音楽評論家・舩木篤也氏の連載「プレルーディウム」。
プレルーディウム(Präludium)は、ドイツ語で「前奏曲」の意味。毎回あるディスク(音源)を巡って、ときに音楽の枠を超えて自由に思索する注目連載です。
第21回のテーマは、今年2026年に開場150年を迎えるバイロイト祝祭劇場、その使われ方について。挑戦的な上演スタイルが一般的となったいま、なぜこの劇場建築は特別なのか、そして「バイロイトのワーグナー」とは何かを考えていきます。

バイロイトはどこへ行く?
「再開発」。この言葉を聞くと、私は眉をひそめる。いや、怒りさえ覚える。これについては、近況報告も兼ねた(?)前回のこの欄をお読み頂ければ――引っ越しはちょうどいま終わりました――頷いてもらえると思うが、誰だって、理不尽な話が多すぎると思うだろう。建て替えないと危ないとか、公共の利益のためなどと言いながら、ほとんどの場合、もっぱらデベロッパーやゼネコンのカネもうけが目的だ。そうして、そこここに見慣れぬ建物がぬうと姿を現す。どんな場所にも元には何かがあったんだぜ、と言われればそうかもしれないが、その頻度と程度が、このごろ度はずれていやしないか? 東京を見よ。風景が、土地の歴史が、人間の記憶が、日々、情け容赦なく壊されている。
そんななか、重要文化財や登録有形文化財などは頼もしい限り。現状変更が厳しく制限されているから、そうそう魔の手が及ぶことはない。折しも、バイロイト祝祭(音楽祭)が始まったところだが――と、ここで話は国外へ飛ぶ――、あの「緑の丘」に建つ祝祭劇場も、バイエルン州の定める建築記念財(Baudenkmal)の一つだ。再開発するから壊します、とはならないだだろう。そもそも、ドイツの建設指針や景観にたいする考え方は、日本のそれとは大きく違っているし。
しかしである。バイロイト祝祭劇場は、現在、はたして正しく使われているだろうか?
*
私が初めてあそこを訪れたのは、1999年。以後、毎年とは言わぬまでも、取材を含めて何度も行った。けれども2018年の訪問を最後に、目下は足が遠のいている。2020年に始まった新型コロナウイルスの蔓延がきっかけとなった面もあるが――あの年は祝祭自体が開催中止になった――、「何かが違う」という違和感が働いてのことだ。
最初にそれを感じたのは、2011年。ゼバスティアン・バウムガルテン演出の《タンホイザー》においてだった。
【参考映像①】

ワーグナー:歌劇《タンホイザー》
トルステン・ケルル(T:タンホイザー)カミッラ・ニールンド(S:エリーザベト)ミシェル・ブリート(Ms:ヴェーヌス)マルクス・アイヒェ(Br:ヴォルフラム)アクセル・コーバー指揮バイロイト祝祭管弦楽団,バイロイト祝祭合唱団,セバスティアン・バウムガルテン(演出)他
〈収録:2014年7月(L)〉
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いわゆる読み替え演出とか、レジーテアーター(演出家主導型の劇上演)に反対だというのではない。ハンス・ノイエンフェルス演出の、あのネズミがわさわさ出てくる《ローエングリン》(2010~15年)など、とても好かったし、大かたに激しく叩かれたクリストフ・シュリンゲンジーフ演出の《パルジファル》(2004~07年)だって、私は悪くないと思った。蛆に食われて腐敗してゆくウサギの死骸がスクリーンに大写しになった第3幕終景など、いま思い返しても秀逸だ。あれは強烈な批評性を放っていた。繁殖力の強いウサギは、生命がふたたび萌え出す春の象徴である。生命の循環には、生と死がある。それを直視しないで、ウサギ形したチョコレート(復活祭の時期にドイツのそこらじゅうで売っている)を無邪気に舐めたりして、なにが《パルジファル》か!
いっぽう、バウムガルテンの《タンホイザー》に違和感を覚えたのは、彼が舞台上の左右に「観客席」を設けたからだった。
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