
特別企画シリーズ「ブラームス 4つの交響曲」! 1876年11月4日の交響曲第1番初演から150年を迎えることを記念して、その交響曲群を深めます。
今回の記事は、指揮者・坂入健司郎さんと、音楽学者・石原勇太郎さんの対談。気鋭の活動を続けるおふたりに、4作品の魅力や、演奏することの難しさ、そして聴きどころについて語っていただきました。
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※譜例は音楽之友社のミニチュア・スコアを使用しています。クリックまたはタップすると拡大します。
※音声は「クラシック名曲サウンドライブラリー」様で頒布されているフリーMIDI音源を使用しています。
お話=坂入健司郎(指揮者)
& 石原勇太郎(音楽学)
まとめ=編集部
交響曲第1番——楽譜は物語より奇なり
「21年の苦悩」
坂入 「構想21年、満を持して現れた交響曲」ということが注目される大名曲ですが、僕は内容に彼の「迷い」も感じるんです。指揮者としては、この迷いを味わいつつも、演奏は一筆書きのように展開しないといけない。
石原 個人的には、1876年にわざわざ完成させたのではないかと疑っています。ちょうどその年にはワーグナーの《ニーベルングの指環》全曲初演という大事件があって、当時のウィーンの批評界ではブラームス派とワーグナー派の対立もありました。そういう中で完成させたというのは、数年前から集中的に進めていたとはいえ、急ごしらえだった面があるんじゃないかな。こうして迷いが残されている理由は、「21年悩んだ」だけじゃない。
編集部 《指環》は1876年8月13日から17日にかけて、ブラームスの第1番は11月4日に初演されていますね。
石原 とにかく第1番は、「21年」の物語のインパクトが強くて、客観的に理解するのが難しくなってしまった曲です。冒頭が遅く、重々しく演奏されがちなのも、恐らくそのせいでしょうね。
坂入 冒頭【譜例・音声1-1】で、楽譜に書かれているのはUn poco sostenutoなんです。Un poco(少し)というのが重要です。僕はフリッツ・シュタインバッハの『マイニンゲンの伝統 Brahms in der Meininger Tradition』[Georg Olms]やクライヴ・ブラウンの『ブラームスを演奏する』[音楽之友社]をよく参照するんですが、ここのスラー付きスタッカートについては、ポルタート、つまりレガートとスタッカートのあいだのような、音を運んであげるように演奏すべきではないかと書かれています。だから一音一音を重苦しく演奏するよりも、25小節目に来るフォルテッシモに向かう流れを意識するようにしています。



【譜例1-1】第1楽章の冒頭~32小節目
【音声1-1】譜例部分のMIDI音声(以下同じ)。25小節目のフォルテッシモは1:53頃
坂入 あと、多くの人は第1番冒頭といえばティンパニだと思っている気がするんですが、実はコントラバスとコントラファゴットも重要なんです。僕は「ドン、ドン、ドン」と切り刻むような演奏は、Un poco sostenutoという指示があるので少し違和感を感じてしまいます。むしろポルタート感を大切にしたいですね。
石原 昔は「ティンパニに合わせろ」と言われたようですけど、最近は逆になりつつあります。
ブラームスの魅力はメロディと和声にあり!
石原 4楽章あるうち、第1楽章の全体と第4楽章の冒頭は考えすぎというか、動機をこねくり回してパズルみたいになっている。だけど第2楽章や第3楽章は、メロディの素晴らしさがのびのびと際立っている。ブラームスというと「構築的」みたいなイメージばかりが強調されていますけれど、実は、かなり旋律的な作曲家ですよ。
坂入 指揮者としては、まさにパズルのような動機の処理が、継ぎはぎのような演奏に陥ってしまいがちで、一気呵成に、よどみなく聴かせるのが難しいのです……。仕事のしがいがあるところです(笑)。

指揮者。1988年生まれ、神奈川県出身。慶應義塾大学経済学部卒業。2008年に東京ユヴェントス・フィルハーモニーを結成して以来、音楽監督を務める。読売日響との『ブラームス:交響曲第1番』[アルトゥス]や『月に憑かれたピエロ』[デンオン]をはじめ、多くの録音を発表しており、これまで高い評価を得ている。
[コンサート情報]
・7/29 『のだめカンタービレ』Story Live Orchestra 札幌文化芸術劇場 hitaru
・8/2 Osaka Metroコンサート2026 フェスティバルホール
・9/6 東京ユヴェントス・フィルハーモニー第30回定期演奏会 すみだトリフォニーホール
石原 私が最近考えているのは、ブラームスの革新性は和声にこそあるのではないか、ということです。最近の分析研究では、ブラームスは非常に重要な対象になってきています。特にネオ・リーマン理論ですね。
坂入・編集部 ネオ・リーマン理論って何ですか?
石原 簡単に言うと、三和音どうしの関係を「変形」という視点から観察して、それを図形的にも示すことのできる分析法です。従来の和声分析では説明しにくかった半音階的な進行も、非常に明快に理解できるようになる。ブラームスを分析するときにもよく使えます。彼の作品って、例えば増三和音、あるいは減和音、そういった響きが至るところに出てくる。「ここはブラームスらしい和音だな」というところを意識してみると、作品の聴き方、弾き方が変わってくると思います。

音楽学者。1991年生まれ、千葉県出身。東京音楽大学を器楽専攻(コントラバス)で卒業後、音楽学に転向。同大大学院博士後期課程修了。博士(音楽学)。専門は音楽分析、特にブルックナー作品の分析。作曲や指揮など、実践分野での活動も積極的におこなっている。著書に『ブルックナーのしおり 生涯と作品へのアプローチ』(音楽之友社、2024年)。
聴くときに気になるポイント
編集部 1番を聴くときに気になるポイントはどこでしょうか?
石原 まずは全体のアプローチが決まる、第1楽章の冒頭です。そして第4楽章で、あの有名なアレグロ主題が登場する直前、61小節目のフェルマータ【1-2】。私はあの間をどれくらい取るかを、かなり気にして聴いています。個人的には、間が空けば空くほど好き(笑)。フルトヴェングラーの1945年の録音なんかは、シビれるほど長くて素晴らしい。

【1-2】第4楽章の58~75小節目
【1-2】61小節目のフェルマータは0:16頃
坂入 ある演奏を聴いて、フェルマータがあまりにも長すぎて笑っちゃったことがあります。
石原 それから、そのアレグロ主題の途中、70小節目に出てくる内声のヴィオラとファゴットがH、B、A、Gis(シ、シ♭、ラ、ソ♯)と半音階で下降するところ。少しずつ陰影が差し込まれて、そのあとの頂点に向かっていくのが本当に見事なんです。あそこにブラームスの作曲家としての才能が凝縮されていると思っています。どれくらい聴こえるかも、指揮者がどこを見ているかもこだわりますね。
坂入 ここのヴィオラは本当に素晴らしいですよね。僕は、第1楽章の335小節【1-3】、展開部でいちばん緊張感があるFis(ファ♯)への運び方を結構気にしています。
石原 確かに独特ですよね。普通なら別の和音に進みそうな感じがするのに、そうはならない。練習番号K(321小節目)からずっとC(ド)を準備しているのを裏切って、いきなり増音程が出てくる。



【1-3】第1楽章の320~344小節目
【1-3】335小節目のFisは0:19頃
坂入 とても意外で、ブラームスらしさを感じる場所です。だからね、このFisがきちんと聴こえない演奏はもったいないと思うんです。アクセントだけ強くしてお客様が聴き取れないほど短く終わってしまうと、意味がなくなる。あの音が聴こえて初めて、そこまで積み重ねてきた緊張が成立する。
石原 しかもそのあと、たった8小節で潔く再現部に入る。和声法上は、ここはなくても成立するんです。あえてずらしを入れています。
坂入 僕は練習番号K(321小節目)からずっとベースラインがG(ソ)を執拗に連打しているところに少しベートーヴェン的な「くどさ」も感じます。でも、それがいい。うまく聴かせている演奏を聴くと、「ああ、この人たちはブラームス好きなんだろうな」と嬉しくなってしまいます。
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