
悲しみと祈り、そして決意を音楽に託して
2011年3月11日の14時46分に発生した東日本大震災から、今年の2026年で15年が経過します。日本での観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した東北地方太平洋沖地震は、大津波を伴って、多くの人びとのいのちを奪い、いとなみを破壊しました。
これらの惨禍を「東日本大震災」と総称することが閣議決定されたのは2011年4月5日のことでした。あれから15年近くが経ついまも、行方不明者の捜索が続き、大勢の人びとが避難生活を余儀なくされているなど、「震災」は現在進行形の問題として存在し続けています。
一連の災いに対して、クラシック音楽はさまざまに関わってきました。今回はそのような音楽が収められた例から、一部のディスクを、編集部が10点ご紹介します。
Text:編集部(H.H.)
JAPONSKO
2011年3月、チェコ・フィルは10日から19日にかけての日本ツアーのために来日していて、11日には福岡シンフォニーホールでの夜公演を待っていた。ツアー・プログラムのメイン曲目は、日程の前半はドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》で、後半はブラームスの交響曲第4番だった。しかし震災の事態を重く見たチェコ政府から帰国命令が下り、13日のサントリーホール公演を最後にツアーを中断して、日本からの出国を余儀なくされることになる。
まもなくチェコ・フィルのなかで、復興を支援するために何かできないかという声が上がる。本盤『JAPONSKO』(チェコ語で日本の意味)に収録された、4月3日にプラハで行われたチャリティー・コンサートは、そうした思いの賜物であった。このコンサートのメインは、日本でも演奏された《新世界より》。アンコールにはシベリウス《悲しきワルツ》が演奏された。
また本盤の収益の一部は、義援金として寄付された。同様のチャリティー盤には、ズービン・メータの『「第九」復興支援演奏会 in ミュンヘン』[ナクソス]や、マルタ・アルゲリッチの『震災復興支援CD』[カジモト]、バッハ・コレギウム・ジャパンの『バッハ・フォー・ジャパン』[BIS]などがある。

JAPONSKO
〔ドヴォルザーク:交響曲第9番《新世界より》,シベリウス:悲しきワルツ(アンコール)〕
イオン・マリン指揮チェコpo
〈録音:2011年4月(L)〉
[エクストン(D)OVCL00480]
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新実徳英/室内楽作品集
震災発生の日、合唱曲集《白いうた 青いうた》で知られる作曲家、新実徳英(1947~)はテレビを見ていた。手元には楽譜がある。制作中の弦楽四重奏曲の譜面だ。そのとき、信じがたい被災の状況を目にして、いくつもの激しい感情が入り混じっていたという。新実は作品に、震災の惨事の風化にあらがうために「A.E.(After the Earthquake)」の作品番号をふるようになる。「A.E.1」が付けられたのが、本盤に収録されている《アスラ》だ。アスラは阿修羅を意味し、痛烈な音響を湛える。第1楽章は震災発生以前、第2楽章から先は以後に書かれている。

新実徳英/室内楽作品集
〔弦楽四重奏曲第2番《アスラ》A.E.1,ピアノ三重奏曲《ルクス・ソレムニス》,チェロ・ソナタ*〕
クヮトロ・ピアチェーリ〔大谷康子,齋藤真知亜(vn)百武由紀(va)苅田雅治(vc)〕,若林顕(p)*
〈録音:2013年10月(L)〉
[カメラータ(D)CMCD28323]
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池辺晋一郎:交響曲第8番,同第9番,ピアノ協奏曲第3番
池辺晋一郎(1943~)には社会派作曲家としての顔がある。1980年代以降、幅広い作品で「社会と個」の関係性を探ってきたが、やがて「自然と人間」の問題へも意識を向け始める。その転換点となったのが、大自然が人間に牙をむいた、この震災だった。2013年、池辺は「大地/祈り」と題する交響曲第8番、詩人、長田弘の作品9編をもとにする独唱付きの第9番、そしてピアノ協奏曲第3番を作曲する。本盤の両交響曲は初演ライヴで、ピアノ協奏曲は福島県南相馬市での初演直後の録音である。

池辺晋一郎:交響曲第8番《大地/祈り》,同第9番*,ピアノ協奏曲第3番《西風に寄せて》**
金聖響指揮神奈川po,野津如弘指揮ラ・テンペスタ室内o,幸田浩子(S)宮本益光(Br)*,下野竜也指揮東京so,舘野泉(p)**
〈録音:2013年3月,9月,11月(以上L)〉
[カメラータ(D)CMCD99083]
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細川俊夫/管弦楽作品集3
細川俊夫(1955~)は、オペラ《海、静かな海》を筆頭として、これまでこの震災についての多くの作品を書いてきた作曲家だ。もともと自然と人間のかかわりに深く関心を寄せていた細川に、震災が大きな影響を及ぼしたことは想像に難くない。本アルバムに収められた、いずれも震災発生以後に書かれた楽曲では、優美で凶暴な「自然」が描かれる。追悼の《冥想》に始まり、原始宗教の供儀を思わせる《嵐のあとに》、冷ややかな響きで満たされた《嘆き》、そして尺八とオーケストラを人間と自然の関係に見立てた《秋風》に至る。

細川俊夫/管弦楽作品集3
〔冥想 3月11日の津波の犠牲者に捧げる,嵐のあとに,嘆き,秋風〕
準・メルクル指揮バスク国立o,スサーネ・エルマルク,イルセ・エーレンス(S)藤村美穂子(Ms)田嶋直士(尺八)
〈録音:2016年12月,17年5月〉
[ナクソス(D)8573733J]
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ハナハサク
「NHK東日本大震災プロジェクト」のテーマソングとして2012年3月に公開された《花は咲く》は、震災復興のひとつの象徴として、いろいろな場面でくりかえし歌われた。作詞は岩井俊二、作曲は菅野よう子が担当していて、両者とも仙台の出身である。
本盤はオリジナル・ヴァージョンをはじめ、イル・ディーヴォやウィーン少年合唱団など、さまざまな団体による《花は咲く》を収めたコンピレーション・アルバム。福島の大熊町にあった大野小学校合唱部による演奏もある。大熊町では、町内にある福島第一原発の事故を受けて、全町民が町外への避難を余儀なくされた。はなればなれになった人も少なくなかった。11年4月、この小学校は多くの町民が避難した同県の会津若松市へ仮役場と共に移転し、22年3月に統合のため廃校となっている。

ハナハサク
〔菅野よう子:花は咲く,FLOWERS WILL BLOOM〕
花は咲くプロジェクト,福島県双葉郡大熊町立大野小学校合唱部,イル・ディーヴォ,ウィーン少年cho,ウイーン・オペラ舞踏会o,他
〈制作:2015年〉
[flying DOG(D)VTCL60392]
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The Best of Tohoku Youth Orchestra 2013~2023
坂本龍一(1952~2023)が音楽監督を務めた復興支援プロジェクト「東北ユースオーケストラ」が始まったのは2013年9月のこと。もとは音楽祭のための期間限定オーケストラで、14年3月の一般社団法人化を機に、正式に結団した。楽団員は岩手、宮城、福島(被災三県)の小学生から大学生を中心に構成され、最初の団員募集には100名を超える応募があったという。
本盤は、活動初期の13年から坂本が亡くなる直前、23年3月の演奏会までの録音から選ばれ、編集されたコンピレーション・アルバム。最終トラックの《いま時間が傾いて》は同団が坂本に委嘱したもの。坂本の最後の公の場での演奏となった22年3月の「東北ユースオーケストラ演奏会 2022」で、作曲者自らピアノを弾いた作品でもある。
坂本が逝去したいまも、このプロジェクトは継続中だ。今年2026年は、3月26日にサントリーホールでのコンサートが予定されている。

The Best of Tohoku Youth Orchestra 2013~2023
〔坂本龍一:いま時間が傾いて,他〕
坂本龍一(音楽監督・p)東北ユースオーケストラ,吉永小百合,のん(朗読)
〈録音:2013~23年(以上L)〉
[commmons(D)RZCM77961]
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■東北ユースオーケストラ演奏会 2026
サントリーホール 大ホール
2026年3月26日(木)
昼公演:15:00開演(14:15開場)
夜公演:19:00開演(18:15開場)
指揮:栁澤寿男
演奏:東北ユースオーケストラ
朗読:のん
司会:渡辺真理
【公演の詳細はこちらから】
松原混声合唱団第20回演奏会
松原混声合唱団第21回演奏会
新実徳英は弦楽四重奏曲第2番《アスラ》A.E.1を書いてから、ある詩人を知る。和合亮一といって、福島で教員をしながら詩作を続けている人物だった。
私は震災の福島を、言葉で埋め尽くしてやる。コンドハ負ケネエゾ。
——和合亮一公式Twitter(現・X)、2011年3月18日の投稿より
福島からTwitter(現・X)で発信されていった、過酷な現状をまえに、140字の制限のなかで言葉を叫び、刻みつける作品群は、和合自身によって「詩の礫」と名付けられる。この詩世界に感銘を受けた新実は《つぶてソング》A.E.4の作曲をはじめ、自らの歌唱をYouTube上で公開し、やがて合唱版(混声・女声・男声)が作られていった。
また2つめのディスクに収録されている《決意》A.E.17も和合の詩にもとづく合唱組曲で、震災を経て、故郷・福島で生きていく「決意」を歌っている。

松原混声合唱団第20回演奏会
〔新実徳英:混声合唱とピアノのための「つぶてソング」A.E.4第1集(全曲),「つぶてソング」A.E.4第2集~重なり合う手と手,他〕
清水敬一,新実徳英指揮 松原混声cho,斎木ユリ(p)他
〈録音:2012年1月(L)〉
[ブレーン・ミュージック(D)OSBR28020]
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松原混声合唱団第21回演奏会
〔新実徳英:混声合唱とピアノのための「決意」A.E.17(全曲),「つぶてソング」A.E.4第1集~あなたはどこに,「つぶてソング」A.E.4第2集(全曲),他〕
清水敬一指揮 松原混声cho,内平麻里(p)
〈録音:2012年11月,13年8月(以上L)〉
[ブレーン・ミュージック(D)OSBR30008~9(2枚組)]
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【音楽之友社の関連楽譜】
混声合唱とピアノのための
つぶてソング 第1集
和合亮一 詩/新実徳英 作曲
ISBN:9784276544871〈発行:2011年11月〉

【音楽之友社の関連楽譜】
混声合唱とピアノのための
つぶてソング 第2集
和合亮一 詩/新実徳英 作曲
ISBN:9784276544888〈発行:2012年5月〉
つなぐ
最後に紹介するのは、ドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》を収める2つの盤である。本稿の最初に挙げたチェコ・フィルのチャリティー・コンサートをはじめとして、本楽曲はこの震災についての、さまざまな思いを託されてきた。もちろん、録音物になっていない例も多数ある。
震災発生直後、仙台フィルは壊滅的な被害を逃れながら、いま被災地域のオーケストラとして何ができるかという問いに直面した。2011年3月26日、手はじめに楽団員有志で最初の「復興コンサート」を開催した同団は手さぐりで、音楽で人びとの心をつなぐための、さまざまな取り組みを行っていく。
本盤は18年11月に行われた第323回定期演奏会のライヴ録音を収めている。常任指揮者、飯守の意向で採用された自筆楽譜に拠る《新世界より》。新たな解釈を入れ込んだ、「新・新世界」ともいえそうな音楽が展開されている。CDのリリースには、翌19年に行われた、三陸での復興支援プロジェクト「家路(ゴーイング・ホーム)」の序奏としての意味合いもあった。


【音楽之友社の関連書籍】
杜のオーケストラ
仙台フィル50年の物語
須永誠 著
ISBN:9784276200227〈発行:2023年11月〉
約190人もの関係者への取材・確認をもとに書き下ろされた、地方オケの雄、仙台フィルハーモニー管弦楽団50年の歩み。指揮者はなぜ怒ったのか? 求められた音楽像は? 東日本大震災やコロナ禍でも音楽の灯を絶やさなかった理由とは?——50年にわたる物語が幕を上げる。
ドヴォルザーク:交響曲第9番《新世界より》
震災発生の日の夜、新日本フィルは、すみだトリフォニーホールに集まった100人ほどの聴衆(ホールの定員は約1800名で、チケットはほぼ完売していた)を前に第474回定期演奏会を決行した。マーラーの交響曲第5番に、多くのひとが葛藤を抱えながら臨んだその出来事は、2012年3月に放送され、25年3月に再放送もされたNHK制作のドキュメンタリー番組『感想戦 3月11日のマーラー』(NHKオンデマンドの配信ページ)で大きく取り上げられている。
8年前の3/11も、ここに新日本フィルがいました。ありがとうございました!
——すみだトリフォニーホール公式Twitter(現・X)、2019年3月11日の投稿より
それから8年が経った19年3月、「すみだ平和祈念音楽祭2019」が行われた。1945年3月10日未明に起きた東京大空襲の犠牲者への追悼と、平和への祈りを込めた「祭」である。11日には、新日本フィルが音楽監督の上岡敏之の指揮で、《新世界より》をメインとするプログラムを、そしてアンコールにバーバー《弦楽のためのアダージョ》を演奏した。本盤にはその録音が収められている。
同団にとって、3月11日、すみだトリフォニーホールでの公演が、東京大空襲のこと以上の意味を持っていたのは想像に難くない。ここに残された《新世界より》第2楽章のイングリッシュ・ホルンの調べに、さらに《アダージョ》のクライマックスに訪れる総休止(ゲネラルパウゼ)に、2026年のいま、何を聴けるだろうか。

ドヴォルザーク:交響曲第9番《新世界より》
〔+コダーイ:ガランタ舞曲,バーバー:弦楽のためのアダージョ(アンコール)〕
上岡敏之指揮 新日本po
〈録音:2019年3月(L)〉
[エクストン(D)OVCL00732]SACDハイブリッド
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参考Webページ:
「和合亮一/新実徳英《つぶてソング》が深める 東日本大震災の被災地との絆」(教育音楽ONLINE、2025年5月28日更新)「教育音楽ONLINE」のページ


