
インタビュー・文=山之内 正(オーディオ評論)
2001年に創立されたPENTATONE(ペンタトーン)が、2026年に25周年を迎えた。オランダのバールンを拠点にしながら、世界各地の演奏家やオーケストラと録音を重ね、高い芸術性と録音品質を掲げて独自の存在感を築いてきたレーベルである。節目の年には、新録音を集めたデジタル企画『SPACES』や記念イベントを展開。一方で、ストリーミングの拡大、若い世代との接点、CDやLPなど物理メディアの今後と、録音を取り巻く環境は大きく変わり続けている。PENTATONEのManaging Directorショーン・ヒッキー氏と、Label Directorシルヴィア・ピエトロサンティ氏にメールでインタビューし、25周年のプロジェクト、新たなアーティストや作品への眼差し、そしてこれからのクラシック録音について聞いた。
過去を振り返るだけでなく、未来へ
――25周年のPENTATONE
――25周年記念プロジェクトが進行中ですね。
はい、私たちはこの一年を通じて世界の主要市場でプロモーションを展開し、新譜とともに所属アーティストたちの卓越した才能を広く紹介しています。非常に誇りに思う充実したリリース計画です。
また、ニューヨーク、ロンドン、アムステルダムで記念イベントを開催したり、11月にはロンドンのウィグモア・ホールで特別な「PENTATONE 25th Anniversary Festival」を開催します。これらの記念事業は過去の歩みを振り返るだけでなく、未来にも目を向けています。なかでも『SPACES』は、次世代を担う才能豊かな作曲家たちによる新録音作品を集めた特別なコンピレーションであり、ぜひ注目していただきたいプロジェクトです。

PENTATONE(ペンタトーン)は、2001年に創立されたオランダ・バールンを拠点とするクラシック音楽の独立系レーベル。最高水準の芸術性、多様な声を尊重する姿勢、そして高品質な録音を三つの柱に掲げ、世界各地の演奏家やオーケストラと数多くの録音プロジェクトを展開してきた。近年はサンフランシスコ音楽院、アーティスト・マネジメント会社のアスコナス・ホルト、オーパス3アーティスツとの連携を深め、録音制作に加えて、アーティスト育成や新しい才能の発掘にも力を注いでいる。ストリーミング時代に対応しつつ、CDやLPなど物理メディアの価値も重視し、若い世代や新しい作曲家の紹介にも積極的。2026年に創立25周年を迎え、記念企画やフェスティバルを通じて、これまでの歩みと今後の方向性を発信している。
https://www.pentatonemusic.com/
25周年イヤーを彩る、三つの注目作
――25周年イヤーのリリースから、特に注目すべき作品について聴きどころや意義を紹介してください。
重要な作品群のなかから3点に絞って紹介しましょう。ヴァイオリニスト、クリスティーナ・プラッツ=コスタのデビュー・アルバム『Spiritillo Mediterraneo』は、活力に満ちたスリリングなバロック演奏の一つで、この時代の見過ごされてきたレパートリーに光を当てた意欲的なプログラムです。独創的な選曲も含め、彼女は今後ぜひ注目していただきたいアーティストです。
2年ほど前、ある同僚がカウンターテナーのジョン・ホリデイを紹介してくれました。ジョン自身が編曲した《Strange Fruit》の演奏動画を見て、その歌声に文字どおり心を奪われました。『Over My Head』では、世俗を超越したかのような声と、極めて個人的な思いに満ちたプログラムに触れることができます。
アメリカのピアニストであり、既成概念にとらわれない革新的な音楽家であるララ・ダウンズと、私は20年近くにわたり協力関係と友情を育んできました。『Hold These Truths』は、彼女にとって最も野心的で、最も個人的なプロジェクトです。急速に変化する祖国の姿に多くのアメリカ人が戸惑いを感じるなか、ララは暗い時代に希望のメッセージを届けてくれる稀有な存在です。
芸術性、多様性、録音品質――変わらない「三つの柱」
――PENTATONEならではの強みはどこにありますか? アーティストの人選や選曲のコンセプトも教えてください。
(ショーン氏:)私がPENTATONEに加わった当初、チームの意見を取り入れながら確立した基本方針には、最高水準の芸術性の追求、多様な声を尊重する姿勢、そしてクラシック音楽において最高の録音品質を目指すという三つの柱があり、それはいまも変わりません。
PENTATONEを他のレーベルと一線を画す存在にしているのは、サンフランシスコ音楽院、アーティスト・マネジメント会社であるアスコナス・ホルト、そしてオーパス3アーティスツという姉妹組織との連携です。 このアライアンスは、音楽教育、芸術支援活動、マネジメント、アーティスト育成を通じて、レーベルをより大きな音楽エコシステムのなかに位置づけます。それぞれ独立した役割を担いつつ、共通の使命のもとで協力しているのです。サンフランシスコのボウズ・センターにある世界最高水準の施設で録音できるようになったこと、姉妹組織に所属するアーティストたちとの協力をより緊密に進められるようになったことは、いずれもこの連携がもたらした成果です。各組織が持つ資源や専門性を共有することで、単独では実現できなかったプロジェクトも可能になりました。それを象徴するのが、『Grace: The Music of Michael Tilson Thomas』です。
ストリーミングで広がった市場、それでも必要なのは「時間」
――この25年間、リスナーを取り巻く環境は大きく変化しました。ストリーミングで音楽を楽しむ人が増えるなか、アルバム制作の姿勢に変化はありましたか?
クラシック音楽、とりわけ多様な器楽作品を聴くとき、なにが必要かというと、それは「時間」です。あらゆる人にとって、時間がますます貴重なものとなっている現代、ジャンルを代表する優れた録音作品に耳を傾けてもらうにはどうすればよいのか。それこそが私たちの業界が抱えてきた最大の課題ですね。
とはいえ、クラシック音楽を聴く人の数は、実は人類の歴史上かつてないほど増えています。それを可能にしたのは、ストリーミング配信の普及と、地球上の大多数の人々に届くインターネット環境の発展です。初めて人類全体が潜在的な市場になったと言っても過言ではありません。
ストリーミング・サービスでは、短く、耳ざわりがよく、近接マイクで録音したピアノ曲などがプレイリストに組み込まれやすく、多くのレーベルがその需要に応えようとしています。私たちもある程度はその流れに沿った作品を提供していますが、その手法には少々安易な側面もあります。
私たちの使命は、このジャンルの市場を可能な限り広げることです。日本でLPレコードを集める愛好家であれ、ドイツでCDを購入するリスナーであれ、あるいはストリーミングで音楽を聴く若い世代であれ、その目的は変わりません。最高の音楽を制作し、それを一人でも多くの人へ届けたいのです。販売、マーケティング、広報、コミュニケーション業務をすべて社内で担っていることも私たちの強みです。

ショーン・ヒッキー
PENTATONEレーベルのマネージング・ダイレクターに2022年に就任。録音業界で約30年のキャリアを持ち、PENTATONE参加以前はNaxos of Americaで上級副社長として営業および事業開発担当の任にあたった。作曲家としても活動し、自作はNaxos、Delos、Toccataなど複数レーベルから録音されている。録音ビジネスと創作の双方に携わる立場から、PENTATONEの事業戦略とアーティスティックな方向性を担う。

シルヴィア・ピエトロサンティ
PENTATONEレーベルのダイレクター。2025年7月に現職に就任。それ以前はマーケティング&ビジネス・ディヴェロップメントのディレクターとして、マーケティング、PR、事業開発などを担当した。現在はA&R、プロダクション、セールス、マーケティング、PRを横断してチームとプロセスを統括し、レーベル全体の事業開発、コミュニケーション、予算、組織連携に携わっている。
若いアーティストは「契約相手」であると同時にアンバサダー
――若い世代の音楽ファンに向けて、どんなビジョンを描いていますか?
すでにご紹介した『SPACES』のコンピレーションに加えて、アーティスト陣も積極的に拡充しています。YouTube、TikTok、Instagramなどのデジタル・プラットフォームで人気を誇る若い演奏家たちも数多く含まれています。
彼らは単なる契約アーティストではなく、一種のアンバサダーでもあり、彼らから学び、同時に彼らも私たちから学んでいます。また、私自身が作曲家であることもあり、現代や未来の音楽を積極的に取り上げることは極めて重要だと考えています。新しい声を世界に紹介し、新しい創造性に光を当てることこそが、このジャンルを他の芸術分野と同じように未来へと発展させ、生命力を保ち続けるために欠かせないからです。
「CDは消滅する」と思っていた――物理メディアが残すもの
――メディアの多様化が進んでいますが、今後の音楽ソフトの流通形態について、どんな全体像を描いていますか。
(ショーン氏:)私が2022年にPENTATONEに加わった際、2026年までには、物理メディアの売上はほぼゼロになり、CDに至っては確実に消滅すると予測していたのですが、その予測は間違っていました。
クラシックではアナログ盤を除いて物理メディアの売上は減少傾向にありますが、所属アーティストの間では比較的堅調に推移しています。アーティストたち自身、演奏会という、聴衆の方にとって思い出に残る一夜を形に残す「物理的な」記念品としてのCDの重要性を認識しています。それはダウンロードやストリーミングでは置き換えることができません。そうしたことから、自身の演奏会でも積極的にCDをご紹介いただいています。
未来を予測することは難しいですが、今後も物理メディアが存在し続けると予想しています。特に、CDやLPを所有することを心から楽しみ、物理メディアがもたらす素晴らしい音質や、音楽を聴く行為に価値を見出してくださる日本のファンの皆様には、心から感謝しています。
ペンタトーンの最新リリースより
取材協力=ファインアーツミュージック









