伊福部昭と芥川也寸志特別企画
伊福部昭 没後20年・芥川也寸志 生誕100年

伊福部昭をたどる3つのポイント
ヴァイオリン/ロシアとスペイン、次いでフランス/ソナタの先に

FOCD9638

西洋芸術音楽と伊福部昭をむすぶもの

 特別企画シリーズ「伊福部昭と芥川也寸志」! 2026年に没後20年を迎える伊福部と、2025年に生誕100年が話題となった芥川。アニヴァーサリー・イヤーが交錯するいま、日本を代表する2人の音楽家を深めます。
 今回の記事では、小室敬幸さんのガイドで、3つのポイントを通して伊福部芸術のルーツをたどっていきます。伊福部は、いかにして西洋芸術音楽を参照しながら、《日本狂詩曲》《日本組曲》《シンフォニア・タプカーラ》などにみられる独自の作風を築いていったのでしょうか。

Text=小室敬幸(音楽ライター)

 伊福部昭(1914〜2006)が亡くなって今年2月で丸20年が経った。熱心なファン——信者、信奉者と呼ぶべきか?——が多く、個人的な体験と共に語られがちな作曲家である。弟子たちからも長く慕われ、伊福部が30代の頃に東京芸術大学で教えた門下生を中心とする「古弟子会」、60代以降に東京音楽大学で教えた門下生を中心とする「新弟子会」がつくられたほどだ。
 筆者は2003年に東京音楽大学付属高校、2006年に東京音楽大学へ入学したので、伊福部本人から教えを請う機会はなかった(余談だが、湯浅譲二の授業はかろうじて1回だけ受けられた)。けれども「古弟子会」の弟子が作曲の教授陣に名を連ね、「新弟子会」のメンバーが授業を行ったり、何なら職員として働いたりしている時代だったので、「伊福部先生の思い出」を度々耳にした記憶がある。私にとって伊福部は好きな作曲家のひとりではあるが、決して特別な思い入れがあるわけではない。そのぐらいの少し離れた距離感から、彼の音楽を理解する上で重要なポイントを語ってみたい。

————–ここまで無料公開————–

ヴァイオリン

 伊福部と西洋音楽を繋ぐ最初の接点はヴァイオリンだった。少年時代に兄たちから手ほどきを受けたが、基本的には独学。1932年に北海道帝国大学(現在の北海道大学)へ入学してからは、大学の管絃楽部でコンサートマスターを務めたり、そこで出会った仲間たちと弦楽四重奏団を結成したりして、ヴァイオリンの独奏曲だけではなく様々な作品を演奏しながら実地で学んでいった。
 伊福部自身は同時代の新しい音楽に強く惹かれていたが、当時の学生オーケストラの腕前では古典派〜ロマン派の曲目を弾くのが精一杯。モーツァルトやベートーヴェンのシンフォニーも演奏しているのだが、それらは伊福部青年の創作意欲を刺激しなかったというのがとても重要だ。
 出世作として知られる、最初の管弦楽曲《日本狂詩曲》(1935)は、当時としては一般的な三管編成ながら、打楽器だけは奏者を9名も必要とするのが珍しい。管弦楽法(オーケストレーション)では一般的に、打楽器の過剰な使用は初心者がやらかしやすい失敗例とされるからだ。伊福部自身もそのことを重々承知しつつ、この曲はむしろ打楽器が“主”で、他の管楽器や弦楽器が“伴奏”にあたるのだと語り、無知ゆえの失敗ではないのだと主張してきた。そもそも伊福部自身の弾くヴァイオリン独奏と打楽器オーケストラによる協奏曲的な作品として構想されたが未完となり、改めて管弦楽に書き直したのが《日本狂詩曲》だったのだ!
 片山杜秀によれば「ヴァイオリン独奏と打楽器オーケストラ」という一見突飛なアイデアは、音程のない打楽器なら当時の学生オーケストラでも自分の求めるような音楽を演奏できるのではないかと伊福部が考えたことに端を発し、少年時代に触れたアイヌの人々によるひとりが即興的に歌い、周りにいる人々が手拍子などで囃し立てる音楽をモデルにしたのだという。
 そう言われてみると、第1楽章〈Nocturne 夜想曲〉で延々とヴィオラがソロで同じような旋律を繰り返していく構成になっている理由がよく分かる。そして第2楽章〈Fête 祭り〉では短い導入のあと、オーケストラが大音量で鳴り響く部分は、打楽器群を従えたヴァイオリン独奏が重音で楽器を豪快に鳴らすイメージなのだろう。とにもかくにもモーツァルトやベートーヴェンのようなウィーン古典派どころか、ドイツ・ロマン派とも全く異なる発想で音楽を作ろうとしていることがお分かりいただけるはずだ。

伊福部昭の管絃楽
〔日本狂詩曲(1935),ラウダ・コンチェルタータ(1979)舞踊曲《サロメ》(1948/87改訂),伊福部昭とアナウンサーの対談,ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲(1948/59改訂)〕

岩城宏之指揮東京都so,安倍圭子(マリンバ)小林武史(vn)森正指揮ABCso
〈録音:1990年1月(L),1959年11月(放送)〉
[フォンテック(D/M)FOCD9638~9(2枚組)]

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積極的に伊福部を演奏してこなかった岩城だが名演揃い。特にこの《日本狂詩曲》の録音を聴けば、打楽器こそが本作の主役なのだと納得できる。

ロシアとスペイン、次いでフランス

 伊福部少年が出会ったアイヌの音楽を、“誰かキーパーソンとなる人物が中心になって、集団で一種のトランス状態を迎える”と捉え直してみれば、彼が作曲家を志すきっかけとなったストラヴィンスキーの《春の祭典》における〈いけにえの踊り〉や、初めて聴いた時に最後まで聴き通せないほど衝撃を受けたというラヴェルの《ボレロ》——オリジナルの振付では、酒場で踊る女性が徐々に周囲を熱狂させていく——と共通する要素がみえてくるのが面白い。
 もうひとり伊福部が生涯敬愛し続けたファリャは、スペインで生まれ、フランスでも学んでいる。簡単にいえば、バレエやオペラのオーケストラにフラメンコの要素を取り入れた作曲家だった。フラメンコはひとりで踊られるとは限らないが、それでもやはり手拍子やカスタネットがタイトなリズムを生み出し、伴奏のフラメンコ・ギターも非常に打楽器的なのが特徴的だ。もちろん当時は実際にバレエを観られたわけではなく、どちらもSPレコードを通した受容だった。だが偶然の一致で済ますことはできまい。リズムの執拗な繰り返しによって熱狂に達するというのが、初期から晩年まで一貫する伊福部のトレードマークなのだから。
 殊にストラヴィンスキー、ラヴェル、ファリャを伊福部が好いていたのには他にも理由がある。前述したアイヌの音楽と並んで、伊福部少年にとって音楽——いわゆる西洋芸術音楽ではなく!——の原体験となっているのが、バラライカを弾きながら唄われるロシア民謡だったのである。一方、ファリャについて伊福部は、スペイン的なフリギア旋法(ミの旋法/ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ・ミ)と日本の都節音階(ミ・ファ・ラ・シ・ド・ミ)に共通した音感覚を感じるからだと繰り返し語っている。
 フリギア旋法は、ラヴェルが《ボレロ》で生み出した2種類目のメロディでも使われている(ハーモニーとの兼ね合いで、ジャズのブルーノート風にも聴こえるが)。ちなみにこの3人に加え、伊福部が偏愛する楽曲としてよく挙げていたエルネスト・ブロッホの《ニーグン》フリギア旋法的な音使いが含まれている。ブロッホはスイス生まれだがユダヤ系で、《ニーグン》はユダヤ的な旋律を取り入れた楽曲だった。
 こうして反復される「リズム」、哀愁や情感が豊かな「メロディ」、そこに緊張からの解決を軸としないフランス近代のような「ハーモニー」が加わると伊福部の音楽が生まれるのだ。とはいえ、視点を逆転すれば、独墺の古典派〜ロマン派から意識的に距離を置いた作曲家だったのである。

伊福部昭 作曲家の個展
〔シンフォニア・タプカーラ(1954/79改訂),管弦楽のための日本組曲(1991)〕

井上道義指揮新日本po
〈録音:1991年9月(L)〉
[フォンテック(D)FOCD3292]※現在取扱なし

最初期の《ピアノ組曲》(1933)を、1991年に管弦楽曲へ編曲したのが《日本組曲》だ。第1曲〈盆踊〉で執拗に繰り返されているメロディが、まさにフリギア旋法に基づいている。初演時の録音だが、これぞ決定盤だ。この時にリハーサルに立ち会った伊福部本人から授かった助言が活かされ、井上はこれ以後、伊福部の名演を数多く披露することになる。

ソナタの先に

 ソナタと題されていたり、ソナタ形式を用いていたりする作品も残されている。ただ、この場合も近しいのは独墺音楽ではなく、20世紀のロシア(ソ連)の音楽であることが多い。要するにストラヴィンスキーやプロコフィエフの新古典主義の系譜に位置しているのだ。伊福部が最も伝統的なソナタ形式に接近したのは《交響譚詩》(1943)の第1楽章であろう。展開部では主題を分解して組み合わせていくのだが、正直なところ伊福部らしい推進性が失われていると言わざるを得ない。
 加えて、この楽章でオーボエがソロで吹き出す第2主題(58小節〜 )は、かねてから指摘されてきたように、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番の冒頭におけるクラリネットの旋律とそっくりなのが興味深い。この曲に限らないのだが、伊福部は自身の楽曲がプロコフィエフと似ている、あるいは近しいなどと言われることに疑問をもっていたという。数少ない影響を公言していた作品が、ピアノと管弦楽のため《協奏風交響曲》(1941)だ。「モダンな鉄と鋼の響きと民族的なエネルギーを結び付けられないかという想念にとらわれたのです。プロコフィエフやモソロフやオネゲルやヴァレーズの未来派的作品にも影響されていました」*と振り返っている。
 《協奏風交響曲》は1992年に楽譜が再発見されるまで行方不明だったので、戦後になってからこの曲の素材を転用して伊福部は《シンフォニア・タプカーラ》(1954/79)と、ピアノとオーケストラのための《リトミカ・オスティナータ》(1961/72)を作曲。このうち後者は、単一楽章だが緩急が入れ替わる5つのセクションで構成——第1部:第1主題/第2部:第2主題/第3部:展開部/第4部:第2主題の再現/第5部:第1主題の再現とコーダ——されており、アーチ型になったソナタ形式の変種とみなすことが出来る。もっと踏み込めば、伊福部の独自性がより発揮されているのは《シンフォニア・タプカーラ》の方だろう。交響曲に相応しいスケール感とドラマ性をもちながらも、ソナタ形式とは異なる独自のモザイク状の構成を生み出すことに成功しているのだ。《シンフォニア・タプカーラ》こそ、伊福部昭の最高峰であると同時に日本を代表する交響曲と呼ぶに相応しい傑作だと思えてならない。

*CD『伊福部昭の芸術5 楽』[ファイアバード]のブックレットより

伊福部昭総進撃~キング伊福部まつりの夕べ 実況録音
〔伊福部昭:交響譚詩(1943),シンフォニア・タプカーラ(1954/79改訂),他〕

本名徹次指揮 ,和田薫指揮 東京フィルハーモニー交響楽団,石丸由佳(org)松田華音(p)
〈録音:2025年5月〉
[キングレコード(D)KICC1638~9(2枚組)]

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2025年5月26日に東京オペラシティでおこなわれた生誕110周年記念公演のライヴ録音盤。この公演を締めくくるメインプログラムだった《シンフォニア・タプカーラ》は、爽快にオーケストラが鳴り響きながらも、多層的なオーケストレーションが存分に味わえる録音の良さが魅力だ。

【参考文献】

伊福部昭「自作を語る」(『伊福部昭の芸術5 楽 協奏風交響曲&協奏風狂詩曲』ブックレットより)
 CD:企画品番KICC179|1997年10月 ファイアバード(キングレコード)

片山杜秀『大楽必易:わたくしの伊福部昭伝』
 単行本:ISBN978-4-10-339712-0 C0095|2024年1月 新潮社

筆者プロフィール

小室敬幸(こむろ・たかゆき)
東京音楽大学で作曲を学んだ後、同大学院では音楽学を専攻。修了後は大学の助手と非常勤講師を経て、現在は音楽ライター。クラシック音楽、現代音楽、ジャズ、映画音楽を中心に演奏会やCDの曲目解説、雑誌やWEBメディアにインタビュー記事を執筆。また、現在進行形のジャズを紹介するMOOK『Jazz The New Chapter』にも寄稿している。共著に『聴かずぎらいのための吹奏楽入門』『commmons: schola〈音楽の学校〉vol.18 ピアノへの旅』。

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