーニ:マノン・レスコー他のオペラ・アリア,ディ・カプア:オ・ソレ・ミオ他,含パヴァロッティのスピーチ,インタビューなど〕

ルチアーノ・パヴァロッティ(T)レオーネ・マジエラ指揮BBCpo,ジョアキーノ・ロッシーニcho他
〈録音:1995年,1955年(L),2004年〉
[Decca(M/D)4871399(LPサイズ収納2枚組 SACDハイブリッド,海外盤)]

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音質一変。シューマンのSACD復刻、2タイトル

 旧EMI音源を新規リマスタリングによるSACDハイブリッドで復刻するタワーレコードのDefinition Seriesの第71弾はシューマンの2タイトル。
 サヴァリッシュのシューマン/交響曲全集は、このシリーズですでに復刻済みのヨッフムのブルックナー/交響曲全集と同じく、旧EMIとドイツ・シャルプラッテンの共同制作。トーンマイスター、クラウス・シュトゥルーベンによる録音は、聖ルカ教会の豊かな残響をたっぷり取り込みながらオーケストラをマクロ的に俯瞰した極上の音質を誇る。当然、そうした録音にはSACDはうってつけ。旧EMI時代にこの録音が初めてSACD化されたときは、CDと比べて情報量が格段に向上し、かつフォルテでも余裕のある音に驚いたものだ。比較すると、今回の新規リマスタリングは基本的な傾向こそ前回のSACDと同じだが、仕上がりには明確な違いがある。前回はオーケストラが残響の中にやや埋もれ、細部の明瞭度が今ひとつであった。それに対して今回は、残響がより巧みに整理され、楽音にしっかりとピントが合っている。サヴァリッシュの解釈がより明確に伝わる点が好ましい。
 ミケランジェリのシューマンは、比較のために旧EMIのイタリア盤[5 67041 2]を久しぶりに聴き返してみたところ、こんなに音が良かったのかと驚いた。硬質でシャープな切れ味──まさにミケランジェリのイメージそのもの……と感じたのだが、今回のSACDを聴くとその印象はがらりと変わる。硬質ではなく、どこか木質的で、良い意味で最新のピアノがヴィンテージ・ピアノに変わったかのような違いが出る。ダイナミック・レンジは、CDでは幾分ピーク感があったのが、SACDではそれが解消され、左右の広がりも格段に向上している。原音に近いのは間違いなく今回のSACDだと言えるが、これまで自分の抱いていたミケランジェリのイメージとは何だったのかと、しばし戸惑いを覚えたのも事実。ミケランジェリ・ファンには、ぜひ一聴をオススメしたい。(M.K.)

シューマン/交響曲全集
〔交響曲第1番《春》~同第4番,《マンフレッド》 序曲, 序曲、スケルツォとフィナーレ 〕

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ドレスデン国立o
〈録音:1972年9月〉
[ワーナー・クラシックス(タワーレコード)(S)TDSA325~6]SACDハイブリッド

 シューマン:謝肉祭,《子供のためのアルバム》より,《ウィーンの謝肉祭の道化》より

アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(p)
〈録音:1975年1月,1972年9月〉
[ワーナー・クラシックス(タワーレコード)(S)TDSA327]SACDハイブリッド

Text:編集部

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