NHK交響楽団創立100年特別企画

N響とベートーヴェン――録音でたどる名演の歴史

N響に登場した巨匠指揮者列伝特別企画
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2027年、ベートーヴェン没後200年の節目に、NHK交響楽団は交響曲とピアノ協奏曲の全曲演奏に挑む。振り返れば、前身の新交響楽団が本格的な活動を始めた1927年も、没後100年の記念年だった。創設期からベートーヴェンを重要なレパートリーに据え、世界的な指揮者たちと数々の名演を生み出してきたN響。その100年にわたる歩みを、現在聴くことのできる録音とともにたどりながら、新たな記念年に披露されるベートーヴェン像を展望する。(取材協力:NHK交響楽団)

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N響100年特別企画 ベートーヴェン交響曲全曲演奏5
ベートーヴェン/交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱つき」

Text=増田 良介(音楽評論)

創設期から始まったN響のベートーヴェン演奏史

新交響楽団 第一回研究発表演奏会のプログラム
提供:NHK交響楽団

NHK交響楽団の100年の歴史を通じて、ベートーヴェンは最も大切なレパートリーだったことは言うまでもない。レコード録音には必ずしも積極的ではなかったように見えるN響だが、ありがたいことに現在ではかなりの数のライヴ録音が発売されていて、過去の伝説的な演奏会の音を聴くことができる。ここでは、録音で聴くことのできる演奏を中心に、N響のベートーヴェン演奏史をたどってみよう。

と書きつつも、やはりこのオーケストラの創設期のことに触れなくてはならない。新交響楽団の第1回予約演奏会(現在の定期公演)が行なわれたのは1927年2月20日のことだ。しかしそれに先立ち、彼らは1926年10月22日に「第一回研究発表演奏会」として、近衛秀麿指揮で演奏会を行なっている。実はこのときのプログラムには、すでにベートーヴェンの交響曲第4番が含まれているのだ。また、同じ年の11月には、ピアノ協奏曲第3番(独奏:ジェームズ・ダン)、同第2番(独奏:篠野静江)、ヴァイオリン協奏曲(独奏:ヨーゼフ・ケーニヒ)を、それぞれ異なる演奏会で取り上げている。

そして翌1927年は、ベートーヴェン没後100年の記念年だった。新響は、4月28日の第6回予約演奏会を皮切りに、5月10日までの6回の演奏会で、ピアノ協奏曲第4番および第5番(独奏:レオニード・コハンスキー)、シェーナとアリア《ああ裏切り者よ》、歌曲《アデライーデ》(独唱:マルガレーテ・ネトケ=レーヴェ)、交響曲第1、3、5~9番などを演奏している。誕生したばかりの新響が、13日間に6回の演奏会を行ない、これだけの曲を演奏したというのは、ちょっと驚く。

さらに彼らは、1928年10月に交響曲第2番(山本直忠指揮)、1929年12月にピアノ協奏曲第1番(マキシム・シャピロ独奏、近衛指揮)を演奏している。つまり、「研究発表演奏会」からわずか3年ほどで、交響曲9曲とピアノ協奏曲5曲の全曲演奏を達成しているわけだ。録音はもちろん残っていないので、どれぐらいのレヴェルの演奏だったかはわからないが、当時の新響の意気込みと、ベートーヴェンに対する尊敬の念がうかがえる。

山田耕筰の《運命》――日本初のベートーヴェン交響曲録音

では新響によるベートーヴェンの最初の録音はなにか。これは1935年末に録音された、山田耕筰指揮の交響曲第5番《運命》ということになる。当然ながら、これは日本初のベートーヴェン交響曲録音でもある。この演奏は何度か復刻されたことがあるが、WINGから出た盤[WCD6]に付いていたメンバー表によると、ヴァイオリンに日比野愛次や黒柳守綱、鷲見三郎、鷲見四郎、チェロに齋藤秀雄、井上頼豊、ホルンに上田仁など、後の日本音楽界を支える錚々たる面々が参加している。聴いてみると、音程の怪しいところなどはあるものの、音楽としては意外にしっかりした演奏だ。第1楽章第2主題のポルタメントの使用などは時代を感じさせて興味深い。

その後、新響は1942年に財団法人となり、日本交響楽団と改称する。この時期の演奏では、1942年12月に山田和男(一雄)が指揮した《第9》がナクソス・ミュージック・ライブラリーで聴ける。音は悪いが、矢田部勁吉による日本語訳での歌唱が珍しい。

世界へ飛躍するN響――シュヒター、岩城、カイルベルト

ウィルヘルム・シュヒター
提供:NHK交響楽団

戦争が終わり、1951年、日本交響楽団はNHK交響楽団となる。N響になって最初のベートーヴェン録音は、1960年、ビクターに録音され、1963年に発売されたシュヒター指揮の《コリオラン》序曲だったようだ。もっともこのLPは吉田雅夫の独奏によるモーツァルトのフルート協奏曲第2番がメインで、ほかにワーグナー《ローエングリン》第3幕への前奏曲、ベルリオーズ《ローマの謝肉祭》、そして《コリオラン》が入っているというものだった。これは2024年にタワーレコードからSACD化されている。

最初にも書いた通り、N響のセッション録音によるディスクは多くないのだが、1960年代以降の演奏は、今世紀に入ったあたりから、ライヴ録音がかなり発売されていて、貴重な演奏を聴くことができる。

その中でも重要なもののひとつが、シュヒターの《コリオラン》と同じ1960年に、N響が行なった世界ツアーの録音だ。このツアーは、9月から11月にかけて、インドを皮切りに、ソ連、欧州各国、さらに米国を回るという大規模なものだった。指揮は、外山雄三と岩城宏之、そして、N響の常任指揮者だったウィルヘルム・シュヒターが担当した。ベートーヴェンでは、ロンドンでシュヒターが振った《英雄》が入っている。これは大変格調が高く、引き締まった名演奏で、当時のN響の実力の高さがよくわかる。

また、1960年10月24日のパリ公演では、パウル・クレツキが《運命》などを指揮した。これは一連のツアー録音とは別にCD化(『N 響世界一周演奏旅行1960 補巻』KKC2100~01、廃盤)されている。

世界ツアーにも同行していた岩城宏之は、1954年に指揮研究員となって以来、N響と深い関係を保っていた指揮者だ。彼は、1966年に《運命》&《未完成》を録音し、その後、1968~69年に、《運命》の再録音を含め、ベートーヴェンの9つの交響曲を録音し、全曲録音を完成した。当時岩城は30代後半だったが、堂々たる指揮ぶりで、今聴いてもとても良い演奏だ。

1965年にはヨーゼフ・カイルベルト(1908~68)がN響の指揮台に登場した。彼は1966年と68年にも名演を聴かせたが、残念ながらその後早世した。カイルベルトのベートーヴェンも何曲か出ているが、特に1965年12月の《第9》は貴重だ。彼はベートーヴェンの交響曲第1~8番をテレフンケン(現ワーナー)にセッション録音していたのだが、《第9》は欠けていて、この録音の登場で、全9曲が揃ったのだ。

序曲《コリオラン》
〔「シュヒター&NHK交響楽団 ビクター・ステレオ録音集」所収〕
ウィルヘルム・シュヒター指揮NHK交響楽団
〈録音:1960年6月〉
[ビクター(タワーレコード)(M)NCS88029~30]SACDハイブリッド

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交響曲第3番《英雄》
〔「NHK交響楽団世界一周演奏旅行1960」所収〕
〈録音:1960年10月(L)〉
シュヒター指揮
[キングレコード(M)
KKC2092~9](廃盤

交響曲第5番《運命》
〔「N 響世界一周演奏旅行1960 補巻」所収〕
クレツキ指揮
〈録音:1960 年10月(L)〉
[キング(M)KKC2100~01](廃盤)

交響曲全集
岩城宏之指揮
〈録音:1968年3月~1969年7月〉
[デンオン(S)COCQ84209~13](廃盤)

交響曲第9番《合唱》
カイルベルト指揮
〈録音:1965年12月(L)〉
[キング(S)KICC3029](廃盤)

マタチッチとサヴァリッシュが築いた二つの頂点

ロヴロ・フォン・マタチッチ
提供:NHK交響楽団

ロヴロ・フォン・マタチッチ(1899~1985)がはじめてN響を振ったのもこの年だった。65年は「スラブ歌劇団」での来日だったが、2度目にN響を指揮した1966年12月にははやくもベートーヴェンの第1番と《第9》を取り上げている。マタチッチはその後、1967年、73年、75年にも年末の《第9》を任された。大変人気のあったわりに録音の少ない人だけに、マタチッチのライヴはたくさんCD化されているが、ベートーヴェンでは、最後の来日となった1984年に演奏された第7番が素晴らしい。このとき85歳の巨匠は、3回の演奏会を指揮し、大変な評判になった。翌年マタチッチは世を去ったのだが、86年、当時としては非常に異例なことに、このときの曲目すべてが、4枚のCDとして発売された。この中ではブルックナーの交響曲第8番が特に話題になったが、ベートーヴェンの第2番&第7番も良かった。特に第7番は、マタチッチらしい豪快な演奏だ。

ウォルフガング・サヴァリッシュ
提供:NHK交響楽団

ベートーヴェン生誕200年にあたる1970年は、各地で記念行事が行なわれたが、N響では4月から5月にかけて、交響曲全曲と《ミサ・ソレムニス》、それに《合唱幻想曲》などが演奏された。指揮者は、当時46歳のウォルフガング・サヴァリッシュ。彼は、世界でもっとも多忙な指揮者のひとりだったが、1964年の初共演以来、何度も東京を訪れてたくさんのすばらしい演奏を聴かせてくれた。ベートーヴェンは何度も演奏しているが、70年のチクルスは、そのひとつの頂点だったと言えるだろう。これもCD化されている。精密なだけでなく情熱的な名演だ。

なお、サヴァリッシュとN響は、1982年に《運命》と第8番を録音している。これは、このコンビによる唯一のセッション録音のようだ。このディスクは2026年8月にSACDでの再発売が予定されている。

交響曲第2番,同第7番
マタチッチ指揮
〈録音:1984年3月(L)〉
[デンオン(D)COCQ84876](廃盤)

交響曲全集,ミサ・ソレムニス,合唱幻想曲,序曲集
サヴァリッシュ指揮
〈録音:1970年4,5月(L)〉
[NHK・CD(D)
KKC2127~33](廃盤

交響曲第5番《運命》,同第8番
〔+ブラームス:交響曲第1番,R.シュトラウス:交響詩《死と変容》〕
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮NHK交響楽団
〈録音:1982年5月〉
[ソニークラシカル(D)SICC19096~7]SACDハイブリッド

※2026年8月26日発売予定

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年末の《第9》、伝説の“一日全曲演奏”

N響のベートーヴェンといえば、年末恒例の《第9》を忘れてはならない。2011年には1970年代の《第9》を8種も集めたボックスセットが出た。1973年6月のサヴァリッシュを除けばすべて12月の演奏で、マタチッチ、スウィトナーが各2種、ライトナー、シュタイン、ビエロフラーヴェクと、N響ファンなら懐かしい面々の演奏が聴ける。2013年には、80年代のワイケルト、クロブチャール、コシュラー、若杉弘らの演奏を収めた続編も出ている。

ほかにもギュンター・ヴァント、エフゲーニ・スヴェトラーノフ、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、朝比奈隆など、N響で印象深いベートーヴェンを聴かせた指揮者を挙げれば枚挙にいとまがない。また、かつてN響とベートーヴェン交響曲全集を録音した岩城宏之が、2004年と2005年の大みそかに、「NHK交響楽団のメンバー達による管弦楽団」を指揮して、1日でベートーヴェンの交響曲を全曲演奏したのも、この人らしいユニークな試みだった。岩城の演奏は、2004年の演奏がCD化されている。

交響曲第9番《合唱》(8つの演奏)
サヴァリッシュ,マタチッチ,スウィトナー,ライトナー,シュタイン,ビエロフラーヴェク指揮
〈録音:1973~79年〉
[オーディオマイスター(S)XRCG30011~8](廃盤)

交響曲第9番《合唱》(1980年代編)
ワイケルト,コシュラー,スウィトナー,クロブチャール,ライトナー,若杉弘指揮
〈録音:1980~82,86~89(L)〉
[オーディオマイスター(S)XRCG30048~54](廃盤)

交響曲全集
岩城宏之指揮NHK交響楽団のメンバーたちによる管弦楽団
〈録音:2004年12月31日~2005年1月1日(L)〉
[Avex(D)AVCL25060~4](廃盤)

没後200年、新たなベートーヴェン・ツィクルスへ挑むN響

ファビオ・ルイージ
提供:NHK交響楽団

さて、2027年はベートーヴェン没後200年にあたる。2026/27シーズンのN響は、これを記念して、ベートーヴェンの交響曲とピアノ協奏曲の全曲を演奏する。指揮を務めるのは、ルイージ、エッシェンバッハ、ソヒエフ、デュトワ、ヤノフスキなど、当代随一の巨匠たち。ピアノ独奏には、アレッサンドロ・タヴェルナ、イム・ユンチャン、アリス=紗良・オット、ティル・フェルナー、キリル・ゲルシュタインという気鋭の奏者が顔をそろえる。誕生から100年を経て、世界でもトップクラスの演奏能力を備えたオーケストラとなったN響が、彼らとともにどのようなベートーヴェンを聴かせてくれるのか。往年の名演奏の数々を聴き返しながら、楽しみに待ちたい。

「N響100年」PR動画。BGMには、ヤノフスキの指揮による交響曲第5番第4楽章の録音が使用されている。(NHK交響楽団公式YouTube)
ソヒエフ指揮の交響曲第7番(NHK交響楽団公式YouTube/2027年3月11日までの限定公開)
筆者プロフィール

増田 良介(ますだ・りょうすけ)
音楽評論家。『音楽の友』『モーストリー・クラシック』『CDジャーナル』等の雑誌、『レコード芸術ONLINE』『WebマガジンONTOMO』等のWebメディア、京都市交響楽団、東京都交響楽団などの演奏会プログラム、各社ライナーノート等に執筆。NHK-FM『マエストロたちの変奏曲』(不定期放送)に出演。著書に『レコード誕生物語』『究極のオーケストラ超名曲徹底解剖66』(共著、音楽之友社)など。

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