最新盤レビュー

ヨーヨー・マの最新盤は
フォーレ&フランス近代名曲集

ディスク情報

『メルシー』
〔フォーレ:子守歌, リリ・ブーランジェ:夜想曲,フォーレ:アンダンテ,サン=サーンス:あなたの声に心は開く,ナディア・ブーランジェ:カンティーク,フォーレ:パピヨン,ポーリーヌ・ヴィアルド:アイ・リュリ,フォーレ:シシリエンヌ,L.ブーランジェ:哀しみの夜に,フォーレ:モルソー・デ・レクチュール,N.ブーランジェ:ラ・メール,フォーレ:ロマンス 作品69,ヴィアルド:エメ・モワ,フォーレ:エレジー,セレナーデ,サン=サーンス:ロマンス,フォーレ:ロマンス 作品28,【日本盤ボーナス・トラック】カザルス編:鳥の歌〕
ヨーヨー・マ(vc)キャサリン・ストット(p)
〈録音:2024年4月〉
[ソニー(D)SICC30903]
2860円
*ハイレゾ配信あり

引退する共演者ストットへの
感謝を込めた『メルシー』

現代チェロ奏者のトップランナーであるヨーヨー・マの最新録音は、1985年から40年近くにもわたって共演してきたピアノのキャサリン・ストットとの4年ぶりの録音となるデュオ。『メルシー』と題されたアルバムには、今年、没後100年のメモリアル・イヤーを迎えたガブリエル・フォーレの作品を中心に、フォーレとの関連を持つフランス近代の小品が17曲収録された。日本盤だけのボーナストラックとしてカタロニア民謡(カザルス編)《鳥の歌》。

冒頭のフォーレ《子守唄》から、ヨーヨー・マでしかない細部までコントロールされた豊かなチェロの鳴響に、ストットの優しい響きのピアノが包み込むように重なり合う。優しさに憂いや希望までも含んだ音楽は、一筆書きのように全編を描き切る。24歳で夭逝したリリ・ブーランジェの比較的知られた《夜想曲》にあわせ、《哀しみの夜に》と2曲が収録されたのがうれしい。饒舌なヨーヨー・マのチェロにストットの抱擁するようなピアノが重なって、果てしない深淵が広がる。ストットはイギリスのユーディ・メニューイン音楽学校で、リリの姉であるナディア・ブーランジェの教えを受けている。ナディアはリリの才能に圧倒され、妹の死と共に作曲の筆を折ったのだが、それ以前の作品から《カンティーク(歌)》と《ラ・メール》を収録。こちらも貴重だ。妹とは違う端正な音楽が浮かび上がる。

リリとナディアは共にフォーレに師事をし、そのフォーレの師であるサン=サーンスの作品も、オペラ《サムソンとデリラ》の有名なアリア〈私の心はあなたの声に開く〉が《ロマンス》と共に収められた。この時代のパリのサロンで活躍したポーリーヌ・ヴィアルドは自身がソプラノ歌手としても活躍。《サムソンとデリラ》は彼女のために書かれたオペラだ。ヴィアルドの作品は《アイ・リュリ》と《エメ・モワ》の2曲が入った。

こうしてフォーレを軸に編まれた選曲にはヨーヨー・マと共に、キャサリン・ストットが自らの音楽のルーツをたどった気持ちが込もっている。彼女は今年でピアノ演奏活動から引退予定だという。染み入るように聴いた。

小味渕彦之(音楽評論)

協力:ソニーミュージック

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