
金曜連載「名演奏家再批評」。このコーナーは、新世代の書き手がクラシック音楽の名演奏家を各4回のリレー形式で論じるものです。
第9弾では、クラシック音楽を中心に、舞台や映画など幅広いフィールドで活躍するライターの有馬慶さんが、指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンについて、その「美音」のイメージを疑いながら再批評していきます。全4回のうち、1回目は無料公開、2回目以降は有料公開です。
■Editor’s Note
ヘルベルト・フォン・カラヤン Herbert von Karajan(1908~89)は20世紀を代表する世界的指揮者の一人。ザルツブルクに生まれ、ベルリン・フィル、ウィーン国立歌劇場などの音楽監督を歴任し、楽壇の「帝王」と称された。徹底して磨き上げられた「美音」と洗練された演奏様式を特徴とし、実演だけでなく、録音や映像を通じてクラシック音楽の魅力を広く世界に伝えた。
Text=有馬慶
『アダージョ・カラヤン』——私の原体験
『アダージョ・カラヤン』。日本では1995年に発売された、世界中でヒットしたアルバム。音楽による「癒し」の先駆け的存在となり、その後同様のコンセプトを持ったアルバムが次々と発売されることとなった。
私が幼いころ、居間の棚にはいくつもCDが並べられており、そこにこのアルバムが紛れ込んでいた。まだ10歳にも満たない私はそれを手に取ってみると、悲しいのか疲れているのか、眉間にしわを寄せ口元を緩く結んだなんとも含みのある表情をした老人の顔が、夕陽にきらめく波浪を背景に印刷されていた。それを見た父がそのアルバムをオーディオにかけてくれて以来、私はすっかりその音楽に魅了されてしまった。特にマスネの〈タイスの瞑想曲〉のほの暗い抒情性とベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章のミニマル的な面白さが大好きで繰り返し聴いた。これが私とクラシック音楽との出会いである。

さて、当時の私は「癒し」というコンセプトを知らなかったので特に気になることはなかったのだが、今にして思うとこのアルバムはちょっとおかしな選曲である。例えば、先に挙げたベートーヴェン7番の第2楽章。ご存じの通り「アレグレット」であり、「アダージョ」ではない。曲調も決して穏やかなものではない。それから、最後に収録されているシベリウスの〈悲しいワルツ〉。これも「死」をモチーフとした暗い曲である。どうしてこのような選曲になったのか。クラシック音楽に興味のない素人が選曲したのか。あるいは「一見癒し系に見えるが、よく聴けばそうでもない」というわかる人にはわかる邪悪な目論見だったのか。それとも「アダージョ」というタイトルや「癒し」というコンセプトは後でつけられたもので、本当はただの「カラヤン名演集」として選曲されたのか(それにしては選曲が地味か)。はたまた「カラヤンの手にかかればどんな曲でも癒し系になりますよ」ということなのか。
いずれにせよ、私にとって『アダージョ・カラヤン』は、褒めることも貶すことも、かといって無視することもできない、邪悪なアルバムなのである。
(カラヤンは何のために音楽をしたのか②に続きます。2026年9月11日公開予定です)
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